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第8話 変わりたくても変われない、贖罪の心

「しっかり笛は持っていますね、フードは絶対に外してはダメですよ、それから――」

「あー! 大丈夫だよ気を付けるから!」

 ソラちゃんは私が起きてきてからずっとこの調子で私は少し強めに制止するとパーカーのフードをより深く被ってみせる

「……わかりました、しかし、本当に気をつけてくださいね」

「ありがとう、心配してくれて、それじゃあ行ってくるね」

12時の時報が鳴ったのを合図に私はリュックを背負って配給所に向かった


「並んでくださーい! 支援物資は皆さんに行き渡るだけあります! この周辺はゾンビイーターが警戒しています安全です! 押さず、走らず一列に並んでください!」

 配給所につくと支援物資を配りながらメガホンで誘導する軍の人達とそれに群がる老若男女の人々に少し気圧される

 こんな廃退した世界にまだこれ程の人間がいるなんてはっきり言って信じられない

 シェルターにいた時にも当番制で配給所に来ると毎回思っていた

 でもこの人達も皆が皆シェルターから来た人達ではないことは身なりから見て取れた

 シェルターにいる間はそれなりに身なりにも気を付けられるが野営や廃墟に住んでいる人達ではそうはいかないからだ

 とりあえず私は列の一番後ろに並んで列が進むのを待つことにした

 創作された話のなかでは物資の取り合いや一人占めしようとする輩なんてものもよく発生するが現実ではほぼそんなことは起こらない

 何故なら物資を配布している軍人達は皆重装備で勿論銃も携帯している上に計り知れない力を持っているとされているゾンビイーターもいるのにそんなことをすれば制圧されて終わりだからだ

 それにほとんどの人は長年のシェルター生活や命懸けの路上生活で疲労困憊しておりそれどころではないだろう

「お待たせしました、これが今回の支援物資になります」

「ありがとうございます」

 自分の順番になり受け取った物資をリュックに詰め込むと列を抜ける

 後はソラちゃんの元へ帰るのみ

 その時だった

「ねぇ、あんた珍しいものつけてるじゃん」

 ふと後ろから声をかけられて振り返る

「え、あ、これですか?」

 私と同じくらいの歳に見える少し派手めの見た目の少女が私の首からかかっている犬笛に触れる

 明るい茶髪にしっかり施された化粧は昔世界が平和だった頃のギャルを彷彿とさせる

「そうそう、犬笛? だったっけ、何、犬でも飼ってるの?」

「……昔飼ってた時のを、お守り代わりにつけてるんです」

 私はとっさに嘘をついた

「へー、なるほど、ごめん引き留めて、これうちの貰った物資なんだけど分けてあげる」

 彼女はごそごそと取り出した缶詰めを私に投げて寄越す

「えっ、悪いですよ!」

 それをとっさにキャッチしたものの慌てて返そうとしたが彼女は笑って受け取らなかった

「大丈夫、うちはシェルター暮らしだからこれくらい、見るからにシェルター暮らしじゃなさそうだからさ、困ってる人には例え相手が嫌がっても手を差し伸べなさいってのが死んだママの口癖だったんだ」

「それじゃあ、遠慮なく……ありがとうございます」

 そこまで言われれば断るのも無下というものだ

 私はお礼を言うと頭を下げてからリュックに缶詰めをしまう

「ん、じゃあね」

 それを確認すると少女はヒラヒラと手を振って去っていった

「ウミさん! 何かありませんでしたか? 怪我は?」

 帰還早々心配そうなソラちゃんに身体を確認される

「大丈夫だよ! ちゃんと支援物資も貰ってきたしこれで当面は困らないと思う」

 リュックの蓋を開けて中身をソラちゃんに見せる

「ゾンビイーターは?」

「運がよかったみたいで会わなかったから」

「ならいいのですが……」 

「あれ? やっぱりソラじゃん、まさかと思って追ってきてみたらここまでテンプレだと逆にウケるんだけど」

 ソラちゃんが少し考えた様子を見せた瞬間私の後ろから声が聞こえて慌てて振り返る

「え、あ、さっきの……」

 立っていたのはさっき私に缶詰めをくれた少女だ

「フタバ……何故ここに?」

「彼女の首からかけてるのソラの犬笛でしょ? だから彼女をつけてきたんだけど、まぁ正解だったみたい」

 フタバと呼ばれた少女は所在なさげに髪の毛を指でもてあそぶ

「え、二人は、知り合い?」

「彼女は……」

 ソラちゃんが珍しく言いよどむがフタバちゃんは特に考えることもなく口を開いた

「まだ、わかんないかな、うちはソラの元同僚、つまりゾンビイーターってこと」

「なっ……じゃあ、あなたは、敵……?」

 気付かなかった、ホシノさんは言葉から悪意を感じたが彼女からは特段そういったものを見受けられなかったからだ

「うん、そういうことになるかな、ごめんね、うちは別にソラにも、あんたにも恨みはないんだけど、これも仕事の一部だからさ」

 フタバちゃんは一瞬視線を下に落としたがすぐに前を向いて懐から一本の棒を取り出した

 取り出された棒を引っ張って伸ばすと今度はカチャンッと音をたてて刃が飛び出してデスサイズに姿を変える

 この間野営をしている時にソラちゃんに聞いた

 ゾンビイーターはそれぞれ固有の武器を持つことが許されているらしい

 ホシノさんは2丁の拳銃、ソラちゃんは刀のようにそれぞれの戦闘スタイルに合っている特殊に製造されたもので一般人には出回っているものではない

「っ、フタバ、ちゃんはソラちゃんと仲良さそうだよね、それでも、戦うの……?」

 彼女はホシノさんとは違うと思った

 ソラちゃんの態度からしても、二人はそれなりに交友があったように思える

 それなのに彼女が武器を構えることに迷いはなかった

 だから、聞いた

「戦うよ、それが仕事、ゾンビイーターはゾンビを狩るのが仕事で、機密保持も仕事、うちは仕事の手は抜かない、例え同僚の時に仲良く話したことがあったってそれは関係ない」

「っ……」

 でも返ってきた返事には、揺るぎない彼女の信念を感じて、何も言い返せなくなってしまった

「……彼女は引かないでしょう、そういう人です、例え絶対に私に勝てないとわかっていても、同僚の時に散々ウザ絡みしていた相手であっても、だからウミさんは、下がっていてください」

 言われた通りに後ろに下がる

 また、私には何も出来ないことが、とてもむず痒かった

 私が連れてきてしまったようなものなのに、私はまたこうして守られる

「よく、わかってるね、それじゃあ行きますか!」

 フタバちゃんは思い切りソラちゃんに向かって鎌を振るう

 それをソラちゃんは刀で受け止めて弾き返す

 そのまま何度か刃を交えるところを見て、ソラちゃんが絶対に勝てない、と言った理由がすぐにわかった

 ホシノさんとの戦闘ではそれなりに接戦をしていたと思う

 だがフタバちゃんとの戦闘は、はっきり言って圧倒的と言っても過言ではない程に二人の戦力には差があった

 大きな鎌を振るうフタバちゃんにたいしてその全ての攻撃を簡単に刀でさばいてしまうソラちゃん

「っ……」

 その刃はやがてフタバちゃんの腕をデスサイズごと切り飛ばした

「……フタバ、あなたの適合率はゾンビイーターの中でも低い、私には勝てません、それでも続けますか」

「あははっ、ここで、引けって言いたいの?」

 ゾンビだから痛覚はない

 そうソラちゃんから聞かされたことを思い出した

 それでも一人の少女の、自分の腕が吹き飛んだのにからからと楽しそうに笑う彼女に狂気を感じなかったかと言えば嘘になる

「……今日あなたは私とは会わなかった、それではいけませんか」

 ソラちゃんは言いながら刀をおろす 

「……変わったね、昔は命令さえあれば誰かれ構わず切り殺して、どんだけ絡んでもずーっと鉄仮面だった面影がほとんどない、変えたのは、彼女?」

 フタバちゃんはまるで世間話でもしているような感覚で言いながら落ちているデスサイズを拾って何度か振ってみた後にもう使い物にならないと判断したのか地面に捨てた

「私は、変わっていませんよ」

 だがソラちゃんはそれを即座に否定する

「いいや変わった、……はっきり言ってさ、羨ましい、ソラはいつだって周りに恵まれてるから」

「……あなたも、変わったらいいじゃないですか」

「酷いね、変われないってわかっててそんなこと言うんだもん、昔からそう、周りのことよく見てるのに、相手のことを考えられるはずなのに、その人の求めていない言葉をそうやって簡単に言うんだから、だからホシノに嫌われるんだよ」

 フタバちゃんが吐き出すようにそう言った時、ちょうど瓦礫の裏から一体のゾンビが現れた

 ソラちゃんはそれを確認してもう一度刀を構えようとした、その時だった

「ああ、ちょうどよかった」

 なんの躊躇いもなくゾンビに近付いていったフタバちゃんがゾンビの首筋に迷いもなく食い付いた

「っ……!」

 突然のことに口を押さえる

「あれ? ソラから聞いてない、かな……ゾンビイーターってゾンビだからさ、共食いっていうか、ゾンビを補食すると、力が上がるんだよ」

 ぐちり、ぐちゃりと耳に触る租借音をたてながら噛み千切った肉をごくりと飲み下すなか語られる説明は、あまりにも、グロいものがある

「……フタバ、あなたの適合率でゾンビの補食なんて続けていればいずれ、あなたも、脳のないゾンビに成り果てますよ」

 苦々しげに語るソラちゃんの様子からもゾンビイーターの中でもあまり褒められた行為ではないということを察するには十分だった

「だからさぁ! うちがゾンビイーターになった時点で決まってんの、自分の身体なんて鑑みないでゾンビイーターとしての仕事を、全うするって」

 私の言葉が気に触ったのか何口か食べた後に動かなくなったゾンビを地面に思い切り投げ捨てて視線を地面に落とす

「なんで、そこまで……」

 自分がゾンビになるかもしれない

 それでもゾンビイーターの仕事に異常な程に執着する彼女の気持ちがわからなかった

 でも

「……だってさ、そうでもしないと、ゾンビになったママを、うちが殺したことのっ……言い訳が出来ないじゃん」

 そう言いながら上げた顔の瞳から、零れる涙を見て、全てがわかったような気がした

「ん゛ん、ぐ、ぅあ……」

 ゾンビのような呻き声を上げた彼女はそのままソラちゃんに飛びかかっていく

「っ……!」

 下ろしていた刀をあげてそれを迎え撃ったソラちゃんが少し苦痛の声を漏らす

 先ほどまでは武器を持っていてもなお押されていたフタバちゃんが素手で戦況を押し返そうとしている

 だが途中から異変に気付いた

「あっ、は……ぐぅ……これは、まずったかなぁ……」

 フタバちゃんはそれだけ言うと、先ほどまでの考えられた攻撃はなくなり、呻き声をあげながら真っ直ぐソラちゃんに向かっていった

 その姿は、まさしく、ゾンビだった

「……」

 ソラちゃんはそんな彼女を、構えた刀で胴体から真っ二つに切り離した

 どしゃっと音がして身体が地面に転がる

「……だから、あなたは馬鹿だって言うんです」

 ソラちゃんはそれだけ言って刀を鞘にしまった

 二人の会話から、きっと同僚だったときはそれなりに仲がよかったのを見てとるのは簡単で

 私は、かけられる言葉を見つけられなかった

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