「今日は色々とありましたから、ここら辺で野営にしましょうか」
ホシノさんとの攻防の後に暫く歩いてある程度距離を取ったところでソラちゃんがそう提案した
「そうだねー、さすがに疲れちゃったかも、まぁ、私は何もしてないんだけど」
私は戦っているわけでもないのに疲れたなんて自虐的に笑って見せる
「私はゾンビですから疲労を感じません、だから自分を責める必要はないですよ、ほら、ウミさんはテントを設立してください、私は火を起こします」
「わかった、あ、ねぇソラちゃん」
ソラちゃんの指示通りにテントを組み立てながら話しかける
「何ですか?」
「元々、私達には目的地がなかったでしょ? だからさ、もし、もしもソラちゃんさえ良ければだけど、ユートピアを目指してみないかな? そこなら解毒剤もあるし、世界政府が機密に作った土地だから追っても来ないかもしれ、ない……」
もしかしたら、かもしれない、なんてたられば話
下らないと無下にされるかもしれない
それでも、もし安寧の地があるのであれば今度こそ目指してみたいと思った
ソラちゃんと二人で
「……いいですよ」
「本当っ!?」
予想外の返答に嬉しくて少しはしゃいでしまう
「私は政府に属していた身ですからユートピアには懐疑的ですがウミさんがそこを目指したいというのであればそうしましょう」
手際よく火をおこす準備をしながらソラちゃんはそう言った
「……なんか、急に素直だね、デレ期?」
出会ってからこれまで自分には関わるなと散々言っていたソラちゃんと比べるとあまりの変化に私はついそんな風にからかう
「斬り捨てられるのがお望みでしたらどうぞ前へ」
「ご、ごめんなさい冗談です……」
微笑で刀に手を添えるソラちゃんに秒で謝る
「冗談ですよ、私もはっきり言って戸惑ってます、あなたといると、ゾンビイーターになった時に捨ててきた筈の感情の高ぶりを感じる、不思議な感覚ですが、懐かしくて心地よくもある」
ソラちゃんは言いながら用意された薪にカチッカチッと火打ち石を叩いて火の粉を飛ばして火をつける
「それに、はっきり言ってしまえば私も、逃げて、見つかって、戦ってまた逃げる、そんな生活をいつまでも続けることへの限界は感じていましたし、今は私一人ではなくウミさんも一緒ですから余計にです」
「……そういえばホシノさんは何で毎回的確に私達を見つけることが出来るんだろう、追っても何人かいるみたいだけど毎回ホシノさんだし」
「ホシノは私を抹消する為の追手の筆頭です、もちろん私への憎しみが高いからという理由もあるとは思いますが、彼女が持つ……力は強いですから、特に索敵においては、何故か隊の別の者を連れてくることはありませんし毎回あんな風にちょっかい出すだけ出して帰っていくので意図が掴みかねますがね」
あ、また言葉を隠した
少しわかり会えたと思ったし、実際に会ってすぐよりは今のほうが気を許してくれていることに違いはないと思う
それでも全てを話すまでにはいかない、ということなのだろう
だがかく言う私もあの悪癖についてソラちゃんに話していないのだからお相子だろうか
悪癖が発動するようなことになる前に伝えたいとは思っているのだが、そのタイミングをどうしても見失ってしまう
「あ……」
そんなことを考えながらテントを組み立てて今日のご飯をとリュックのなかをあさって眉間にシワを寄せた
「どうしました?」
「いやー、ちょっと、シェルターの人達から貰ってきた缶詰めとか飲料水がもうほとんど無いんだよね、どうしようか」
選別にとたくさん詰めてくれていたがあくまで有限であり無限にわき出てくるわけではないわけで、こうなると本格的に困ってくる
「夜が明けたらスーパーとか資材が残っていそうな場所を探しましょうか、といっても資材の残っている場所を見つけることに苦労しそうですが」
「それしかないよね」
パンデミックからどれだけの月日が経過したかもう覚えていないがほとんどのスーパーやコンビニの資源は既に荒らされているのが主で手付かずの資源を見つけるのはなかなか至難の技である
シェルターにいる時に一緒に探しに行くことが何度もあったが数回の遠征で見つかればいいほうだった
そんなことを思い出していれば大きなサイレンが鳴り響いた
これは国からの連絡があるときに鳴るサイレンだ
【ニホン国政府からの連絡です、明日12時の鐘と共に配給所にて支援物資の配布を致します、一人一人に行き渡りますよう用意しておりますので感染者に気をつけていらしてください、繰り返します――】
「……タイミングばっちりすぎない?」
食料がなくなりかけたタイミングでちょうど支援物資の配布の案内とはあまりに出来すぎている気もしないでもない
「逆に怪しいぐらいですが、まぁ国からと名をうってる以上は市民のいるその場で何かしてくる、ということはないでしょうが……どちらにしろ私は行けませんね」
「え、あーそっか、配給の時はゾンビイーターが周囲を巡回してるもんね、でも配給品を貰えれば大分楽にはなるかも」
流石に元ゾンビイーターであるソラちゃんが行けば別のゾンビイーターが気づくだろう
そうなればどうなるかわかったものではない
しかし私が食べる分の食料をわざわざソラちゃんに手伝わせて探すことになるよりも少しの危険があってもどうにか支援物資を貰えればそのまま北上を続けられる
「行くんですか?」
少し怪訝そうな顔で私のほうを見るソラちゃんに頷く
「……そうだね、私も顔は見られてるけどホシノさんにだけだし二人組じゃなくて私だけならまだ何とかなるかもしれないから行ってみようと思う」
「危険ですよ」
それでもやはりソラちゃんとしては行って欲しくないようで、私のことを心配してくれてるんだなんて自分に都合の良いように捉えたら怒られるだろうか
「危なそうだったら諦めて戻ってくるね」
少し拗ねたようなその表情に私はついソラちゃんの頭に手をのせていた
昔、誰かにしたように
のせてから振り払われるかもと覚悟したがソラちゃんはおとなしく頭を撫でられているだけだった
「……本音を言えばあまり行っては欲しくないですが、あなたがそう決めたのなら従いましょう、出来るだけ近くで待っていますからもし何かあれば……これを吹いてください」
ソラちゃんは自分の首にかけていた笛のようなものがついたペンダントを外して頭を撫でていないほうの手に握らせた
「……これは?」
「犬笛です」
「え、犬笛?」
犬笛ってあの犬にしか聞こえない音が出るっていうあの?
「ぎりぎり私に聞こえる周波数に設定してありますので聞こえたら助けに行けます」
「あ、ありがとう」
なんでそんなもの持っているんだろうとかまぁ思うところがないといえば嘘になるがソラちゃんの真剣な表情に突っ込むことは出来ず受け取って首にかけた
「ですが絶対に気をつけてくださいね、あなたは、死んでしまうのだから」
最後にそう呟いた彼女の瞳は揺れていて
私を通して別の誰かを見ているようだった