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第22話 雨降るそれは私達の転換期

 ばしゃばしゃと何かが地面を、テントを叩く音がする

 その音で目が覚めて寝袋から起き上がると眠い目を擦りながら大きく伸びをした

 曇りの多いこの世界では雨が降ることも少なくない

 たがこんなにすごい音を立てて降ることはなかなか珍しくて、おそらくこの音では外は余計にすごいことになっている筈で、今日はろくに移動も出来ないだろう

「あれ、ソラちゃんは……」

 濡れることが嫌いなのかソラちゃんは雨の日はだいたいテントのなかにいるのだが今日は見当たらない

 まさかこんな雨のなか外にいるのだろうか

 だがそれもあり得る

 野盗に襲われて、少し揉めて、自身の気持ちを理解した昨日の今日だ

 少し気まずいのもまた事実でだからソラちゃんは今外にいるという可能性も高い

 だがそうではなかったと気付くのにそれ程の時間は必要なかった

「ん……?」

 テントの外から誰かの会話声、しかも揉めているような声が微かに聞こえたのだ

 このどしゃ降りの雨のなかでも聞こえるほどの声量となるとかなり激しく揉めているように思える

 ソラちゃんがそれ程揉める相手となるとやはり一番に頭に浮かぶのはゾンビイーターで

 私は恐る恐るテントの入り口をあけると外の様子を伺った

「ですから、申し訳ありませんが私には関係のない話です、巻き込まれてはたまらない」

 強い雨で視界がはっきりせずあまりよくは見えないがどうやらやはり誰かと話しているようだ

「お、お願いします……! 他の人を探している間にも私の家族が、それにあなたはそんな強そうな刀を持っているじゃないですかっ!」

 相手は、幼い少女、だろうか

 必死でソラちゃんにすがっているようだけど

「私にはそんな、守れるような力はありません――」

「どうしたの!? ぼろぼろじゃない!!」

 やっと二人の状態が見えてきた瞬間私はテントを飛び出してソラちゃんと話しているその幼い少女のもとへ駆け寄って声をかけていた

「……あー、最悪なことになりました」

 そんな私を見て苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながらソラちゃんが明後日の方向を向く

「あ! お願いします助けてください!!」

 私の存在に気付くと少女は今度は私に縋る

「一体なにがあったの……?」

 私に縋るその少女は酷く汚れた服を着て満身創痍といった様子だった

 私は屈んで視線を合わせると問いかける

「わ、私の住んでいるシェルターがゾンビの大群に襲われて……命からがら逃げてきたんです、お願いします助けてください!!」

 なるほど

 大体の状況は把握できた

「ソラちゃん……!」

 私は名前を呼んでソラちゃんのほうを向く

 だがソラちゃんの表情は明らかに呆れた様子で、何故ソラちゃんが呆れているのかは自分でも察していた

「はぁ……あなたが何を言いたいのかは大体察しがつきますが絶対にダメです行きませんよ、わざわざゾンビの群れのなかに飛び込むなんて自殺行為をする必要がない、それに今さら行っても私達二人で何が出来ますか、私はまだしもあなただけでは何も出来ないことを理解してください」

 ソラちゃんの言っていることはしごく真っ当だ

 気を許してくれたからこそなのか言葉の端々にトゲを感じる言い方ではあるが

「……それでも頼られているのであれば――」

「それでも行きたいと言うのは分かっていましたが、じゃあこうしましょう、あなたが行きたいのであれば一人でどうぞ」

 助けに行きたい

 そう続けようとしたがそれはソラちゃんに遮られてしまった

「……えっ」

 そして突然の突き放した言葉につい声が漏れる

「行きたければ一人で行ってくださいと言ったのです、私の力に頼らずどうぞご自身の力で……先程も言いましたがあなた一人行ったところで何が出来るのか、よく考えてくださいね」

「……」

 なるほど、押してダメなら引いてみろということか

 前までのソラちゃんであれば絶対に選ばなかった行動だ

 何故なら絶対に私が危険な目に会うと分かっていれば断られてでもついてくる、そして守る

 そういうスタンスだった

 そして私もソラちゃんという強い見方がいるからこそ大胆な行動が出来た

 こんなことを言われれば自分の力など微塵も持っていないことをよく知っている私は困惑したことだろう

 前までの私であれば、だが

 そう、昨日の事件がよくも悪くも私達二人の考え方を変えた、ということになるのか

「……何がおかしいんですか?」

 つい笑んでしまった私を見てソラちゃんは怪訝そうに言う

「ううん、ソラちゃんと出会った時のこと、少し思い出して」

 そう、ソラちゃんと出会った時もそうだった

「今のタイミングでですか……?」

「そう、後ね、私一人でも行くよ」

 そして、私は断言した

 ソラちゃんの黒い瞳をしっかりと見て

「……は? だからあなた一人で何が出来……」

「何も出来ないよ」

「……」

「きっと私一人では何も出来なくて、頑張ってもみすみす誰も助けられずに死ぬと思う」

 そう、十中八九そうなる

 そんなことは私にだって分かることだ 

「だったら……!」

「それでも行く」

「何故ですかっ……」

 ソラちゃんは眉間にシワを寄せて私の左手首を掴んだ

 恐らくソラちゃんとしても私のこの反応は想定外だったのだろう

「私はいつも考えなしで、考えたと思ったら自分のことしか考えていない上に自分の力もないのに無鉄砲、自分でも嫌になっちゃうくらい……それでもその無鉄砲のお陰でソラちゃんに出逢えて、大切な人が出来てこうして一緒に旅をしている、そんな大切な縁を恵んでくれた、だから私は自分がしなければいけない事を、しないで後悔するぐらいなら何も出来なくても行くの」

 たとえそれで、死んだとしても

 あのときだって、銃声が聞こえて助けにいかないとと思った

 自分では何も出来ない、ソラちゃんだっていなかったのにそれでも私は自分の気持ちに従って銃声のしたほうを目指した

 そうして私は

 ソラちゃんと出会った

「……はぁぁぁ、本当に、ほんっとうにあなたは強情ですね、分かりました、それであれば私も行きます」

「ソラちゃんっ……!」

 私は嬉しくなって掴まれていないほうのソラちゃんの手を取った

 でもきっと、こうなると思っていた

 ソラちゃんは優しいから最終的にいつだって折れてくれる

「あなた一人で行かせてみすみす死なれても困ります、私にとっても大切な人なので」

 それだけ言うと掴んでいた手をソラちゃんはパッと離した

 表情筋の動きが他の人に比べて少ないとはいえ流石に私でもソラちゃんが照れているのだということは簡単に理解出来た

 だが残念なことにもう片方の手を私が掴んでいるのでその顔を隠すことも私から離れることは叶わない

 だが振りほどくという選択肢はないのか私の手に視線を一瞬向けるとため息を吐いてしっかりとこちらを見据えて続けた

「代わりに、条件があります、これを最低限必ず守ると誓ってください、絶対に、何が起きても必ず自分の命を最優先すること、分かりましたか?」

「……うん、誓うよ」

 私は強く頷くとはっきりとそう言った

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