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第3話

「私たちが準備すべきところを、何から何までカルナ様にやらせてしまい、申し訳ございません」


 ヴァリエナが神妙な顔でそう言う。カルナは笑いながら首を振った。


「そのうち、皆にも手伝って貰うよ。ヴァリエナとリィザは料理出来るの?」


「花嫁修行で、家事一通りは」


「簡単なもんしか作れないよ」


 やはりヴァリエナは優秀なようだ。家事全般に魔法が使え、知識もある。彼女と出逢えたのは幸運だった。カルナは勇者として、どうしても家を開けることが多くなる。彼女がいれば心強い。


(とは言え―――家が広すぎるし、三人で家事をやるなんて、大変過ぎるよな。それに、モンスターが出たら心配だ)


 彼女たちが疲弊して、笑顔が失くなるのは困る。カルナは笑顔で帰りを待つ人が欲しいのだ。その為には、あと数人人材が欲しいし、用心棒も雇いたい。


(僕がいない間、彼女たちを護ってくれる人物―――傭兵とか、冒険者かな。でも、そんな人が家にいたら、ミルフィーネが怖がるだろうか)


 ミルフィーネはまだ、姉の背に隠れているような状態だ。心を開くには時間がかかりそうである。


(まあ、まずは今の環境に慣れて貰わないと)


「じゃあ、片付けも済んだし、まずは買い出しに行こうか」


「どちらに行くのですか?」


「ここからそう遠くない場所に、小さな集落が有るんだ。ミストナークという村らしい」


「ミストナークねぇ。また、竜車に乗るのかい?」


「いや、シルドラは目立つからね。彼女には留守番を頼むよ。裏の厩舎に馬も居るんだ。そっちを繋ぎ変えて、馬車でいこう。馬は扱える? 僕が居ないときは買い出しは三人に頼むと思うから」


 馬が使えないなら、教えながら行けばいい。ヴァリエナとミルフィーネは乗馬は出来るようだが、馬車を御する機会はなかったようで不安顔だ。だが、リィザが名乗りを上げる。


「こんな立派な客馬車じゃないけど、一応あるよ」


「よし、じゃあリィザは僕と御者席へ。馬に馴れて貰えると助かるよ」


「解ったよ」


 そう言ってカルナは馬を連れるため、その場を離れた。




   ◆   ◆   ◆




 遠くなるカルナの背を見て、リィザはガシガシと頭を掻く。腰のある赤い髪が、余計にボサボサになった。


「調子狂うねぇ、あのご主人様」


「ええ……」


 自分が居ない間、馬を使わせる。馬車があれば、逃げるなんて簡単だ。その上、近くの集落まで道を教えてくれるなんて、逃げてくれと言っているようなものだ。


「あまりに警戒しなさすぎて、逆に動きにくいよ。姫さんはどう見る?」


「私は―――警戒しています。あれほど高度な魔術を扱うのですから、何らかの処置をしているとみて間違いないでしょう。禁術の中には、誓約を違えた者を天の刃で貫くという魔術もあります」


 ヴァリエナの言葉に、リィザはゴクリと喉を鳴らした。


「チッ……。仕方がない、暫くはこの生活を続けて、情報を探るか。ま、アンタとは良い相棒になりそうだからね。よろしく頼むよ。勿論、妹姫はアタシも守ってやる。こんな小さくて真っ白な子、汚したら女神様のバチが当たるよ……」


 リィザはそう言って、ミルフィーネの頭を撫でた。瞼を伏せるリィザに、ミルフィーネが不思議そうな顔をする。


「リィザお姉さま?」


「ふふ。お姉さまだって」


「姉が増えて嬉しいのね。怖い想いを沢山して、すっかり大人しくなってしまったから」


「安心しな。姉さんが護ってくれるからね」


 そう言ったリィザだったが、ミルフィーネは首を振った。


「私、怖くない。カルナさま、優しい」


 リィザのミルフィーネを撫でる手が、一瞬止まる。視線だけ見やると、ヴァリエナも困った様子だった。


「そうだね。まだ解らないけど、美味い飯と、暖かい寝床。それをくれたんだ。良い人かもな」


 そう言って笑うリィザの唇には、皮肉な笑みが浮かんでいた。




   ◆   ◆   ◆




 リィザはそれなりに、馬車の扱いに慣れていた。カルナにとっては嬉しい誤算だ。御者台に並んで座りながら細かく指示をすると、リィザはすぐに慣れたようで、巧みに手綱を操る。馬との相性も悪くないようだが、口調の粗雑さに比べて器用なようだ。


 しばらく道を走らせていると、森が開けて遠くに村が見えるようになってきた。村の周囲には伐採所と畑がある。湖の漁業と林業、農作物などが主な産業になっている小さな村だ。ミストナーク産の材木は遠くウルヴァート王国の首都ヴルキアまで運ばれる。


 ミストナーク村を訪ねるのは、カルナも初めてだ。顔は割れて居ないだろうと、素顔のままである。

 馬車を村の入り口に泊めると、来訪者に気づいた村の男が様子を見にやって来る。


「見ない顔だね。……商人ではないようだが」


 ジロジロと観察されるように見詰められる。何処に言っても『余所者』だったカルナには、慣れた視線だ。馬車からカルナに続いて三人も降りてくる。


「この先の古城を入手して、暮らすことになった者です。末永い付き合いになると思いますので、よろしくお願いしたい」


 そう言うと、男は顎で来いと促す。


「村長を紹介しよう。あの城に住むのか? アンタ、貴族には見えねぇな」


「流れ者ですよ。運が良かったというか」


「なるほど。で、あっちの美人たちは? アンタのコレか?」


 下世話な物言いに、カルナは苦笑いして否定する。


「挨拶は僕だけでかまわないですよね。買い出しをしたいんです。現金は使えますか?」


「ここは商人も来るからな。大丈夫だ。まあ、金貨は勘弁してくれ。取り引き出来るもんは少ないぞ」


「食料品と衣類ですかね。家具は発注できます?」


「良い職人がいる。紹介しよう」


 話のわかる男らしく、取り引きはスムーズに進んでいく。この分なら、長く良い関係を持てそうだ。


 カルナはヴァリエナを呼んで、彼女に革袋を手渡す。中身は銀貨と銅貨の詰まった財布だ。


「買い出しを頼める?」


「解りました。御入り用のものは?」


「薪にろうそく、掃除道具と……。シーツに衣類、とにかく足りてない雑貨と、調味料に油、食材は種類を多めに色々買って。ああ、食器と調理器具必要か」


「村になさそうなものは、商人に注文できるか確認します。他には?」


 言う前から提案され、カルナはニッコリと微笑む。


「君らの必要なもの―――僕に言い難い物とかもあると思うから、買って来てね」


「―――それは。はい」


 ヴァリエナは一瞬思案し、思い付いたようで頷いた。カルナは足りなければまだ予算はあると伝え、余らせる必要もないと答える。横で見ていた男が、上客だと口笛を吹いた。


「最初が物入りなだけですよ。さ、案内をお願いします」


「そうかい? 随分、気前が良いように見えるがな」


 肩を竦める男の後に続いて、カルナは村で一番大きい家へと入っていった。




   ◆   ◆   ◆




 男と共に消えるカルナの背を見送って、ヴァリエナは渡された財布を握りしめた。中にはかなり沢山詰まっている。馬車いっぱいの食料なら余裕そうだ。


「姫―――ヴァリエナ、男手必要なら借りようぜ。どんどん馬車に詰め込んで貰おう」


「そうですね。ミルフィーネ、お買い物よ。お金の使い方を教えて上げる」


 ミルフィーネの瞳がパッと輝く。王女として育ったミルフィーネは、お金の感覚が疎い。もう少したてば教育として様々な経済のことや、民の生活を見たのだろうが、機会に恵まれなかった。今回は良い機会だっただろう。


「フフン。値切り教えてやるよ。さ、行こう」


「それは私も経験が有りませんね。リィザ、頼りにしてますよ」


 ヴァリエナの言葉に、リィザは少し照れたように笑った。


 まずは雑貨を買った方が良いだろう。生鮮品は後からだ。シーツに、自分達の着替えを買って良いと許可を得たので、生地を扱っていそうな場所を聞く。


「何を着りゃ良いんだ?」


「普通、使用人はお仕着せですが」


 お仕着せのいわゆるメイド服が、女使用人の正しい服装だ。だが、そう言う場合は通常、主人が用意する。今回は中古の服を買い、サイズを直すことになるので、統一感は出ないだろう。どんなものにするかは、ヴァリエナに一任するということだ。


「大事なのは清潔感ですから。色味と、そうですね、胸のリボンだけでも統一しましょう」


「アタシもリボンを結ぶのか?」


「お揃いです。姉さまたち」


 恥ずかしがっているが、リィザも嫌ではなさそうだ。露店で並んでいる衣類を物色する。ここにある衣類は、着ていた人間が亡くなったか、事情があって―――主に金銭的な理由だ。手離したもの、盗賊などに襲われたものの流れ品だ。擦りきれやシミも多い。ミルフィーネのサイズは特に無いので、大きい服を直す必要がある。


 生なりのシャツとスカートを手にし、リボンに使えそうな端切れを選ぶ。


「見ろよ。これ、シルクだ」


「あら……。リボンだけでも良いものにしましょうか。藍に染めれば素敵じゃないですか?」


「良いね。品が良さそうだ。染料に、針と糸、ハサミも必要だな」


 リィザが見つけたのは、シルクの大きめの布だ。貴族や裕福な者が、赤子のおくるみに使ったのだろう。大きな汚れもない。


「小物を入れる箱も必要ね……。あとは掃除用具」


「ホウキと、バケツですね」


 ミルフィーネが明るく答える。自分で掃除をしたことはないが、彼女もメイドたちの仕事は見ていた。どうやるかは想像できるだろう。


「ハタキも必要ね。蜜蝋も探しましょう。床と家具にはワックスを」


「ろうそくも有りそうだね。なあ、薪は嵩張りそうだ。先に買った方が良いかも知れないぜ?」


「そうですね。キッチンとお風呂は魔道具と言うことですから、薪は暖炉用でしょう。まだそれほど必要ではないでしょうから、五十キロもあれば良いかと」 昨夜の様子では、夜もまだそれほど寒くはない。湖の側の城は暖かいのだろうか。ヴァリエナの故郷ウェルネス王国も、湖に囲まれていたが、標高の高い高山国だったことから、冬場は厳しい寒さだった。


「よし。そこの兄さん、済まないけど薪を用意して貰えるかい?」


 リィザはそう言って、馬車を指差した。




   ◆   ◆   ◆




 カルナが挨拶を終えて戻ると、あらかたの買い物は終わっていたらしく、ヴァリエナたちは特産品だというワインを吟味しているところのようだった。


 村長への挨拶はスムーズに済み、今後も定期的に来ると伝えたので一先ず安心だ。これで生活の基盤が整えられる。家具に関しては職人を紹介されたので、あとで詳細を伝えるつもりだ。いずれにしても、一月や二月はかかるだろう。それまでは、今ある家具を使うしかない。


 カルナはヴァリエナたちの側に近づき、片手を上げた。


「お疲れ様。ちゃんと買った?」


「はい。あとはワインをどうするかと、ハム、ベーコン、干し魚の類いですね」


 果実や野菜は積み込んで貰ったようだ。調味料もスパイスも、キチンと揃っている。これだけあれば、色々作れそうで楽しみだ。カルナにとって、食べることは数少ない楽しみの一つだけに、妥協したくない部分である。ヴァリエナは既にそれを理解しているのかもしれない。


 カルナはさっと馬車を確認して頷く。頼んだものも、必要そうなものも、十分ある。過不足はないようだ。中古の服を何着か確認し、カルナは「ふむ」と呟く。


 すぐに必要な分は直した方が早いが、仕立てた方がサイズは合う。ちゃん作った方が気持ちよく過ごせるだろう。幸い、村には生地を扱う店はあるようだ。なんなら、商人に取り寄せて貰っても良い。


「当面は、なんとかなるかな? 服も、後でちゃんと仕立てて貰おう。この村に仕立てられる人はいるかな」


「お仕立てするんですか? 私が出来ますが」


「本当? ヴァリエナは何でも出来るね」


 さすがは王女の花嫁修行だ。家事全般一通りと言うのが、口だけではないようだ。


(王女さまも大変なんだな……)


 カルナの少ない知り合いである、ウルヴァート王国の王女も、こういう修行をしているのだろうかと想像する。だが、お転婆で好奇心旺盛な姫とヴァリエナはあまりにも印象が結び付かなかった。


 ヴァリエナは「恐れ入ります」と控えめに言った。表情からは感情が読み取れない。石膏像のようなヴァリエナの様子に、カルナは思わず口を結んだ。すぐに打ち解けて貰えるとは思っていないが、どうにも距離がある。


「他には、必要なものは買った?」


「特には―――」


 気を取り直して確認する。ヴァリエナはヒテイ仕掛けて、言葉を止めた。ヴァリエナの視線が、露店に並ぶ櫛を見ていた。


 カルナは櫛を手に取った。木で出来た櫛だ。その横に、一つだけ銀色に輝く飾り櫛置かれている。細やかな細工が施された、美しい櫛だった。


(ヴァリエナに似合いそうだな……)


 金色の長い髪を持つ彼女に、銀の櫛は似合いそうだった。


「ああ、必要だね」


 そう言って、櫛を三つと飾り櫛を購入する。飾り櫛を手に、店主に問いかける。同じような品は見当たらない。


「これは一つだけ?」


「生憎、掘り出し物でね」


「じゃ、仕方がない」


 カルナは礼を言うと、ヴァリエナに銀の櫛を手渡した。ヴァリエナが目を見開く。


「リィザとミルフィーネはまた今度ね。この櫛はヴァリエナに似合いそうだから」


「確かに、金髪によく合うよ」


「ねねさまキレイですね」


 リィザとミルフィーネも同意してくれる。ヴァリエナも喜んでくれると、カルナは彼女を見た。だが、ヴァリエナの表情は固く強張っていた。


(あれ?)


 思っていたのと違う反応に、カルナは動揺した。カルナの手から、ヴァリエナが小さく低い声で「ありがとうございます」と櫛を受け取る。


 何か、彼女を傷つけたかも知れない。そう思い、ヴァリエナを見るも、フォローの言葉など思い浮かばなかった。


(安物の櫛に怒った―――って訳じゃないよな……)


 勝手な考えだが、ヴァリエナにはそんな傲慢な考えはなさそうだ。色々考えるも、何が彼女の表情を曇らせたのか解らない。


 笑顔で迎えて欲しくて、彼女たちを迎え入れたのに、上手くいかない。彼女たちの人生を金で買うのが無理だったのだろうか。


(それじゃ、困る)


 それでは、カルナはもう、戦えない。


 もう、疲れたのだ。疲れてしまったのだ。


 何処かの誰かの為に、剣を振るえない。守りたい場所のために、カルナは戦うと決めたのだ。

 その場所は、彼女たちが笑顔でいる場所だ。


 カルナの我儘と、傲慢さと、勝手な考えで創られる虚構の城。


 仕事で良いのだ。


 彼女たちに、笑って欲しい。


 どうしたら良いのか解らないままに、カルナたちは馬車に乗り込むと、城の方へと戻るのだった。




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