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第100話 タイミングが悪い


「わ、わたしはやれるわっ」



 工房へと戻ってきたキャロメは緊張したように何度もそう呟いている。事情を聴いたヤジェが「師匠なら大丈夫だって」と、励ましていた。


 メルーナに背を擦られながら応援されている彼女だが、それでもやはり不安なようだ。


 いくら覚悟を決めたとはいえ、不安がないわけではない。フランはそれを察してか、キャロメにどう声をかけていいものか、頭を悩ませていた。


 下手な言葉は彼女を余計に不安にさせてしまうのではないかと思って。


 話を聞きつけた他の弟子も集まってきて、「キャロメさんならいける!」と、彼女に声援を送っている。彼らはキャロメがどれほどゴロウを想って行動していたかを知っているからだろう。


(私は少ししかキャロメさんのことを知らないからな……)


 会ったのもこれで二度目で、そこまで会話をしたわけでもない。でも、キャロメを応援したい気持ちに嘘はない。だから、「思い切って伝えましょう」と声をかけた。



「キャロメさんの想いを思いっきり言葉にすれば、伝わると思います。ゴロウさんは誰かの気持ちを蔑ろにはしないと思うので」


「そうよね。ゴロウさんはそんなことはしないわ」



 想いは通じるはずだ。断られたとしても、ゴロウは冷たく突き放すことはしない。


 それは傍に居た弟子たちも知っていることだ。あの人はそんなことをするような人間ではないと。



「おーう、どうしたんだ。お前たち」



 集まる弟子たちにゴロウが声をかけてきた。そのなんとも不思議そうにしている様子に弟子たちは「キャロメさん!」と、彼女を前に出す。


 キャロメはがちがちに固まっていた。本人を目の前にして緊張が最高潮に達しているようで、言葉が思うように出ていない。


 これはまずいぞとメルーナとフランが顔を見合わせれば、ゴロウが「どうした、キャロメ嬢?」と彼女の傍に寄る。



「顔色が悪いぞ。体調が悪いんか?」


「そ、そんなことは、なくて、あの……伝えたいことが」


「伝えたいこと?」



 なんだと首を傾げるゴロウにキャロメの身体がさらにがちがちになる。若干、過呼吸になっているのではないか、それほどに呼吸が荒い。


 これは相手に心配させてしまうよなとフランはキャロメを落ち着かせるように「深呼吸してください」と、呼吸を整えるように声をかけた。


 キャロメはゆっくりと呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。その間、ゴロウはどうしたんだと弟子たちに聞いていた。



「あの、ですね。わ、わたし!」


「取り込み中のところすまない」



 キャロメが告白しようとした時、間に入るように声をかけられる。なんだとゴロウが振り返れば、そこにはアルタイルがカルロの首根を掴んで立っており、背後からハムレットが手を合わせていた。


 何事かと周囲が彼らを見ていれば、カルロが「嫌だー、怒られたくないー」と騒ぐ。それだけで彼が何かをしたのだというのは分かった。



「どうした、ハンター」


「この馬鹿が武器のメンテナンスを疎かにして駄目にした」



 駄目にした。その一言でゴロウの表情が変わる。言葉には言い表せない形相でカルロを見ている姿に「怒らせた」と皆が察した。


 瞬間、カルロが隙をつき走って逃げようとして――ゴロウの飛び蹴りを喰らう。


 ずってんと床に額をぶつけながら転んだカルロの上にゴロウが圧し掛かり、首に腕を回して締め技をかけた。



「お前、あれだけちゃんとしろっつーたやろがい! そういや、全然こっちにこんとは思ってたが、この怠け者が!」


「ごめんなさい、ごめんなさい! でも、ナイフ一つだけだから……」


「一つだけで済んだだけやろが!」



 ぎちぎちと首を絞め上げらてカルロが「苦しいからぁ」とバンバン床を叩くのを、暫し眺めてからハムレットが「すまん」とフランたちに聞こえるように声を潜める。


 どうやら、依頼を受けたカルロが戻ってきたらしく、その時に武器をが一つ使い物にならなくなってしまった。それをどうしようとハムレットは相談されたので、いつもの鍛冶屋に頼めよと返したらしい。


『メンテナンス、サボってたんだよね』


 ゴロウはメンテナンスはきちんとしろと何度も言うほどには厳しい。サボって武器を壊してしまったのならば、怒られるのは確実で。


 カルロはそれが嫌で渋っていたのだが、報告会を終えたアルタイルにそれを聞かれてしまい、こうして首根を掴まれて連行されてしまったということだった。


 アルタイルはカルロに合った武器を作れるのはゴロウしかいないというのを知っている。それはカルロ本人もそうなので、謝るのであれば早いほうがいいということで連れてきたのだ。


 とはいえ、タイミングが悪い。ハムレットも告白する途中だったのだろうと察したようで、本当にすまないと謝る。



「フランたちは何を話しているんだ?」



 こそこそと話す様子を不審に思ったのか、アルタイルが眉を寄せながら近寄ってくる。


 どう説明しようとフランが慌てていれば、メルーナがすかさず「たまたまキャロメさんに会って」と、キャロメの恋愛相談に乗ったのだと話してくれた。


 たまたまではないのだが、アルタイルはそうなのかと納得したように頷いてから、「ゴロウ殿への告白は苦労すると思うが」と呟いた。



「何かありますの?」


「ゴロウ殿が鈍感なのは皆が知っていると思うが、それ以上に仕事人間なんだ」



 恋人よりも仕事を優先し、休みなく働くゴロウに女性たちは構ってもらえずに離れていってしまう。鈍感なので好意を察することが上手くできずに、そこですれ違ってしまったりするらしい。


 仕事を選ぶという点に関して弟子たちは「それは……うん」と否定しなかった。


 とにかく、仕事と一度、打ち込むと集中力が切れるまではやり続けてしまう。それを理解できるのであれば、問題はないと思うとアルタイルは話す。



「ゴロウ殿は仕事に関しては厳しいが、人を想うことはできる。性格が悪いわけではないからな」


「その点ならば、問題ありません!」



 キャロメは自信満々に答えた。それは傍で見てきているのでわかっていると。



「わたしも傍でお仕事を手伝っていけますから! むしろ、そうすればずっと一緒にいられるってことで、わたしにとっては嬉しいことです!」



 長く一緒にいられるじゃないですかと、にこにこしながら話すキャロメに「お、おう」とフランは気圧される。確かに一緒に仕事をすればそれだけ長く共に居られるけれどと。


 さらにキャロメは「仕事が一番でも二番目がわたしならいいのです!」と、言ってのけた。仕事が一番ならば許せるらしく、「そこに他の誰かが入らなければいいのです」と拳を握る。


 圧が凄まじくて、フランは後ろに下がってしまう。メルーナもここまでかと驚いたように口元を押さえていた。



「君の気持ちは分からなくもない。仕事が一番ならば許せる。他の誰かが一番となると、嫌だな」


「わかりますか、ハンターさん! そう、誰かが一番となると、呪詛を吐きます」


「フランの一番を取られるのは許せないので理解できる」


「待って、私も巻き込まれてる!」



 唐突に巻き込み事故に遭うフランにメルーナはそっと肩を叩いた。もう逃げ場はないのだと言うように。ハムレットもこれは仕方ないと彼女に同意するように頷いている。



「そこ、ぼくちんを助けてほしい!」



 助けてと声を上げるカルロにそろそろ手を貸すかとアルタイルがゴロウを止めに入った。ゴロウはまだ叱り足りないようだが、話が進まないのでこの辺りで引いてほしい。


 弟子たちが「ほら、キャロメさんの話があるでしょ、師匠!」と声をかけることで落ち着かせることに成功した。



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