なんだろう、何か、光が自分を照らしているようなそんな感覚に少しずつ意識が浮上する
「ん……あれ?」
目をパチリと開いてテントの隙間から空を見ると珍しく雲の隙間から太陽が降り注いでいた
パンデミックが起きてからは大抵の日は曇天で、こうして太陽が顔を出して世界を照らしているのは本当に珍しい
テントから這い出すと大きく伸びをして太陽の光を浴びる
こうしていると昨日の怒涛の出来事なんてまるでなかったようだ
「あ、ソラちゃんおはよう」
「……」
私は燻った焚き火をいじっているソラちゃんに声をかける
チラリと一瞬こちらに視線を向けたがすぐにそらされてしまった
「昨日は結局缶詰め食べなかったけど、朝くらいは何か食べない? 何か食べておかないと体力がもたないよ」
私は手近にあったリュックを掲げて見せる
「それに関しては心配していただかなくて大丈夫です」
だが返ってきた返事はまたそっ毛のないものだった
「そっか……」
やはり、こういうおせっかいは迷惑だろうか
私はリュックの中を覗いてから結果自分用の缶詰めも取り出さずに蓋を閉めた
「……ゾンビの生態に関しては詳しくご存知ですか?」
焚き火のそばに私が座ると逆にソラちゃんは立ち上がって少し距離を取った
少しショックではあったがソラちゃんに出会って2日、既に慣れ始めている自分がいた
「んー、人並みにかな、オメガウイルスの感染者で、知能がなくて人間を襲う、噛まれた相手もゾンビになる、あんまり頭がいいほうじゃないし映画みたいに走ったりしな……あ!」
自分で言っていて思い出した
「どうしました?」
怪訝そうな顔でソラちゃんが聞いてくる
「昨日、ゾンビが走ってるの初めて見た、ほらソラちゃんが倒してくれたゾンビ」
そう、すんでのところでソラちゃんが来てくれたことで食べられずに済んだがもう少しで殺されるところだったあのゾンビは、走っていた、しかも少しだけど他のゾンビより知性があったように思う
「ああ、あれは適合率の高いゾンビですね」
「適合率?」
ソラちゃんの言葉に疑問符を浮かべる
「今後の為に情報を共有しておきますと、あなたの言っているゾンビの特徴は概ね正しいですね、後はゾンビは眠らないことや人間を食いますが他の食事を必要としないこと、ゾンビになった時点で既に死んでいることなどあります」
そこまで言うとソラちゃんは一間置いてから続けた
「後は、今言った適合率、オメガウイルスには適合率というものがありまして、そこらじゅうを彷徨っているゾンビは基本的に適合出来なかったものか高くても適合率1~2%のものですね、昨日のゾンビは適合率が、走っていたのであれば3、4%はあると思います」
「そうなんだ……適合率って言葉も初めて聞いたけど」
「国家機密ですからね」
オメガウイルスやゾンビの関係については国からは少しの情報の提示のみで未だに一市民はその生態すら把握しきれていないことも多い
国家機密、そんな内容をすらすらと話すソラちゃんに本当に政府に関係していた人物なのだと納得していく
「続けますよ、そして、適合率は上がれば上がるほど知性が高くなりより強力な力を持つようになります、完全適合すればそれこそ端から見れば普通の人間にも見えるでしょう」
「じゃあ全員が適合出来るようになれば……」
「その研究は既に進められています、ですが今までオメガウイルスに完全適合したものは一人しかいません、そしてその人間は既に死んでいる」
一瞬浮かんだ期待は風船のようにしぼんでいく
そして、死んだと語るソラちゃんが少し悲しげに睫毛を揺らしたように見えたのは、気のせいだろうか
「そしてゾンビイーターはその研究の副産物です」
「……え?」
一体、どういうことだ
「オメガウイルスに感染しても適合率が高く知能を無くさなかったゾンビと言えばいいでしょうか、簡単に言えばゾンビを狩る側の彼女たちもまたゾンビ、動く死体に相違ないということです」
ゾンビイーターはゾンビである
ソラちゃんはさも当たり前のように言うが
だって、それが本当なら、昨日のあの子も、ゾンビということになるではないか
「ひどいわね、人のことあんな化物と一緒にして」
「っ!」
驚きで喉が鳴った
今私の肩に手をのせている人は、いつ、ここに現れた?
「カナタ、また来たんですか、私と会ってることがバレればあなたも危ういというのに」
「仕方ないじゃない、ヨルとの約束だもの、あなたを見てあげてねって」
「え、え?」
ソラちゃんとカナタと呼ばれた女性のやり取りについていけず馬鹿みたいに二人の間で視線を巡らせる
でも会話からするに悪い人ではなさそうだが
「それにしてもホシノちゃんの言ってたとおり人と一緒にいるのね、しかも」
「な、何か、ついてますか?」
カナタさんは迷彩のマントに付いたフードを目深に被ったまま私の顔を覗き込む
「いーえ、あまりにも可愛いから食べちゃいたいなぁって思っただけ」
耳元に吐息を感じて背筋が粟立つ
言うが早いかすっと頬を撫でられた
「カナタ!」
固まっている私からソラちゃんがカナタさんを引き剥がしてくれる
「じょーだんよ、にしても珍しい、ソラちゃんが声を粗げるなんて」
食えない態度でカナタさんは離れていく
確かに、ソラちゃんが声を粗げたのは初めて見た
むしろ今までで一番感情を感じたかもしれない
「それじゃあ改めて、私はゾンビイーターのカナタ」
「っ……」
ゾンビイーターという名前につい身構える
「そう警戒しないで、あなたにも勿論ソラちゃんにも危害は加えないわ、で、私は鼻がいいから匂いであなた達のこと追ってきたのだけれど、一つ忠告しておこうと思ってね、ウミちゃん」
「はい!」
先ほどまでのふざけた様子ではなく真剣に名前を呼ばれて良い返事が口から飛び出す
「あなたは正式にソラちゃんの協力者として手配されることになったわ、しかも追手はゾンビイーター、これ以上巻き込まれる前に何処かへ身を隠したほうがいいかもしれないわよ」
「……それなら大丈夫です」
カナタさんの口振りから本当に心配して来てくれたのだと悟り私は笑顔で続けた
「私達昨日話して決めました、一緒に逃げようって」
「まぁ!」
カナタさんが口許を押さえてソラちゃんの様子を伺う
「……提案したら何故か即答されただけです」
そんなカナタさんにいつものように無表情に戻って答えるとそっぽを向いてしまった
「そう、もう決めてたなら安心ね! 近いうちにここら辺のゾンビを狩りにゾンビイーターが来る予定になってるから、動くなら早めに動くことをおすすめするわ」
「あ、ありがとうございます?」
「……少し変わり者だけど、よろしくね」
カナタさんは私とソラちゃんの頭をそれぞれくしゃりと撫でると現れた時と一緒でまばたき一つのうちに風のように消えてしまった
「あの人は本当に急ですね」
声色は嫌そうなのに何故かソラちゃんから本気で嫌がっている雰囲気はしなかった
「でも、悪い人ではなさそうだったよ」
自分も危なくなる可能性があるのに人のために動ける人などそういないだろう
「まぁ、そうですね、それじゃあ野営の片付けをしましょう、早々に発たないと」
「ねぇ、ソラちゃん」
焚き火の火を消しているソラちゃんにテントを畳ながら声をかける
「なんですか?」
「いやー、色々と話してくれたからお礼に私からも話を、ユートピアって噂、聞いたことある?」
「……いいえ」
少しの間の後に否定の言葉が聞こえて続ける
「あのね、どこかにあるって言われてるんだけど、オメガウイルスの汚染を受けていなくて解毒剤もある世界政府の作った隠された居住区なの」
「……そんなもの、追い込まれた人間の夢物語でしょう」
まぁ十中八九ソラちゃんの言っていることが正しいと思う
それでも
「でもさ、あったらいいなって、思うよね」
こんな廃退した世界を生きていくのにそんな夢や希望を持つのはきっと大事なことだ
「そう、ですね」
私の心境を察してなのかソラちゃんはそう肯定だけすると作業を再開した
ユートピアの話を否定しなかったのも、笑わなかったのも、彼女が初めてだった