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第25話 豹変した少女

 あれは、誰だ

 それが私が彼女の変貌を見た瞬間に感じたことだ

 ホシノによって締め落とされて、私の身体もまだ万全ではない今このままでは連れていかれてしまう、そう焦ったのも束の間彼女はゆっくりとその双眸を開いたのだ

 だが彼女の紅かった瞳は蒼く染まり、柔らかい印象を受けた目付きは鋭くまるで相手を刺すようだった

 そして、いつもの彼女であれば絶対にしない嫌な笑顔を浮かべた

 それは例えるのであればホシノのような相手を害することを好とする人物のそれだ

 そしてそれに呼応するように白かった頭髪がじわじわと紅く染まっていく

「手ぇ、離せよ」

 言いながらウミさんは自分の首にかかるホシノの腕を掴み返す

 それはドスの聞いた低い声で思わず身がすくんだ

「は? 君なんで目を覚まして……っていうか何が起きて……」

 流石のホシノも面食らった様子ではあるがそれでも手を離すことをしないのは友の為の覚悟か

「とっととこの手を離せって言ってんだ、ゾンビだから脳ミソまで腐ってんのか」

「あ゛?」

 うざそうに毒を吐くウミさんにホシノの眉間がぴくりと動く

「こいつのなかからずっと見てたけど、本当にオレはおまえが哀れで仕方ないよ」

 そんなホシノを見てなおウミさんは……この人をウミさんと呼んでいいのかははっきり言って分からないが怯むことなく続ける

「……」

 ホシノの表情が

「お前は、ソラが羨ましいんだろう?」

「っ……」

 少しずつ険しくなっていく

 確実に、故意に地雷が踏みつけられて

 私が、羨ましい?

 ホシノが?

 ウミさんは今そう言ったのか

 だがホシノの反応からそれが事実であるということはさすがに分かった

 当の本人である私でさえ気付かなかったホシノの心理が何故、ウミさんには分かったのだ?

「周りの人間に恵まれてる、慕われてる、自分のオトモダチはオメガウイルスに適合出来なかったのにソラと姉は二人揃ってオメガウイルスに適合した」

「……さい」

「ゾンビイーターを抜けて、散々ちょっかい出しても相手にされず、それどころか邪魔者を押し付けたつもりがその相手とも仲良くなって楽しく旅をしている」

「……るさい」

「ああ、見てて自分もそんな風になりたいと思うのに私はそんな風になれません、そんな羨望の眼差し向けて嫌がらせを繰り返すとかガキかよ」

「……うるさい」

「あ゛? 聞こえねーよんな小さな声じゃあよぉ! そんなお前を見ててオレがどう思ったか知ってるか? 笑ってやったよ、あまりにも滑稽だからなぁ!!」

「五月蝿いっ!!!!」

 激昂したホシノが拳を振りかざす

 だがその拳がウミさんを撃ち抜く前に私はその手を切り落とした

 ウミさんが時間を稼いでくれたお陰で大分身体は動くようになってきていた

 しかしそれでも自身の刀にいつもの鋭さはなく腕ごと吹き飛ばす予定が切れたのは手首から先だけだった

「っ……くそ!」

 私が少し動けるように戻ったからなのかはたまたウミさんに恐らく本心を言い当てられてさらには煽られたことでなのかはわからない、まぁ恐らく後者であろうがホシノは手首を拾うことなく私達から距離を取ると何度か深呼吸をしてから口を開いた

「……興が冷めた、帰る、いいかお前、ウミって言ったな、いずれこの借りは必ず返す、いずれ絶対に、私に言った言葉を、後悔させてやる」

 ホシノは今までに見たことがない、いや、一度だけ、昔に見たことがある、憎々しげな表情を浮かべるとウミさんを睨み付けて吐き捨てるとシェルターの奥に消えていった

「負け犬の遠吠えお疲れ、楽しみに待っててやるよ愚者さん」

 ウミさんは口に手を添えてそれでもなお煽るような言葉をホシノにぶつけていた

「さて、こんなとことっととおさらばしないといけないな」

 そしてホシノが見えなくなるとけろりと表情をかえて頭をがしがしと掻いた

「あなたは……何なんですか……?」

 確実に、この人はウミさんではない

 それだけは絶対に分かる

 ウミさんは例えこの絶望的な状況を覆すためであっても、相手がホシノであっても、あれ程までに相手が望まない言葉を、人の心を踏みにじるような言葉を簡単に吐き出したりしないからだ

「何って酷いな、オレは君の大好きなウミちゃんですよー、とりあえず話はとっとと出てからだ」

 だが返答は濁されて返ってくることはなかった

「……かといってシェルターの扉は閉まっていますが」

 出る、と一概にいってもシャッターは閉まり電気系等は損傷している

 私はゾンビイーターのなかでもパワーの強いほうではないしホシノのように奥に進んでもこのシェルターの構造が分からなければ道に迷うかもしれない

 何よりこの先には恐らく倒しきれていないゾンビがたくさんいる

 ウミさんから出来る限りの戦闘を避けるように言われている以上はそれしか方法がない場合を除いてあまり現実的でもない

「ああ、それなら」

 ウミさんは端のほうで硬直しているリアさんの手首を掴んで手の中のものを無理矢理奪い取った

「っ……」

 リアさんの表情が固くなるのも無視して奪ったものをかざす

 それはシャッターを作動させるリモコンだった

「ほらここに、あんなちょうどのタイミングで閉まるなんておかしいだろ? つまり意図的にどこかから誰かが閉めたことになる、そうなるとこいつしかいないだろう」

「……確かに」

 言われてみればその通りだ

 確かにこうして説明されればそれしかないことは分かる

 でもあの乱戦状態でよくそこまで観察出来るものだ

 ホシノの件もそう

 この、ウミさんであろう人物はよく周りを観察している

「わ、わた、私はただっ! 親にも捨てられて安全なシェルターに住んでいる人が羨ましくてっ! シェルターに入れるっていうから手伝っただけでこんなことになるなんてっ……!」

 半狂乱になりながらリアさんが頭をかきむしる

「……」

 その姿はあまりにも哀れで、この子供のせいでたくさんの人間が危険にさらされゾンビ達に殺された

 そんな事実があるのに、頬っておけなくて近付こうとした

「く、来るな化物!!」

 化け物、言われてしまえばまぁそうだ

 私もゾンビで、異能も使った

 そう写るのも無理はない

 そもそもの話を言えばホシノが私を釣るためにエサにされただけ

 つまりは今回のことは私のせいということになる

 私はリアさんに近付くのを諦めて立ち止まる

 しかし今度は私の代わりとでも言うようにウミさんが一歩前に出た

「……オレは別にさ、どうでもいいんだよんなこと、でもよく考えればどんなガキでも分かると思うけど、何をしただけとか自分は悪くないとかんなことはたいしたことじゃねぇ、そのおまえの行動で何が起きたかが問題なんだよ、そのおまえの悪くない行動でひとつのシェルターがゾンビに襲われて住んでいた人間が殺されてシェルターがひとつダメになった、まぁシェルターは直せる、でも死んだ人間はどう足掻いても生き返らない、そしてお前はその清算をすることは出来ない、生き残った人間に疎まれ恨まれながら生きていく、そんなお前とこいつとだったら、果たしてどっちが化け物だ……?」

 ウミさんに詰められてリアの表情が歪む

「……っ、うぁ……それでもっ! 誰だって自分の命が一番大事でしょ!? こんなのっ、私のせいじゃない! わた、私はっ悪くな……っ」

 ウミさんの容赦ない糾弾にリアさんは顔をおおったくぐもった声をあげながらそのまま地面にへたりこんでしまった

「んじゃとっとと行こうぜ、ここは血の匂いが臭くて仕方ない」

 だがそんなリアさんを気にかける様子もなくウミさんはシェルターの外に通じる道を歩き始めた

「あなたは、行かないんですか? 今ならゾンビもいませんから逃げられ……」

 ウミさんを追いかけながらリアさんに声をかけていた自分に戸惑った

 こんなに甘くてはまるで、ウミさんみたいだ

「行かない、私は、残る……外にはっ、出れない」

 地面にへたり込んで体育座りで膝に顔を埋もれたリアさんはそれだけ言った

 この幼い少女に選択をさせたのは、紛れもなくウミさんの糾弾のせいだろう

「おい、早く行くぞ」

 急かすウミさんに私は真剣に視線を送ると問いかけた

「……もう一度だけ聞かせてください、あなたは、何者ですか」

 やはり、この人はウミさんではない

 ウミさんだったら、絶対に今の状況になればリアさんに手を差しのべている

 それが不毛なことだと分かっていてもなお、それでもだ

 だからこの人が誰なのか

 分からなければ一緒には、行けない

「しつこいなぁもう、わかった話す、オレはダイチ、もう一人の、こいつだよ」

 ダイチ、と名乗ったウミさんはまた、嫌な笑顔を浮かべていた

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