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第2話 純然たる悪意との遭遇

 それからどれくらい走っただろうか

 抱えられている為体感にはなるがけっこうな距離を移動したと思う

 少女はゆっくりと立ち止まると私を地面に下ろした

「……ここまで来れば大丈夫でしょう、連れてきてすいません」

 表情の乏しい彼女は無表情で表面的に謝るとすぐに辺りを見渡す

「あ、いえ、そんなのは構わないんだけど、一体なんの騒ぎだったのか教えてほしいなぁって……」

 とりあえずここがどこなのかよりも何があったのかを聞いて頭の中の整理がしたい

 パンデミックでゾンビがはびこる世界に生きている身ではあるが、走るゾンビに刀を持ったはるかに人の身体能力を逸脱した少女なんてあまりに異常な状況だ

「それは……巻き込んだのはこちらですから必要でしたら話しますが他人の事情に口を挟むのはあまりおすすめしません」

 少女は少し考えた様子の後に切り口の鋭い言葉を投げる

「な、なんで?」

 相変わらず表情の乏しい彼女からは言葉の真意を組みかねる

「……聞いてしまえばこれ以上に巻き込むことになりますし、そうすればあなたの命を危険に晒します、それでも聞きたいですか?」

 少女はあからさまに聞くなという雰囲気を醸し出しながらあたかも私に選択肢があるように言う

「あ、うん、そっか……なら止めとこうかなーなんて、でもせめてお名前ぐらい聞きたいな! あなたは命の恩人なんだし」

 少女の少しの表情の変化と聞くなという雰囲気に気づいた私は話を聞くのを辞退してからこの空気を打破する為にパンっと手を叩いて笑顔を浮かべて聞き返す

「名前……聞いてどうするか知りませんが、私はソラです」

 少し逡巡した後にそれぐらいならという様子で名乗ってくれた

「ソラちゃんって言うのね、さっきは助けてくれてありがとう、私はウミ、よろしくね」

 私は言いながら手を差し出す

「……別に助けたわけではありません、偶々居合わせた人間を巻き込むわけにはいかなかっただけです、もう会うこともないでしょう」

 だが残念ながらソラちゃんは冷たくあしらうとそっけなくそっぽを向いてしまい握り返してくれず握手とはならなかった

「それから先程は急を要したので触れさせていただきましたが私には触らないほうがいい」

 その上なかなか辛辣である

「あはは、そっか……」

 笑いながら私は手を引っ込める

 何か、ソラちゃんの気に入らないところでもあるのだろうか

 会ってたった少しなのここまで冷遇される理由が分からない

「遠くまで来てしまいました、あなたの身なりからするにシェルターの住人ですね、送っていきましょうどのシェルターですか」

 だが最低限の保証はしてくれようとする姿勢から何か、悪い人ではないような気がするが

「あ、あー、えっと、それがねー……」

 答えずらい質問に私は言葉に詰まる

 確かにこの見た目であればシェルターから資材探しにでも出たところを巻き込まれたととられるのも無理はない

 少なからず今朝までは私もシェルター暮らしだったわけだから

「見―っちゃったー、見―ちゃった、ウミちゃん、そうウミちゃんねー」

 私がいい淀んでいると後方、上のほうから声がした

 例えばそれは、教師に告げ口でもする時のような、親に嘘をつくような、純然たる悪意を含んだ声だ

 反射的に振り替えると崩れたビルの瓦礫の上に両手に特徴的な茜色の拳銃を持った金髪のハーフアップの少女が立っていた

 だが何よりも特徴的だったのはその緑眼の瞳だ

 弧を描くように細められた瞳からは言葉から同様に悪意が感じられる

「ホシノ……こんなところまで追いかけてきたんですか」

 ホシノと呼ばれた少女を認識したソラちゃんは刀に手を掛けた

「それが私の仕事だからね、それにしても君、ウミちゃんって言ったね、君はそれの協力者、つまりは逃走を補助するもの、仲間ってことでいいのかな?」

「え、あの――」

「違います、たまたま出会っただけで協力者でも仲間でもないです」

 私を指差す少女になんと答えようかと迷う間もなくソラちゃんが否定する

「それなら、なんでこんなところまで連れてきたのかな?」

「あそこに留まさせれば危険と判断したからです」

「逆にあの場所以上に安全な場所なんてなかったでしょ、私達いたんだから、危険になるのは君の仲間だった場合だけ」

 最初の一言もそうだった

 少女、ホシノさんの言葉にはこう、全体的に悪意が纏わりついていて、聞いていて、怖くなる

「……あんな異常者だらけの場所に市民を捨て置けと?」

「あれ? 君そういうキャラだったっけ、ま、いいか、それならウミちゃんを……」

 ホシノさんは言うが早いか銃口を私へと向けると

「殺してもいいよね」

 迷わず引き金を引いた

「っ……」

 パアンッという炸裂音に反射的に目をつぶる

「ほら、やっぱり庇った」

 ホシノさんの言葉にそろりと目を開けば打ち出された弾丸はソラちゃんの刀によって斬って落とされていた

「ホシノ……正気ですか、彼女は守られるべき一市民ですよ」

 初めて、今日会ってから初めて彼女から少しの感情の隆起を感じた 

「君にその権限はもうないけどね、それに正気とか異常とかさ、とうに私達にはそんなことを考える機能はないよ」

 言いながら拳銃をホシノさんは閉まった

「……こんな好機なのに私を殺そうとしないんですね」

 それでもソラちゃんは抜刀した刀の構えを解かない

「まぁ別に、私は君を殺したいわけじゃないし、ただ、ひたすらに苦しんで欲しいだけだから、私は帰ってこの事を上層部に報告するだけ、発見した逃亡者を追跡した結果、協力者とみられる人間、ウミとの接触を確認、二人で逃亡を図ったってね」

「なっ……」

 緊張した雰囲気のなかつい言葉が漏れる

 二人の間に何があったのかも知らないが、こんなのほとんど出鱈目ではないか 

「それじゃあ、またねー、ウミちゃん」

 チラリとソラちゃんから私に視線を移すとニヤリと笑ってビルの影に消えていった

 ホシノさんが消えてから数十秒、いや数分だろうか

 それだけの時間沈黙が流れた後にソラちゃんは刀を鞘に閉まった


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