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第20話 へこんだ桃缶と無事だった桃缶

 ソラちゃん!

 そう叫んだ私とは裏腹に撃たれたソラちゃんは至極冷静だった

 私の手を優しく振り払うと踵を返して男の前まで歩いていくと何も言わずにその男から拳銃を取り上げた

「え……は、な、何で普通に動いてるんだ……ば、化け物っ……」

 男の侮蔑の言葉を無視してソラちゃんは私の元へ来ると真剣な表情で口を開いた

「もし、これが私ではなくあなたに……ウミさんに被弾していればどうなっていたか分かりますか?」

「それは……」

 ただの人間である私に銃弾があたっていれば致命傷でなくてもどうなっていたかなんて語らないでもよく分かる

 現状この世界では医療機関というものは殆ど機能していない

 国が新規に設立した医療機関があるにはあるがゾンビの徘徊する世界で怪我人や病人がそこにたどり着くのは簡単なことではない

 私のいたシェルターでも少しの怪我、ただの風邪を拗らせて死んでいった人達がいた

「死んでいたんですよ、私だったからよかったものの、あなたはそれをちゃんと理解しないといけない」

「……」

 私が答えるより先にソラちゃんがそう言った

 私は何も言葉を返すことが出来なかった

「……これでもう、文句も言えないでしょう」

 ソラちゃんはそれだけ言うと自身を撃ち抜いた男に銃口をゆっくり向けた

「ま、待ってくれ!! オレには、帰りを待ってる妻と娘がいるんだ! もう食料は狙わない! だからっ、命だけは!」

 必死で命乞いをする男を見るソラちゃんの瞳は冷ややかで

「人のことを撃ったどころか化け物扱いしておいて言うことがそれですか、和解を拒んだのは、あなたのほうですよ?」

 バンッ!!

 ソラちゃんの持っていた拳銃が発砲されて硝煙が上がる

「ひ、ひいっ……」

 だが男には弾丸は当たることはなく、情けない声をあげた

「また、あなたはっ……」

 ソラちゃんは憤りを見せながらこちらを睨む

 それは、私がソラちゃんの腕を反らして銃弾の軌道を反らしたからだろう

 それでも私は、今度は怯まなかった

 ソラちゃんが撃たれたことで気を失っていた間にあったことをすっかりと思い出していた

 自分に出来る範囲で変わらなければいけないが自分に対する評価を無理して変える必要がないと言われたこと

 ソラちゃんが誰かを殺そうとしたり鬼になろうとしたら止めて欲しいと言われたことを

 だから、怒られるかもしれないと覚悟しながらもこうして止めた

「今は人が人を襲わないと生きていけない世界かもしれない、それでも私はソラちゃんに殺しをしてほしくはない」

 私はしっかりとソラちゃんの漆黒の瞳に自分の目を合わせながら自分の気持ちを伝える

「だから、何度も言っていますが……」

「分かってる、私が弱いから、私が誰かを傷付けることすらしよとしないからソラちゃんが守ってくれてることも」

 そしてソラちゃんの抗議を遮って続けた

「それなら!」

 憤るソラちゃんのもう片方の腕を掴む

 自分の意思をしっかりと伝えるためにも

 交えた視線を外すことは絶対にしない

 手首を掴んだ拍子に二人のブレスレットがぶつかってカチリ、と音が鳴る

「だから、自分に対する考えを変えることは出来ないけど、これからはソラちゃんの負担を減らせるなら人間とだって……戦う、自分の身は自分でも守れるようになる、でも殺しはしない、勿論殺させもしない、それが私の選択、だからまたソラちゃんが誰かを殺そうとするならまた私がこうして止めるよ」

「ウミさん……」

 私の意思の表明にぽつり、と私の名前をソラちゃんが呼ぶ

「強く、なるからっ……」

 それに呼応するようにパタリと私の頬を伝った涙が地面を打った

「……それじゃあこれを」

 ソラちゃんはそれを見ていつものようにはぁっとため息を吐くと私の手に拳銃を乗せた

「えっ、拳銃……?」

 銃器の所持が合法になってからも貴重品である銃に触れるタイミングなどなかなか巡ってくることもなく銃を持ったのはこれが初めてだった

 ずしり、と見目にそぐわない重量感が手のひらにかかる

 これはきっと、銃だけの重さではなく簡単に人の命を奪えてしまうという責任感も一緒にのし掛かっているのだろう

「自分の身を自分でも守れるようにしたいのでしょう? それではバールでは不充分、せっかく手に入れた銃ですからこれはあなたが持ってください、何かあれば迷いなく発砲するように」

 ソラちゃんは言いきると自分の手で包み込み私の手に拳銃を握らせた 

「……」

 きっと私の心情を悟っていてそれでもなお覚悟をさせるためにこうして握らせたのだろう

「私に人を殺させたくないなら、甘さはそのままでもいい、だからどうか、今言ったように自分の身をしっかり守り、何かあれば必ず自分の命を優先に動くと……約束してください」

「ソラちゃん……」

 そう話すソラちゃんの瞳はまだ少し恐怖で揺れていた

 ソラちゃんは私の両肩に手を置くとおでことおでこがぶつかりそうな、吐息がかかりそうな程近くで吐き出すように続ける

「あなたが殴られたとき、死んでしまったのではないかともう流れていない血の気が引き、頭が真っ白になりました、それ程までに私のなかであなたという存在が大切なものになってきているんです、それをどうか……理解してください」

 そこまで言ってからソラちゃんは床に視線を落とした

「……わかった、ごめんね」

 私は謝りながら拳銃のグリップを強く握った

 これは、ソラちゃんの為に人を傷付ける覚悟だ

「……分かってくれたならいいんです、それでは食料を拾ってこんなところは早く出ましょう」

 しばらく地面とにらめっこした後にソラちゃんはパッと顔をあげるといつもの様子に戻って私の両肩から手を離した

「この人達は、放置していくの……?」

 地面で呻く男達を見てつい、言ってしまってからしまったと口をふさいだが既に遅かった

「……ゾンビの脅威、怪我の悪化で死なないように手当てをして、拠点まで送り届けろと、言うんですか?」

 ソラちゃんは言いながらもこちらを向くことはない、そのせいで表情をうかがうことも出来ないから怒っているのか確認することも叶わない

「……ううん、言わないよ、置いていこう」

 だから私もそれだけ返した

「……そんなに深い傷のものはいないでしょう、大体は打ち身です、頬って置いてもそのうち動けるようになります」

 確かに見たところ重傷の者はいないように見えた

 それでもこのまま放置しておけば数人は死ぬかもしれない

 ゾンビの襲撃に遇えば最悪皆が死ぬ

 この人達の帰りを待っている人達も死ぬ

 それが今のこの世界の現実だ

 ソラちゃんはちらりとこちらに視線を一度送ってから踠いているリーダー各の男に近付くと一枚の紙を男の手に持たせた

「……なんだこれは」

「政府公認のシェルターではなく私の知り合いの個人が設立したシェルターの場所を記した紙です、まだ空きがあると聞いていますから早く行けば受け入れられるかもしれない……怪我で死なず、運良くゾンビに襲われなければ生き残れるかもしれないですね」

「……オレは、お前を殺そうとしたんだぞ、化物とも謗った……和解も、拒んだ」

「大切な人の為に、という気持ちは分からなくとありませんから、もし私ではなくウミさんに銃弾が当たっていれば……全員殺していました」

 それだけ伝えるとソラちゃんは踵を返して食料探しを再開した

「……桃缶、落とした拍子に空いちゃったみたい、中身出ちゃってる」

 何も言うな、そうソラちゃんの背中が語っており私が床に視線を送ると最初に拾った桃の缶詰めをもう一度拾い上げたが、瓦礫の積もった地面に落とした缶はへこんで中のシロップが流れ出てしまっていた

 これではもう持っていくことは出来ないだろう

「仕方ありませんよ、違うものを持っていきましょう」

「うん、そうしよっか」

 私は拾い上げた缶詰めをそっと地面に戻す

 残念なことにもうほかに無事な桃缶は残っていないようだった

「……桃缶好きだったんですよね」

「うんそうだよ」

 ソラちゃんの確認にひとつ返事を返す

「私のことは?」

「……えっ?」

 まるで普通の会話のように投げつけられたその言葉に少しすっとんきょうな声がもれる

「私のことは、好きですか?」

「……勿論、好きだよ」

 それは友達として? 仲間として? それとも…… 

 口ではそう答えながら内心考えるもソラちゃんの表情が見えないことからも真意がわからなかった

「それは、どういう意味でですか」

「そ、れは……」

 だが図らずもソラちゃんからその爆弾は投げて寄越されることになった

 だが私は言葉に詰まるばかりで何も答えられない

「……まぁ、それは今はいいですが、私はあなたの存在がどれだけ大切か伝えましたよ」

「……うん」

 そうだ

 伝えられた

 私が死んだかもしれないと思った時に気が動転するほどには大切に思っていると

「それなら、あなたにとっての私って、一体なんなんですかね」

「……」

 私は答えられなかった

 何が正解なのかわからなかったのもある

 でもそれ以上にソラちゃんの求めている答えがわからないこと、そして、変なことを言ってこの関係性が崩れてしまうのが怖かったからだ

「あ、桃缶、空いてないの、ありますよ」

 ソラちゃんは私の返事を待たずしてこちらを振り向くと封の空いていない桃缶をこちらにかざして振ってみせた

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