それから私達は食料品を回収するとデパートを後にした
デパートを出た後の私達に会話はなく、デパートに入る前の少し和気あいあいとした雰囲気はすっかり鳴りを潜めてしまっていた
ソラちゃんから私の存在が自身にとって大切なものとなっていると伝えられて、私にとってのソラちゃんとは何なのか聞かれた
それから好きなのかどうなのかも
何故、答えられなかったのだろうか
「……今日は早いですがもう野営の準備をしましょうか、注意力が散漫しているなか進めば何かミスをしかねない、それに流石にあんなこともあれば疲れたでしょう」
「……そうだね」
ソラちゃんも私の状態を察したのだろう
デパートを出てある程度距離を進み市街地を抜けると早々に今日の野営場所を決めてテントと焚き火の用意を始めた
野営を始めてからもソラちゃんは何も言わず私も何も話しかけなかった
【私と出会ったことでさえあなたが私の身を案じたせいで、そのせいでこうしてあなたまで追われる身になっているんです】
私はソラちゃんの言った言葉を反芻する
ソラちゃんは、私が今置かれている状況を自分のせいだとずっと悔やんでいたのだろうか
確かに追われるのは大変かもしれない
それでも私はソラちゃんと出会えたからよかったことだと思っていた
ソラちゃんはそうではなかったのか
考えてみれば
【それなら私のせいでもあります、来てください、安全なところまで送ります】
このときも
【巻き込みましたね、助けたつもりが結果的に、申し訳ないことをしました】
このときも
【あなたには選択肢があります、一人で何処か地方へと逃げてシェルターを使わずにひっそりと生きていくか、私と共に来てゾンビイーターから逃げ、私に守られながら生きるかの二択です、後者であれば私は命を賭けて守りましょう、巻き込んだのは私です】
このときだって
ソラちゃんは自分が悪いと言っていた
だから私を守るのだと
ソラちゃんにとっては私は守る対象で、時が経つにつれて私が死ぬかもしれない状況に置かれた時動揺するほどに大切な存在へと昇華されていった
それなら私にとってのソラちゃんは何?
一緒にユートピアを目指す仲間、この廃退した世界で出来た初めての友達
いや、どちらも何か違う気がする
こう、どこかしっくり来ないのだ
じゃあ何と言えばいいのだろうか
考えれば考える程に思考の迷路に沈みこんでいき余計に迷走している気がする
「ウミさん、ちょっといいですか?」
「は、はいっ!!」
急に名前を呼ばれて声が裏返る
「申し訳ないのですが背中の弾丸を取り出してもらえますか? 貫通していないので身体のなかに残っているのですが位置的に自分では取り出せないんです」
「あ、全然いいよ!」
私は慌てて立ち上がるとソラちゃんの背中側に回る
「……本当はこんなことあなたに頼みたくはないのですが、お願いします」
言いながらソラちゃんが上着をバサリと背中側から下ろして背中を露にする
「っ……これ、は……」
私は露出された背中に息を飲んだ
露になったソラちゃんの背中は酷い傷ばかりだったのだ
縫い合わされた大きな切り傷や何かを隠すように張られた肌色の医療ようかすらわからないテープ
これまでソラちゃんが生きてきた人生が全て刻み込まれていた
「お見苦しいものを見せてすみません、ゾンビは死人ですから細胞が死んでいます、だから切り傷も、擦り傷も治ることはないんです、腕も縫い付けて止めたでしょう?」
ソラちゃんは心苦しそうに謝ると説明をしてくれた
「痛くは……ないの?」
私はそっと雑多に縫い合わされた切り傷に触れながら震える声で問いかける
「腕の時も言いましたが痛くないですよ、感覚というものがまずそんなにありませんから」
それにたいしてソラちゃんはなんともないというように身体を少し捩って見せた
「そっか……それじゃあ取り出すよ」
「このピンセットでお願いします」
ごくりと唾を飲み込んでピンセットを受けとるとソラちゃんの背中に手を添える
「……」
背中に空いた弾丸が開けた穴にそっとピンセットを突っ込んで弾丸を摘まむとそっと引き抜いた
「……これで、いい?」
摘出した弾丸を手のひらに乗せてソラちゃんに見えるようにかざす
「はい、ありがとうございます、こんな汚れた身体に触れるのは嫌だったでしょう、ごめんなさい」
ソラちゃんは謝りながらはだけていた上着を羽織り直そうとする
「嫌だったとか、そんなこと全然なかったよ……」
実際ソラちゃんの傷を見て微塵も気持ち悪いとかそういう嫌な気分になんてならなかった
ただ、今見えなかった色んな箇所にもこれと同じような傷を沢山抱えているのかと思うと、ただ心苦しかった
こんなにかわいい女の子が身体中に、心にも
消えない傷を負っているのかと思うとどうしようもなく胸が軋んだ
「……ウミさん?」
私の反応にソラちゃんが少し不安そうに私のほうを振り向く
「……」
「……大丈夫ですって、ね? だから、そんな顔しないでください」
「っ……」
私が何も言葉を返せないでいるとソラちゃんはそう言ってなんとかぎこちない笑顔を浮かべようとする
それを見て、私は、散々問答していた自分の気持ちにすんなりと気付くことが出来た
「ウミさん?」
「ううん、なんでもないよ、ソラちゃん私ね……」
言いながら私はソラちゃんの背中に手をもう一度添える
「はい?」
「ソラちゃんのこと好きなんだ」
ぽつり、とそれだけ言うとそっとソラちゃんの背中の傷に触れるだけの口づけを落とした
ソラちゃんは感覚がないと言っていた
だからきっと、今の行為だって気付いてない筈で
気付かれないってわかっていてこういうことをする自分はずるいと思う
「……」
ソラちゃんは私の次の言葉を待って何も言うことはない
だから私はそっと口を離すとソラちゃんの顔を覗き込んで続けた
「友達とかそういう意味じゃなくて、好きなんだ、そして、私にとってのソラちゃんは、いなくてはいけない大切な人、ソラちゃんが傷付けば怖いし、もうダメかもしれないと思った時は取り乱した、それだけ、大切な人に、なってたんだ」
そう、出逢ってすぐの時は少し怖いと思ったこともあった
あんまり感情も見せてくれないし素性もわからないことが多くて
それでも一緒に旅を続けるうちにソラちゃんが私にたいする感情を変化させていったように私もソラちゃんにたいする感情は変わっていっていたんだ
だから今の気持ちを伝えるのであればこれが正解だ
自分の感情にすぐに気付けないなんて全く私らしい
「……そうですか」
ソラちゃんはそれだけ言うと私の手に自分の手を重ねた
これがソラちゃんなりの答えなのだろう
「だから絶対に、二人でユートピアに行こう」
「……はい」
私の言葉にソラちゃんは強く私の手を握り返した