「意外と残っているものですね」
それからはソラちゃんの宣言通りどこにも寄り道することなく食料品売場にたどり着いた私達はまず賞味期限の長いもの
例えばパウチとか缶詰めとか
そんなものを優先的に確認していた
「もっと荒らされてるか、まるごと無くなってるものだと思ってたけどこれならそれなりに量が手に入るかな」
やはりあまり人の密集していない地域のデパートだけあって穴場だったのかもしれない
「あ! これ私好きだったなぁ」
私は床に落ちていた缶詰めをひとつ拾い上げる
「桃缶、ですか?」
「そう! 桃のシロップ漬け、国の配給は基本もっと日持ちのするような缶詰めばっかりだからこういうの無くて、嬉しいなぁ」
果物の缶詰めは配給されても競争率が高くて食べられることはほとんどなかった
これは少し嬉しい収穫だ
「まぁ、食べるのはあなたですから好きなものを選べばいいんじゃないですか……っ!」
ソラちゃんが私の手元から視線を上げて後ろを振り返った瞬間私の羽織っていたパーカーの身頃を思い切り掴んで引っ張った
「……えっ!? なにっ!?」
ガンっと後ろで何かがぶつかる音がして慌てて振り返るとそこには鉄パイプやバールで武装して口元などを布で隠した集団が立っていた
それはまるで、昔ニュースなどで見たゲリラとかそういう人達のような格好で
「あなた達は……」
ソラちゃんが私を自身の後ろに隠して呟く
さっきまで私がいたところには振り下ろされたバールが地面を削っていた
ソラちゃんが引っ張ってくれなければ今頃私の頭はバールでかち割られていただろうという事実にひゅっと喉が鳴る
「この、人達も、ゾンビイーター……?」
震える声を絞り出して何とかソラちゃんに問いかける
「それはあり得ません、ゾンビイーターは私がいた頃と変わらないのであれば例外なく全員女です、男はいません」
だがソラちゃんはそれを否定する
「じゃあ、この人達は一体……」
私達を追いかけているのは今のところはゾンビイーターだけの筈
もしかすると国がまた新しく追ってを放ったのだろうか
それにしては皆格好があまりにも、ぼろぼろで
武器もバールや鉄パイプ
言い方が悪いかもしれないがこれではあまりにもずさんだ
そんなことを考えていればリーダー各と思われる男が口を開いた
「おい! そこの食料はオレ達がいただく、お前達は今消えるなら見逃してやる」
狙いは私達ではなく、食料?
一体どういうことなのか分からず私がソラちゃんのほうを見ればソラちゃんは既に彼らが何者なのか察したようで少し憐憫を含んだ瞳を向けていた
「……野盗ですね、シェルターに入れずあぶれた生き残りの人間が徒党を組んだのでしょう」
そして私にだけ聞こえるようにそう、言った
「そんな、ことが……あるの?」
口に貯まった生唾をごくりと飲み下す
今、この世界では人類全員がゾンビという存在の脅威と戦っている
そんな中、人間が人間を襲う
しかも殺すことも厭わないなど
そんなことがあり得るのか
「ゾンビイーター時代にも何度か鎮圧したことがあります」
苦虫を噛み潰したように、罪悪感を孕んだ声色で吐き出すようにソラちゃんはそう言った
「鎮圧……?」
「……彼らは人間ですが人間に害します、表向きは人間を守ることになっている以上人間同士の争いにもゾンビイーターは介入します、そして国のシェルターの人間を優先する以上はシェルターの人間を害する者は人間でも排除するのが仕事です」
その言葉にガンっと頭を殴られたような衝撃を受けた
私がぬくぬくと色んなシェルターを転々としている間に世界がそんなことになっていたなんて考えたこともなかった
しかも、ソラちゃんはゾンビイーターとしてゾンビだけではなくそんな風に人間とすらも戦わされてきた、しかも国の方針でという事実にどうしようもなく悪寒がした
「そんなことって……」
「おい! 何さっきからぶつぶつ話してんだ! 消えるのか殺されるのかどっちがいいんだ!」
痺れを切らした男が怒鳴り付けながら武器を構えるのを見てソラちゃんの瞳から光が消える
それはまるで、初めて会ったときのソラちゃんに戻ったようで
「……仕方ありませんか」
ボソリと誰に言うでもなく呟くと腰の刀に手をかけた
「待ってソラちゃん! なにする気!?」
私はそんなソラちゃんの手を慌てて押さえる
だがそれはなんの躊躇いもなく振り払われソラちゃんは刀を抜いた
「……私は既にゾンビイーターではありませんので彼らを害することは仕事ではありませんが、あなたや私に敵意を向けるのであれば排除するまでです」
「そんなことしなくてもっ……!」
「じゃああなたはこの食料を全て彼らに渡せというのですか? そうすればあなたの食料はどうなります、次の場所を探しますか? もし次の場所で見つけられたとして、またこうして襲われたら? また食料を譲るんですか? そんなことを続けていけると、思いますか」
「……っ」
私は何も言い返せなかった
ソラちゃんの言っていることが全面的に正しいからだ
私がいつも言っているのはただのそうあってほしいという希望論でしかない
「おい! あいつ武器持ってやがる! しかも刃物だ……全員構えろ!」
ソラちゃんが刀を抜いたことで野盗も皆それぞれ臨戦態勢を取る
「……相手も、引くことは出来ないのはわかりますよね、つまりはどちらも引けないんです、あなたはそろそろ決めないといけない、何を優先して、何を劣後するか、私は決めています、私が優先するのはあなたの……ウミさんの命です」
ソラちゃんが言いながら視線だけを私に向けた
その光の灯った瞳を見て
初めて会ったときのソラちゃんに戻ったと思ったことがただの思い違いであったと悟った
ソラちゃんは戻ってなんかいない
進んでいるのだ
自分を取り巻く環境を反芻し飲み込み、決意を持って受け入れたのだ
ただ、私が進んでいないだけ
それでも
「仕方ない! 殺せ!」
「待ってください!!」
こちらへ武器を向ける野盗と刀を構えたソラちゃんの間に割って入る
「……っ! ウミさん!」
ソラちゃんが私の肩に手をかけるが私は動かない
「こ、ここにはっ、たくさん食料があります、私達は二人です、そんなに沢山必要とはしてない……分けあいませんか!」
「……」
私の言葉に野盗達は何も言ってこない
ソラちゃんもまた黙っているだけだ
「何も、揉めることはっ、ないと思うんです」
少しの間の後に野盗の頭と思われる男が一歩前に出て口を開いた
「……お前は、シェルター落ちか……分からないだろうな、オレ達がどれだけ……どれ程過酷な状況で生きてきて、どれだけの仲間の覚悟を背負って今こうして武器を取ったのかを、自分の娘と同じぐらいの少女にこうして武器を向ける覚悟を」
「それはっ……」
言い返そうと見たそう語る男の瞳にはまた、ソラちゃんと同じ覚悟を決めた者の光が点っていて
それ以上は、何も言えなかった
「こちらの返事を教えてやろう、それは……無理な話だ」
「っ……!」
ガッ!!
頭に衝撃が走る
おそらく、殴られた
でも目の前の男は武器を構えたままそれを振り下ろしていない
地面に伏して自分の後ろを見れば鉄パイプを振り下ろした別の男が立っていて、目の前の男はただの囮だったと知る
ああ、ここまでちゃんと、作戦を立てた上でこの人達もまた動いていたのか
「ウミさんっ!!」
倒れた私にソラちゃんが縋る
大丈夫だよと言いたいのに、口が重くて開けない
「……覚悟は、出来ていますね」
もう一度鉄パイプを振り上げた男に視線を向けることもなく刃を振るうとソラちゃん私に自分用羽織っていた上着をかけると怒りを孕んだ低い声でそう呟いた
「覚悟決まってなきゃこんなことしてねぇさ」
はっと吐き捨てるように笑うと野盗達もそれぞれ武器を構え直す
ソラちゃんが地面を蹴ったのと同時に野盗も武器を振るった
ああ、止めないといけないのに
私の、せいて起きたことなのに
そう思いながら、私は意識を手放した