「ちょっと、匿ってアルアルとフーちゃん」
そんなことを言いながらカルロがフランとアルタイルの後ろに隠れながらしゃがむ。昼少し前、フランはギルドでアルタイルと共に早めの昼食をとっていた。
掲示板の前で相談する冒険者たちの会話を聞き流しながらのんびりとしていれば、駆け足でカルロが寄ってきたのだ。きょろきょろと周囲を見渡してから、そんなことを言ってこうして隠れている。
どうしたのだろうかとフランが隣に座るアルタイルへ目を向けると、彼はまた何かやったなとカルロを見ながら頬杖をつく。
「何をやったんだ、カルロ」
「ぼくは悪いことやってない!」
「じゃあ、どうして隠れているんですか?」
何も悪いことをしていないのであれば、隠れる必要はないのでは。フランの疑問にカルロは黙って目を逸らした。
それは分かりやすいどころではないぞと突っ込みたい。フランは口に出かけた言葉を飲み込んでから、「どうしたんですか?」と、聞いてみる。けれど、カルロは眉を下げるだけだ。
匿ってくれということは誰かに追われているということになる。ハムレットと何かあったのかもしれないなと、フランがそう考えていれば、ギルドの扉が勢いよく開けられた。
入ってきた人物にフランは見覚えがある。黒い魔導士服に肩で切り揃えられた深い緑の髪の女性はミリヤで間違いない。
ミリヤは受付へと向かって赤毛の受付嬢と何か話している。その様子をなんとなしに見ていれば、赤毛の受付嬢がこちらを指差してきた。
あれっとフランが目を瞬かせていると、ミリヤが駆け寄ってくる。その表情は少しばかり怒っているふうで。
「こんなところにいましたか、カルロさん!」
「ひぃん、ミーちゃん! ぼくちんは平気だからぁ」
「いいえ、絶対に怪我をしています!」
みぃいと鳴きながらカルロはアルタイルの背に隠れた。どうやらミリヤから逃げていたようで、彼女に詰め寄られている。
ミリヤの言葉を聞くかぎり、カルロは怪我をしているのに放っておいているということらしい。それは良くないのではとフランが問えば、彼は「平気だもん」と返事を返す。
「どこも異常はないよ!」
「なら、お腹を見せてください」
「何もないよ!」
「視線を逸らして言っても無駄なのでは?」
露骨に視線を逸らしたカルロにフランは思わず突っ込んだ。それにはアルタイルも「お前は分かりやすすぎる」と言ってしまう。
それほどに分かりやすい態度だったので、ミリヤは「いいから見せない!」と、カルロの腕を引っ張る。
嫌だぁと抵抗するカルロだったが、アルタイルに「邪魔だからさっさと捕まれ」と言われて、ミリヤに引き渡されてしまった。
だというのに、お腹を押さえて反抗している。腰に手を当てながら「怪我の放置は駄目です!」と叱るミリヤは、母が子供を叱るように見えた。
「ミリヤさんって出会った当初と印象が違いますよね」
「え? あぁ、あの時は間近であんな暴れっぷりを見て怖かったので……」
全く知らない男性がいきなり現れたかと思ったら、魔物を無邪気に狩り始めたのだ、テンション高めに。そんな姿を見れば多少なりとも恐怖は抱くよなと、フランは納得する。
今は落ち着いて、相手の事を知ったから大丈夫なようだ。ただ、戦っている姿はまだ少し怖いとのこと。それよりも、怪我を放置するのが許せないらしい。
「怪我ですよ、怪我! 普通は放置しませんって!」
「怪我の事になると態度がガラッと変わるな」
「すみません。その、両親からこれでもかと言われてきたことだったので……。どうしても、放っておけず」
ハンターの称号を持っているだけあり、魔物との戦闘は上手い。余程の相手でなければ、怪我をせずに立ち回ることができる。とはいえ、怪我を絶対にしないわけではないのだ。
些細な怪我でもそれがきっかけで不調となることもある。痛みが出る、思うように動かせない、そういったことにもなりえるのだから、ちゃんと治療すべきだ。ミリヤは「ですので、カルロさん」と前に出た。
「お腹を見せなさい」
「大丈夫なんだってばぁ」
「観念しろ、カルロ」
「諦めたほうがいいと私も思います」
怪我の放置はよくないのは当然だ。フランもミリヤの考えに同意すれば、カルロは味方がいないと察して、項垂れながら腹部を隠していた手を下した。
ミリヤは何のためらいもなく、カルロのワイシャツを掴んで捲り上げた。腹部には薄っすらと痣ができていて、彼女の眉が寄る。
フランも痛そうだなとその痣を見ていれば、「腹に突撃されたか」とアルタイルが呟く。カルロはうんと頷いた。
「依頼を終えたらさぁ。ボアーを見つけて狩ったんだよねぇ。そしたら、思いっきり体当たりされちゃってぇ」
ちょっと痛かったけど今は大丈夫なのだとカルロは言うのだが、ミリヤは「ちゃんと治療してください」と彼を叱る。
腰に掛けていた鞄から薬を取り出してテキパキと手当てをするミリヤの手つきは慣れたものだ。
手早いとフランがその様子を眺めていると、赤毛の受付嬢が「今、ボアーを狩ったといいましたか?」と話に入ってくる。怖い笑顔を向けながら。
「先ほど、ボアーの駆除依頼を受けた冒険者の方から、死骸は見つかったと報告を受けているのですが?」
「な、なんのことだろうなぁ。ぼくちん、知らないなぁ」
「カルロさん。少しお話があるのでこちらに」
「ぼくちん、今は手が離せなくてぇ」
「怪我の手当てならもう終わりましたから大丈夫ですよ」
カルロの腹部は湿布が貼られて剥げないように包帯で固定されていた。ミリヤはこれでよしと、捲っていたワイシャツを下す。
さぁどうぞといったふうにミリヤはカルロの背中を押した。カルロはといえば、「嫌だぁ」と抵抗しているが、赤毛の受付嬢に首根を掴まれてしまう。
行きましょうねぇと赤毛の受付嬢に引きずられていく姿をフランは無言で見送った。依頼以外で勝手に魔物を狩ったのは良くないのでフォローができず。
「ボアーの駆除はよく入る依頼の一つだ。それを勝手にやったら、受けていた他の冒険者に迷惑がかかる。あのバカは何度、言ってもやらかすな……」
「狩りでテンション上がってたからかなぁ……」
「でも、怪我を放置は駄目ですよ!」
怪我の放置だけは許せないと怒るミリヤに「あいつはよくやるから気を付けておけ」とアルタイルは言う。あれは何度もやらかすと。
監視してでも注意しなければならない面倒な奴だと教えられて、ミリヤはなるほどと頷いている。
あ、これはカルロさん逃げられないなとフランは気づいたけれど、ミリヤを止めるのは無理だなと悟った。