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第15話 傷跡に蓋をして

「おはようソラちゃん!」

 私はいつもよりだいぶ早い時間にテントを出てソラちゃんに挨拶する

「今日は珍しく早起きですね」

 いつものように近くの木にうつかって回りを確認していたソラちゃんが意外そうに私のほうを見る

「だって今日は……デパートの探索があるから!」

 実際は今日ソラちゃんに話すのだとずっと悶々と考えていた結果ほとんど眠れなかっただけなのだがそれを言うのは気が引けて、別の理由を上げた

「……物資が残っているといいのですが」

 そしておそらくソラちゃんは私の様子に気づいているのだろうがそこには触れないでくれた

 私は焚き火の近くに腰を下ろすとひとつの缶詰めを開けた

 はっきり言って物資のことよりもこの後、どのタイミングで話を切り出すかのほうが私には大切だった

「いやー、意外ときれいに残ってるね」

 崩れた壁や天井を避けながらデパートの二階部分までなんとかたどり着く

 シェルター暮らしの時にもこういう施設に来たことはあったが色々な場所が崩れているとはいえここまできれいに残っているところはあまり見たことがない

「トナイのデパートやスーパーはかなり荒らされたり風化でひどいことになっていましたからね、やはり地方に行く程人の波は少ないのでしょう、ゾンビもいるにはいますがトーキョーほど多くはない」

 国からの支援物資の配給やシェルターの数などはやはりと言うべきかトーキョー、ナゴヤ、オオサカなどかつてサンダイトシと呼ばれた場所のほうが圧倒的に多いため地方に行けば行く程人もゾンビも減ってきていた

「サンダイトシのある南じゃなくて北に向かって進んできて正解だったねー」

 南に進んでいればまたトシにぶつかるためこうはいかなかっただろう

「あ! 見て見て、ここ多分本屋さんだったのかな、少し見ていってもいいかな?」

 暫く歩いているとたくさんの倒れた本棚、泥や雨、土で汚れ散乱した本などがバラバラと落ちているお店についた

 テントで読んでいた本はずっと昔に拾った本でもうすでに内容は殆ど暗記しているほどに読み込んでいたためきれいな本があれば拾っていきたいところだ

「ええどうぞ」

 ソラちゃんから許可を貰ってお店を探ってみればビニールのフィルムをされている本などは比較的きれいな状態で残っているものも多かった

「……どうぞとは言いましたがあまり荷物にならない程度にしてくださいね」

 私がこれもいい、こっちも捨てがたいなんて本を吟味していれば呆れた様子でソラちゃんが忠告をしてくる

「わかってるって、あ! 懐かしいなぁ、この漫画弟がよく読んでたんだ」

 ふと目線に入った懐かしい漫画を拾い上げる

 確か戦争で全てを失った少年が義賊となり一人で国に対して反旗を翻す、という話だと弟に聞いた覚えがある

 世界がこんなことになってしまい完結はしていなかった筈

「……弟さんがいらっしゃるんですか?」

 意外そうにソラちゃんが聞いてくる

「うん、年子の弟が一人、もう死んじゃったけど……」

 両親は元々いなかったが唯一の家族だった弟もパンデミックになってすぐに死んだ

 今の世界では珍しいことでもないだろう

 まぁ弟に関しては死んだという言葉は適切ではないかもしれないが

「……私にも、姉が一人いました」

 それを聞いて思い出したようにソラちゃんが呟く

「そっか……」

 いました、というところに私と一緒ですでにもういない人だということを悟ってそれ以上つっこめなかった

「丁度いいタイミングですね、ゾンビが来てもバレないようにそこの本棚のすみに隠れましょうか」

「えっ?」

 ソラちゃんは言うが早いか私の手を引いて倒れた本棚の陰に隠れて座る

「お話しますよ……私がゾンビイーターを抜けた理由とか全てを」

 促されて私も座るとソラちゃんはそう言って語りだした

「私の家は貧しくて、私と姉は幼い頃に国の研究施設に売られました、そこでオメガウイルスの研究のための検体として選ばれ、身体にオメガウイルスを投与されて私達はゾンビになりました」

 売られた、その言葉に息を飲む

 今のご時世パンデミックになる前のニホンでそんなことがあったなんてはっきりいって信じられない出来事だった

 だがそれよりも気になる言葉があった 

「えっ……待って、ソラちゃんは研究のために無理やりオメガウイルスを投与されたの……?」

 投与されたということはパンデミック後にゾンビに噛みつかれて感染したのではなく意図してゾンビにされたというのだろうか

「……ゾンビイーターとして活動しているものはほぼ全員意図的に実験台としてオメガウイルスを投与された者です、世界中から集められた少女を対象にオメガウイルスの投与実験を行い適合率が高かった者を組織化したものがゾンビイーターの実態です」 

 ひゅっと喉が鳴る

 そんな非人道的なことが私達一般人の知らないところで行われていたことにただ動悸が早くなった

「……ホシノとは研究施設にいた頃からの知り合いです、投与された時期としては私と姉、ホシノとホシノの友人が同時期でしたが適合したのは私と姉とホシノだけ、ホシノの友人は意思のないゾンビとなりました、……端的に言えばその時のことでホシノは私のことを恨んでいるんです」

 聞く限りではソラちゃんが何かをしたわけではなさそうだがそこに踏み込むのは野暮な気がしてやめた

「前にも言いましたがオメガウイルスには適合率があります、例外はありますが大体は適合率15パーセント以上で自我を保つことが可能とされています、また、パーセントが高い程に戦闘力の高さに直結します、ちなみに近いところで言えばフタバは17パーセントでした」

 この話に関しては確かに少し聞かせて貰ったことがある

 走るゾンビの話をした時だ

 フタバちゃんは17パーセント

 それにたいして絶対に勝てないと明言していたソラちゃんは一体何パーセントなのだろうか

 そんなことを考えているうちもソラちゃんは話を続ける

「そして適合率が50パーセントを越えたものの中には覚醒して特異な能力に目覚めるものもいる、先のトトなどがその例ですね、おそらく元の適合率が50パーセントを越えていて、ゾンビイーターを補食したことでその力に目覚めたのでしょう」

 トトの件に関しては私からは何も言えない

 何故ならソラちゃんと合流するまでのことはわたしにはわからないからだ

「私がいた頃から高い適合率を持つものはそれなりにいました、しかし100パーセント、完全適合したものはただ一人だけ」

 ソラちゃんは言いながら人差し指をたてる

「それが、ソラちゃんなの……?」

 ごくりと喉を鳴らしながら訪ねる

 そうであれば追われる理由も全員返り討ちにしたことも納得がいく

「違います、以前にも話しましたが完全適合者は死んでいます、私は100パーセントではありません、完全適合したのは私の、姉です」

 しかしそれはすぐに否定された

「人類史上初の完全適合者となった姉は、まぁ言ってしまえばいい研究材料だったのでしょうね、あの女からすれば、だから散々人体実験の元にされて殺された」

「あの女……」

 あの女、その言葉に明確な怒気を感じた

 ソラちゃんがこんなにはっきりと怒りを表に出すところを初めて見た

 ホシノさん相手でもここまで怒ってはいなかった

「ゾンビイーターを統括する地位にいるオメガウイルスの研究の最高責任者、ヨハネです、この世界をこんな風にした張本人ですよ」

 ソラちゃんは吐き捨てるようにそう言った

「えっ……それって、パンデミックの原因になるオメガウイルスを作ったのがその人ってこと?」

 ニホンでオメガウイルスによるパンデミックが起きた時にオメガウイルスは自然的に発生したと報道されていた筈だ

 それが人の手によって作り出されたものであればそれはオメガウイルスの根底を揺るがしかねないことだ

 だがその後に続いた言葉は想像を絶するものだった

「……オメガウイルスを作ったのもヨハネですがそもそも世界にオメガウイルスがばらまかれたのはヨハネが意図して起こしたことです、大切なことなのでもう一度言いますが、パンデミックは自然に発生したのではなくヨハネによって意図的に起こされたことです」

「そんなことが……」

 あっていいのか、そんな言葉は虚空に飲み込まれていった

 何か理由があったとして、数えきれないほどの生き物殺し、ゾンビにして、今現在も皆ゾンビを恐れて廃退した世界で暮らしている

 そんな世界にしてしまったことは決して赦されることではないだろう

「まぁ知っているのはごく少数、私は早い段階から研究に関わっていますから知っています、知っていて尚かつ完全適合者の妹、だからヨハネは躍起になって追ってくるんです、自分の悪事の露呈を恐れて、あわよくば私の細胞を収集してより研究を進めるために、私は姉が死んだことでゾンビイーターである意義を見失って隙を見て施設から逃げ出しました、ゾンビイーターの本当の目的は人々を守るためにゾンビを殺すことではなく完全適合者を見つけ出すことです」

「っ…………」

 彼女の語った世界の事実はあまりにも重くて

 独りでずっと背負って生きてきたソラちゃんはどれ程苦しかっただろうか

 何も知らない元仲間たちに命を狙われて、どれだけつらかっただろうか

 何も知らない私に散々に口を出されてどう思っただろう

「ソラちゃん、私は……」

 そこまで言って言葉に詰まる

 果たして私は何を言えばいいのか

 頑張ったねと励ますのも、可哀想にと哀れんでも、どちらも、他人的で、きっとソラちゃんは求めていない

 だから、それなら、やっぱり私のことを話そう

 そう思って口をもう一度開こうとした私をソラちゃんが手で制した 

「何も言わなくていいですよ、昨日一日考えましたが、私の事情は私の事情であなたの事情はあなたの事情、無理に話すことはないんです、あなたが話したいと思った時にまた教えてください」

 穏やかな表情でそれだけ言うと勢いよく立ち上がって続けた

「でも、案外話してみるとすっきりするものですね、あなた……ウミさんも話せたら、少しは楽になるかもしれませんね」

 そう言って私に手を差しのべる

 私は少し迷ってからその手を掴んだ

 私に手を差しのべてくれる彼女に私が今出来ることは、ソラちゃんを独りにしないことだ

 ソラちゃんが拒まない限り私はソラちゃんと共に行こう

 この先もし何かが私達の前に立ち塞がった時

 私はこの悪癖を誰かの眼前であろうと晒すことを厭わないだろう

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