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第26話 ウミの中に住む存在

「おー、雨止んでるなぁ、濡れるのウザイからちょうどいいな」

 ダイチさんは外に出ると先ほどまでの雨などなかったかのような晴天に目を細める

「……」

 私は警戒心を捨てることなくそんなダイチさんを後ろから眺めていた

「なにそんなしんみりした顔してんだよ、ホシノの手首を落としてオレ達はどちらも無事、なんの問題もないだろう?」

 そんな私を振り返ってダイチさんは切り落としたホシノの手首を揶揄するように手をプラプラと振って見せる

「ウミさ……ダイチさんは、なんなんですか? いきなり、現れた、ウミさんのなかから」

 ダイチと名乗る彼はウミさんが気を失った瞬間現れた、ウミさんのなかから

 なんの前触れもなく変わった見目に本当に別人としか思えないほどに変わった性格と口調

 二重人格にしては見目が変わるなど異常なことが起きすぎている

 ゾンビとして二度目の生を生きている私が言うようなことではないかもしれないが

「……オレはね、ずっといたよウミの中に、ずっと見てたし全て知ってる、ウミはオレのことを悪癖って呼んでるみたいだけど」

「……あなたが、ウミさんの悪癖」

 前にシェルターを追い出された理由を離してくれた時に出てきたワードだ

 そして、ウミさんが頑なに隠していたこと

「そー、少しでもウミにつっかかってくる相手を片っ端から潰してたら毎回シェルター追い出されちゃって参ったなー的な?」

 申し訳ないという体で話しているわりにはダイチさんは明るくふざけた様子を崩すことはない

「……トトの件もあなたですか」

「勿論」

「なるほど……」

 あのトトを、どうやってウミさんが一人で対応したのかは兼ねてから不思議であった

 しかしあの時ダイチさんの人格が表に出ていたということであれば納得出来る

 だってダイチさんは、ホシノでさえ手玉に取っていたのだから

「オレはね、ウミのこの、平和ボケしたバカみたいな、夢を見てる性格が大嫌い、ウザイ、ムカつく、どちらかと言えば君、ソラの考えのほうが理解できるよ利にかなってるからね」

 近くにあった瓦礫にダイチさんは腰かけると空を蒼いでそう言って手を天に向かってぐっと伸ばす

「でも、それでも甘い、自分の意見を伝えはするが結果としては最終的にウミの押しに負けて自分の意見を折る、甘いよソラ」

 そして開いていた手のひらをぐっと握るとそれを下ろしてこちらへと付き出し開いた

 ダイチさんの開いた手のひらからは何も落ちることはない

「それは……」

 分かっている

 私はどうしたってウミさんに甘い

 その結果色々なことに巻き込まれているのにそれでもまたこんなことになったとしても最終的には自分が折れてしまうだろう

「今回のことだってそう、あの時オレ達が起きる前にあのガキを殺して適当な場所に棄てとけばよかったんだよ」

「……は?」

 つい、聞き返していた

 あの時点では敵ともわからない年端もいかない少女を殺して棄ててきてしまえばいいなんて、たとえウミさんでなくてもある程度常識のある一般人であればそんな考えに陥ることはないだろう

 私のその反応に初めてダイチさんはふっと優しい笑顔を浮かべた

 それはどこかウミさんを彷彿とさせた

 身体自体は同じなのだから当たり前と言えば当たり前なのかもしれないが

 でもやはり、どこかが少し、ウミさんと違う

 同じ、というよりは似てる、と言ったほうがいいのだろうか

「オレはねソラ、ウミとは考えたかが全然違うんだ、オレはウミが大好きで、ウミさえ無事にこの腐った世界で生きていけるなら他の誰がどうなろうとどうだっていい、救いを求めるやつは無視すればいい、ムカつくやつは殴ればいい、邪魔するやつは殺せばいい、大切なやつだけ守ればそれでいいんだ、お前だってそうだろう、ウミが好きならもっと覚悟を強く持て、全て鵜呑みにすればいいって訳じゃないことはもう何度も分かっていることだろう」

「……」

 言いながらダイチさんは私の胸に手を当てた

 この人は、ウミさんのもうひとつの人格なのか、はたまた私達のように何か身体に奇異なことが起きた結果現れたものなのかもわからない

 彼について分かることは現状ほとんどないと言っていいだろう

 それでも分かること

 それはダイチさん本人も言っていたことだがウミさんが大好きで大切に思っていること

 思っているからこそ突飛で自己的な発想がこうして先をついて現れる、ということだ

「あー、もう時間か、とりあえずウミのことをこれからもよろしく、次会うことがないことを、祈ってる」

 ダイチさんのその言葉を合図に少しずつ紅かった髪の毛からまた色素が抜けていく兆候が見えた

 これは、ダイチさんがウミさんに戻ろうとしている、ということだろうか

「え、どういうっ……最後に! あなたはウミさんのどこから、生まれた人格なんですか」

 私は目蓋を重そうに微睡んでいるダイチさんの肩を掴んで問い詰める

 もしウミさんのなかから生まれた二つ目の人格であった場合、彼は何故生まれたのか

 例えば世界が廃退する前の世界では、多重人格というものは基本的にトラウマなどから引き起こすことが多い

 だからもし、ウミさんのなかから生まれたのがこのダイチさんなのであればウミさんは一体、こうなる前の世界でどう、生きてきたのか

 それが疑問だった

 そしてそれと同時に気づいたことがある

 私は自分で思っているよりもウミさんのことを何も知らなかったということだ

 彼女が昔はどうしていたかとかそういうことを聞いたことなんてなかった

「んー、別に、どこからとかないかな、だってオレはウミの中に住んでるだけだから……オレはダイチ、ウミの弟だよ、色々気になることが、あるなら、あとは本人に、聞けば……いい……」

 すっかり髪の毛の色素が抜けて瞳の色が代わりに紅く戻るとそのままダイチさんは前に倒れ込んだ

「ダイチ……っ! ウミさん!!」

 私はそんなウミさんの身体を慌てて抱き止める

「ウミさん!」

 そして何度か呼び掛けてみたものの、ウミさんは目を一向に覚まさなかった

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