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第13話 早く食べたほうがいい

「ひどい、ひドいよおねえさん、アタまにバールとか」

 私のバールが当たった箇所を押さえてよろめくトトにソラちゃんがまた攻撃を繰り出す

 まずは一投私のバールを思い切り投げつけるとそれはおざなりになった腕の防御を貫通してトトの脇腹に刺さる

「ぐっはっ……」

 苦しそうな呻き声を上げてトトが膝をつく

 腕の攻撃はまだ先ほどまでの勢いを取り戻してはいないどころかまた遅くなる

 これなら、届く

 通り道にある何本かの腕を全て切り落としてギリギリまで近付いたソラちゃんは思い切りトトの肩を切り裂く

 瞬間先つんざくうな絶叫を上げてまた腕の勢いが落ちる

 そう、さっきまでの戦闘中に最初に腕を切り落とされた時にトトは痛いと言った

 それは軽い感じで

 だが本体に私のバールが当たった時は絶叫するほどに痛がった、腕の本数、精密さも落ちるほどに

 ということはだ、元々痛覚のないはずのゾンビだが何故か痛覚が復活しており新しく創造された箇所よりも元々あった本体のほうがより強く痛みを感じているということだろう

 というのが私の考察だった

 そしてソラちゃんには勢いが戻る前に本体を狙って腕の攻撃が遅くなればそのまま身体を狙うほうがいいと伝えた

 ゾンビに怯むという感覚は普通はない

 だからこそバールを投げつけても普通であれば刺さったところで別に隙にもならないが痛いのであれば話は別だ

 そして実際にそれは正解だったようで

 身体を何度も乱れ切りにされたトトはそのまま地面に倒れこんで身体から生えていた腕は数本まで減り泣きながら見悶えていた

 そんな少女の姿に少しの罪悪感を覚えたが、こちらも殺されるわけにはいかないのだ

「ソラちゃん!?」

 そのまま倒れているトトの頭部に向かって刀を突き刺そうとしているソラちゃんを見て慌てて腕を掴んで止める

「……何故止めるのですか?」

 怪訝そうな様子でソラちゃんが振り返る

「逆になんでとめないの!? なにしようとしてるのっ!」

 もう相手から戦意は感じない

 勝負は私達の勝ちで決した筈だこれ以上何かをする必要はない

「ここで殺しておかなければいたちごっこです、怪我を直してまた追いかけてくる、だからここで殺します、追っては少ないに越したことはないですから」

 ソラちゃんの言っていることは至極当然で全うな意見だ

「それでも、人を殺すのは、ダメだよ……この子はフタバちゃんみたいにゾンビ化もしてないから」

 かく言う私の言葉はただの偽善で

 そうあるべきだという固定概念によるもので

 なんの説得力もない

「……ゾンビ化はしていないですが彼女もゾンビイーターです、つまりは感染者、死人です、死んでる相手に殺すも何もないでしょう、ただ自然に戻るだけです、死者が動いていることがそもそも不自然なんですから」

 ソラちゃんは言いながらもトトの頭から刀をどかそうとはしない

 確かに彼女たちもまたオメガウイルスに感染している時点で死者なのかもしれない

 それでも 

「……もし、心臓が止まっていても、こうして、笑って泣いて苦しんでる以上は生きてることになると思う、勿論ソラちゃんだってそう、生きてるんだよ、だから、お願いだから殺さないで」

 フタバちゃんは自分の罪悪感と戦いながら最後まで必死で生きていた

 彼女たちもそうだ

 妹を想って食われた姉も、姉を食ってでも私達を殺そうとした妹も

 みんな必死で生きていた

 それを心臓が止まっているから死んでいる、なんて言葉で片付けてはいけない、気がした 

「…………はぁ、本当に頑固ですねあなたは」

 ソラちゃんは大きくため息を吐くと刀を鞘に納める

「ソラちゃんっ……!」

「あなたがそうしたいのであれば従いましょう、大概私もあなたの言葉に弱くて困ります、トト、さんでしたか? こちらの様子は分かりますね」

 ソラちゃんはしゃがむといまだに痛がっているトトの頬に手を添えて訪ねる

 それに対してこくこくと強く頭を縦に振る

「いいですか、今回は止めはさしません、しかし次があれば私は躊躇いなくあなたを殺せる、だからもうこんなことは止めてください、部隊に戻ってゾンビ狩りを続けるか、……組織に戻らないという選択もありではないですか? お姉さんの遺体があるので生きてること自体バレない可能性もありますし、まぁ私のように追われることもないでしょうから、とりあえず自分で決めて行動しなさい」

 しっかりとトトの瞳を覗いてそれだけ伝えるとソラちゃんは立ち上がってうんざりした様子でこちらを見た

「これで満足ですか?」

「うん!」

「全く……大変な目に遭いました、早くこの地下道を出ましょう」

 ソラちゃんは一足早く崩れた瓦礫に足をかけてすいすいと登っていくと私に手を貸してくれた

「よっと、ありがとうソラちゃん」

「いいえ、足元には気をつけてくださいね」

 崩れた瓦礫を登りきった頃、ふとさっきのソラちゃんの言葉を思い出した

 確か、トトが抜けてもソラちゃんのように追われることはないだろうと言っていた

 つまりはゾンビイーターを抜けること自体が身を追われる原因ではないということだろう

 じゃあ、何故ソラちゃんは追われているのだ

「……あなたはすぐに顔に出ますね、とりあえずここを離れて落ち着いたらまた全て話します、だからとりあえずは移動しましょう」

「あ、うんごめん」

 ソラちゃんに促されて慌てて歩を早める

 そんなに顔に出ていただろうか

「それにしても、何故いる場所がバレたのでしょうか、ホシノならわかりますがホシノが私達を見つけたのであれば自身が来る筈、何か、心当たりはありませんか?」

 ソラちゃんは何気なく線路を抜けて普通の道に戻りながら聞いてくる

「何か……この間は国の支援物資を受け取った後にフタバちゃんに襲われたけどあれは付けてきたって言ってたし……」

 フタバちゃんの言葉に嘘がなければあの時点では私達の居場所がバレるようなことはなかった筈だ

「支援物資に発振器が仕込まれていたという可能性は?」

「いや、普通に並んでたし他の人の支援物資と別に違うものはなかった、筈……あ!」

 支援物資は流れ作業で渡されていったもので私の時に何か、例えば物資の内容をすり替えていたようなことはなかった

 すり替えていればさすがにわかるしすべての物資に発振器など入れていればそれこそ逆にどこにいるのか分からなくなるだろう

 そこまで考えてから私はひとつ思い当たる節があったことを思い出してリュックの底に大切に閉まっていた缶詰めを取り出した

「それは、缶詰め?」

「これ、フタバちゃんに貰ったやつで……」

 手元を覗き込むソラちゃんに端的に伝える

 見た目はただのツナ缶だがこれはフタバちゃんがゾンビイーターだと知る前に貰って開ける機会を失ってずっと持ち歩いていた物だ

「開けてみましょう」

 ソラちゃんは缶詰めを受け取ると迷いなく缶詰めを開けた

「これは……機械」

 中に入っていたのは食べ物ではなく赤いランプの光る何かの機械だった

「おそらく発振器の類いでしょう、あの二人はこれの信号を追って来たと、フタバも嫌な置き土産をしていきますね」

 少し複雑そうな表情を浮かべながらソラちゃんは中身の機械を地面に落として踏み潰す

「でも、亡くなる直前に早めに食べたほうがいいって言って謝ってた…」

 きっとフタバちゃんは仕事としてこれを渡したが最後に、少しでも考えが変わってそう言ったのだろう

 フタバちゃんからはちゃんと警告されていたのだから今回の件はそれを開ける勇気がなかった私が招いたことだ

「……そうですか、とりあえずはこれで暫くは大丈夫だと思いますが、私の知らないゾンビイーターまで投入されてるとなるとうかうかはしていられないかも知れません……フタバも悪くないですしあなたも悪くないですから、そう気を落とさないでください」

 また、顔に出ていたのだろうか

 ソラちゃんはそう言うと慰めるように珍しく自分から私の手を取った

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