フランが依頼を終えてギルドへと戻った昼過ぎ。受付の端でカルロが正座しながら首にボードをぶら下げていた。
なんだろうとフランが様子を窺ってみれば、ボードには「ぼくはまたテンションを上げてしまい、他の冒険者に迷惑をかけてしまいました」と書かれている。
これはきっと、また別の依頼の魔物を狩ってしまって、他の冒険者に迷惑をかけてしまったのだろう。フランはそう察して受付嬢を見遣れば、彼女はにこりと笑みながらカルロを指差した。
「アルタイルさん、カルロさんをしっかり叱っておいてください」
「こいつの面倒をみる身にもなってほしいのだが?」
アルタイルは呆れたようにカルロを見遣る。彼はというと、「足が痛いよー」とうわーんと鳴き始めた。
一応、ギルド長にも注意をされたようではあるが、アルタイルからも叱っておいてほしいということのようだ。
とは言うものの、カルロはまたやらかすのではないだろうか。そんなふうに思ったのはフランだけではなかった。アルタイルも「こいつはまたやらかす」と断言している。
受付嬢も同じようで「でしょうね」と頷いていた。なんだろうか、このカルロへの別の意味での信頼感は。フランは少し可笑しく感じてしまったが表情には出さない。
ふと、彼の手元を見ると引っ搔き傷のようなものが手首についていた。依頼の時に傷を負ったのだろうかとフランが「怪我してますよ」とカルロに声をかける。
「あれぇ、いつの間にぃ? 気づかなかったなぁ」
「そのままだと悪化しちゃうと思うので、手当てはしたほうがいいですよ」
「大丈夫なんだけどなぁ」
引っ搔き傷を眺めながらカルロは言う。それでも、手当てかぁとする気にはなっているので、少し前とは変わっていた。
ミリヤのおかげかなとフランが思っていれば、「みーちゃんこわい」とカルロが項垂れた。あの説教と圧には敵わないようで、「これ見つかったら怒られるぅ」と手首を隠す。
「アルアルの説教聞くから手当てしてぇ」
「俺の説教はおまけか」
「みーちゃんの説教と有無を言わさない圧よりはマシ」
あれよりは話しが通じるからとカルロは主張する。アルタイルは深い溜息を吐いてから「お前はミリヤに叱られていた方がいい」と言って、カルロの首からぶら下げていたボードを取った。
解放されたと立ち上がろうとするカルロだが、長時間の正座で足が痺れてしまったようで動けなくなっていた。うごごごと、悶えながら床を転がっている。
その様子を見ればかなりの時間、そうしていたのだろうことは察することができた。痛そうだなとフランが眺めていれば、背後から「どうかしましたか?」と声がかけられる。
「あ、ミリヤさん」
「カルロさんが転がっているんですけど……」
「長時間、正座の罰を受けていたからな」
またこいつはやらかしたんだとアルタイルが呆れたように説明すれば、ミリヤはそれは叱られても仕方ないですねと納得したようにカルロを見つめる、
カルロといえば、悶えながらも怪我をしていた箇所を上手く隠していた。
これはミリヤをこの状態で切り抜けようとしているのではと、フランでも理解できてちらりとアルタイルを見遣ればこいつはと言いたげな表情をする。
「ミリヤさんは依頼を受けたんですか?」
「え? あぁ。そうなんですけど、ちょっと問題があったので受付嬢さんに相談しようと思って……」
「どうかしましたか?」
「あの、薬草採取の依頼を受けたのですが、どうやら多種スライムが徘徊しているみたいで……」
ミリヤはいくつかの薬草採取の依頼を受けたようだが、採取できる森に山から下りていた多種スライムが徘徊しているのを見かけたという。
一匹や二匹ならば自分でも対処ができるのだが、それ以上となると一人では難しい。なので、魔物討伐専門の冒険者を派遣してくれないかという相談だった。
「え! 多種スライム!」
「そこに反応するな、馬鹿」
足の痺れなど知らないといったふうに飛び起きたカルロにアルタイルが突っ込む。
そんなことなどお構いなしに「ぼくが行く!」と手を挙げた。瞬間、ミリヤの目つきが変わった。
「カルロさん、その傷は?」
「あ」
「カルロさん?」
「違うの! わざと放っておいたわけじゃないの! 気づいてなかったんだよ! で、みんなからお説教されて、正座の罰を受けて、さっき気づいたんだよ!」
本当だよと必死に説明するカルロをじとりとミリヤは見つめながら、「本当ですか?」とフランは聞かれた。
傷については自分が気づいたことだったので、私がとさっきの会話を教えてれば、ミリヤは納得はしてくれたようだ。
もっと早く気づきましょうと注意しながら、ミリヤは鞄から救急箱を取り出してカルロの手首の引っ搔き傷を手当てし始める。やはり傷を放置されるのは許せないようだ。
「ミリヤさんって、風邪とかも平気平気ってされるの嫌だったり……」
「そんなことしたら頭を引っ叩いてベッドに縛りますが?」
「みーちゃん、こっわ……」
「あたしは風邪や怪我を軽く見て悪化させる人が許せないんですよ! 自分の身体は自分しか大切にできないんですから!」
軽く見て悪化して、それがきっかけで身体に不調が出てしまったらどうするのだ。
足腰が悪くなったり、体力が落ちたり、それが仕事だけでなく生活する上で響くことになるかもしれない。それでは何かあった時に対処が遅れてしまうでしょうと、ミリヤは力説する。
両親からの教えが根付いているようで、これに関してだけはどうしても蔑ろにする人が許せないのだという。手当てを終えたミリヤは「お節介でしつこくてすみません」と頭を下げた。
「別に悪いことをしているわけではない。むしろ、カルロにはそれぐらいしないと放置するから丁度いいぐらいだ」
「アルアル酷い!」
「本当のことを言っただけだ」
「多種スライムの討伐の派遣の件ですが……。依頼書は作成できたので、いつでも受けられるようにはしました」
受付嬢は依頼書をぺらりと見せながら笑んだ。そうだとカルロはその依頼書を掴もうとしてアルタイルに頭を叩かれる。お前はもう少し落ち着つけと。
多種スライムはハンターが狩る場合もあるが、危険性が低ければ他の魔物討伐専門の冒険者に優先される。
必ずしもハンターがやらなければならないことではないとアルタイルに注意されて、カルロはむぅと頬を膨らませた。
「えー、ぼくちん行きたーい」
「あの、薬草の納品期限が近いので、できれば早めが良いですけど……」
納期が迫っていることをミリヤが伝えれば、受付嬢は彼女が受けた依頼を確認する。
どうやらそちらは急ぎのようで、これはいけませんねと受付嬢は作成した依頼書をカルロに渡した。
「カルロさんが狩っている間に採取をすれば間に合うかと思います。一応はハンターなので時間はかけませんし」
「一応って……」
フランが思わず口に出すと、ミリヤは困ったように眉を下げた。悩ましげな表情にどうしたんだろうと聞いてみれば、「その……」と申し訳なさげに口を開く。
「カルロさんの戦っている姿は、怖くて……」
「若干、トラウマになってる……」
護衛として付き添ってもらった時にも見たのだが、やはりカルロの戦っている姿というのは怖いらしい。どの辺りがという問いに「笑顔で斬りつけているところとか」と返された。
(笑いながら魔物を狩っていたら、それはちょっと怖いかも……)
フランは慣れてしまっているが、怖いと感じる人は多いだろう。これはどうしようとフランが考えていれば、受付嬢は「大丈夫ですよ」と笑顔を向けた。
「アルタイルさんたちも一緒なので」
「そうくるだろうと思った」
「カルロさんはついでですよ。こちらをお願いします」
そう言って受付嬢はアルタイルに一枚の依頼書を差し出す。それはスライム核の採取というものだった。
スライム核というのはスライムの心臓みたいなもので、身体と同じく柔らかく伸縮自在だ。
スライム核というのは魔術関連で使われる素材で、切り取って採取するのだが、これがまた少しでも核に触れると使い物にならない。
摘出するのが難しいので熟練者にしか任せられない、だからアルタイルにということだった。丁度、良いでしょうと。
依頼では断れないのでアルタイルは渋々といったふうに依頼書を受け取った。
カルロはといえば、上機嫌でギルドを出て行っている。自由だなとフランは突っ込みながら、アルタイルの手を引いて彼を追いかけた。