「それでは、もういいですか?」
私が立ち上がると手を離してソラちゃんは周りの警戒をする
あまり長く同じ場所に留まるのはリスクがそれだけ高くなる
「うん、ありがとう」
それから少し逡巡して荷物にならないようにハードカバーではなく重くない数冊の文庫本とソラちゃんと話をするきっかけになった漫画の最終巻をリュックに詰めた
この本だけは、何故か持っていかないといけない気がしたから
「それじゃあ目的通り食料品を探しに行きましょう」
食料品売場は恐らく一階
崩れた瓦礫を避けて二階から進んできたのでこの先の階段を降りれば一階に戻れる筈だ
「あ、ねぇソラちゃん! このお店」
歩き出してすぐに私はまた立ち止まりそのお店を指差した
「またですか……一度言っておきますがあまり余裕はないんですよ、本屋はまぁ、許容しましたが、ここは必要ないでしょう」
「わかってる、んだけど……すぐ終わるから、ね?」
一応立ち止まりながらも呆れた様子のソラちゃんから軽く叱責を受けるが私は両手を合わせてお願いをする
「はぁ……少しだけですよ」
そうすればやっぱりソラちゃんは優しくて、やれやれといった様子で私がお店の中に入る前彷徨いているゾンビがいないか確認してくれた
中にはゾンビはいなかったようでどうぞと手で促されて私はそのお店の中に足を踏み入れる
少し崩れた看板を見るにこのお店はブティックだったのだろう
昔はきらびやかに光輝いて客を呼び込んでいた筈のネオンも電気系統のいかれたこの世界ではもう役目を果たすことはない
確かに廃退したこの世界では装飾品などあっても仕方がない
ソラちゃんの言っていることは正しい
それでも私がこのお店に立ち寄ろうと思った理由はひとつだけ
私は迷うことなく歩いていくとお店の外から天井を突き破って珍しく照らす太陽の光で反射して見えた物を手に取った
「それは……」
後ろからついてきていたソラちゃんが私の手元を覗き込む
「きれいだよね、太陽と、月……かな? モチーフの対のブレスレット」
私が手に取ったのはそれぞれ太陽と月があしらわれた対になったカフス型のブレスレットだった
「そんなもの、どうするんですか?」
それを見てソラちゃんは呆れた様子で腰に手をあててこの先の行動を促した
「せっかくだからさ、ソラちゃんが話してくれて……私も……出来たから、その記念っていうか決意の証明っていうか、二人で着けない?」
ソラちゃんは自分の境遇を話してくれた
私は話せなかったけど、もしもの時には悪癖だろうとなんだろうと使ってやるという覚悟を決めた
だから、何がなんでも二人でユートピアを目指すという決意として何か目に見える形で示しておきたかったのだ
私はいつだって優柔不断で、すべての行動に自分のことを優先させて、誰かを助けようとするのだってその後で自分が罪悪感に押し潰されたくないからだ
だからこそ、何かをいつだって見えるところに身につけておけば私でもその決意をいつだって思い出せるから
「……別に、かさばるものでもありませんからあなたがそうしたいのであれば」
ソラちゃんは少し考えた様子の後にひとつ返事で許諾してくれた
「ありがとう!」
お礼を言いながら私はブレスレットを見比べる
着けるならどちらか、というのは既に私の中で決まっていた
「じゃあ、ソラちゃんが太陽で私が月だね」
私はそう言ってソラちゃんに太陽のブレスレットを手渡す
「逆じゃあ、ないですか? あなたが太陽で私が月、そのほうがイメージに合っていますが」
ソラちゃんは少しだけ怪訝そうに手渡されたブレスをしげしげと眺める
「そんなことないよ、ソラちゃんが太陽で私が月、ほら、よく似合う」
私はソラちゃんの手からもう一度ブレスレットを掴むとソラちゃんの右手首にするりとブレスを通した
「そうですかね……」
ソラちゃんは自分の腕に通されたブレスを太陽の光にキラキラと反射させながらやはりまだ少し不服そうに眉をひそめて見せた
「うん、よく似合ってる、だってソラちゃんは私の、太陽だから」
いつだって前を行き、身体を張って私を守って私を引っ張っていってくれる私の太陽
だから太陽はソラちゃんがつけるべきだ
「私が、太陽……」
ソラちゃんはぽかんとした様子で私とブレスの間で視線を行き来させる
「……そうだよ」
それに、私が太陽を着けるなどおこがましい
「……」
私の態度に何か思うところがあったのかまたソラちゃんは少しだけ眉間にシワを寄せて自身のブレスに触れて続けた
「……まぁ、あなたがそう思うのであればそれは自由です、私の太陽は……ウミさんですけどね、たまに、あなたを見ていると眩しくて目が霞みます」
「……」
私が何も言い返せないでいるとするっと私の手の上から月のブレスをソラちゃんが掴み取った
「っ、ソラちゃん……?」
そして私の腕を手に取ると先ほど私がしたように私の左腕にブレスを通して少し観察してから手を離して続けた
「でも、月のモチーフもよく似合いますよ」
そう言うソラちゃんは少しだけ笑っているように見えたけど、それは私の見間違いだったのかもしれない
それか、ただそう思いたかったのか
「……ありがとう」
それでも嬉しくて、私は視線を地面に落として小さい声でお礼を言った
「さて、今度こそ食料品売場を目指しましょう、もう寄り道は無しですからね」
ソラちゃんはこれでこの話は終わり、というように切り替えると先だって歩き出した
「うん!」
私はブレスにそっと触れてからソラちゃんの後を追いかけた
これだけ破壊されて瓦礫の山だらけになったこの世界でも変わることなく太陽と月は昇る
唯一変わらなかったものだ
それはこの世界でも験担ぎの役割を担っており、私達が目指すその場所、ユートピアは正式には月陽の都と呼ばれている
私は腕のブレスにそっと手を触れた
金属で出来たそのブレスのひんやりとした冷たさは、少しソラちゃんのその冷たい肌の温度に似ていた