ぷかぷかと
どこかに浮かんでいるような気がする
それだけはわかるのに手や足の身体の感覚がない
目に写るのはただの真っ白い空間で
一瞬何が起きたのかわからなかった
それからじわじわと自分に何が起きたのかを思い出していく
ああ、そうか
野盗に襲われて、ソラちゃんは助けてくれたのにまた私が邪魔をして後ろから鉄パイプで殴られて意識を失ったのだ
私は、死んだのだろうか
じゃあここは天国かな
そう思った後に嘲笑的な笑いが溢れた
天国な訳がないじゃないか
私が生きてきた人生を考えればここは地獄だ
絶対に
私が殺したあの子は私を赦していないのだから
「あなたは死んでないわ、ちゃんと生きているから大丈夫よ」
そんなとき、ふと声がした
聞き覚えのない
でもどこか懐かしい声が
その声を認識すると目の前に人が立っているのがわかった
わかったといっても輪郭線がぼやけて見えるだけで細部の部分や顔まではわからない
この人は、一体誰なのだろうか
「私は誰でもない、ただ、あなたのなかに残っている断片でしかないわ」
私のなかに、残っている断片……
「あなたのなかだけじゃない、彼女達のなかにも、あなたの大切だった彼のなかにも、ソラのなかにも私はいる」
彼っ……
いえでも今はそれよりも、あなたはソラちゃんを知っているの?
「ええよく知っているわ、私がいた頃のソラはもう少しお転婆だったけれど最近は私のこともあって酷く疲れさせてしまったから、悲しい顔しかしなくなって、それだけが心残りだったの」
悲しい顔、それは……私のせいでもある
さっきだって、わたしがバカな行動をしたせいでソラちゃんを酷く狼狽させた
「それは違うわ、ソラはあなたと出会って良いほうに変わった、また感情を表に出せるようになった、少しずつだけど笑えるまでに」
それは、私のお陰なんかじゃない
ただソラちゃんが努力した結果だ
「引き金を引いたのはあなたよ、止まってしまったソラの心を動かした一番の要因はあなた、でも、それだからこそ心配なこともある」
心配なこと……?
「そう、ソラは一度懐に入れた者にはとことん甘い、悪い言い方をすれば執着する、自分の身を犠牲にしてでも守ろうとしてしまう、誰のときだってそうだった、そして無理して無理して何かを犠牲にしてでもその人を守れず失ったとき、必ずあの子は絶望に苛まれる」
…………
「だからソラは、誰かを守るとき他の他人という存在や守る対象よりも大切ではない相手にたいして鬼になれる、怖がりなの、あの子は、だからあなたと出会ったことで変化があったことが嬉しくもあり、悲しくもある、あなたもまた、いろいろなものを背負って生きているから」
私のことも、わかるの……?
「言ったでしょう? 私はみんなのなかにいる、だからわかるの、見てきたから、もちろんあなたが自分を蔑ろにする理由も知ってる」
知ってるなら、そんなどうしようもない私にどうしろと言うの?
「それは、ソラも言ったでしょう?」
……何を優先するか、決めないといけない
「別にね、そこまでする必要はないわ、ただ、あなたのなかの優しさを、少しだけ自分に向けてあげるだけでいいの」
優しさを、自分に……
「それはあなたの境遇を考えれば難しいかもしれない、それなら、あなたを大切に思うソラの為に自分を少しで良いから大切にしてあげて、自分が傷つくことを受け入れ、看過しないだけでいい、だからといって誰かを殺すことを受け入れる必要はない、むしろソラが誰かを殺めることを止めてくれることには感謝しているけれど、自分が生きるためには時には敵になったら人間とだって戦わなければいけない、それは逃げたらダメなところ、あなたになら出来ることでしょう?」
出来ること
その言葉に私の喉がひゅっと音を立てる
自分が生きるためには別の誰か、人間を傷付けなければいけない、でもそれは私にはやろうと思えば出来ること、それは自分でも理解していた
だって私は何の迷いもなくゾンビにバールを振り下ろしたではないか
だって私は、ゾンビイーターの少女にたいして悪癖を解放出来たではないか
それをただ、相手を人間に変えるだけ
出来ない訳がない
出来るのに、それを非とする自分がいるだけだ
自分の価値が自分のなかで低く設定されているから普通に生きている彼らを優先してしまった
逡巡する私の頬にその人はそっと手を添えた
「安心して、さっきも言ったけれどあなたなら出来るから、そしてお願い、もしソラがこれからも何かを殺そうとしたり、暴走して鬼になりそうになれば、あなたが止めて、私の代わりに」
私が、ソラちゃんを止める……
「大丈夫、今までだって出来たでしょう? そろそろ時間、さぁ起きて、また、ソラを止めてあげて、あと、私のことは、ソラには内緒よ……?」
その言葉を最後にその人は私の頬から手を離した
待って、まだ私はあなたに聞きたいことがある
まだ、私は、人間を自分の手で傷付ける覚悟が、出来ていないのに
そんな私の意思とは裏腹に意識が少しずつ引き上げられていき、そのまま一瞬世界が暗転して、身体の感覚が戻ったと思うとそのままの勢いで私は身体を起き上がらせるとパチリと目を開いた
「……ソラ、ちゃん」
未だに痛む頭を押さえて湾曲している視界のピントが合っていくのを待つ
「ウミ……さん、目が覚めたんですね」
「ソラちゃんっ……その血は……」
私の声に反応してこちらを振り向いたソラちゃんの頬についた血を見て顔から血の気が引く
「大丈夫ですよ、私の血ではありません」
ソラちゃんは言いながらぐいっと頬の血を拭い視線を下へと向ける
私はソラちゃんの視線を追って、より言葉を失うことになった
ソラちゃんの足元には、先程まで立っていた野盗の男達が血の海に皆倒れ伏していたからだ