「お父様からの手紙がしつこい」
げんなりとした顔をして、メルーナはテーブルに突っ伏した。朝早くのギルドはまだ冒険者たちが少なくて、静かだ。フランはいつものように魔物の資料を読んでいたのだが、メルーナがやってきた。
メルーナのたった一言でなんとなく察したフランは「心配性だったよね」と、彼女の父の事を思い出す。師匠に弟子入りする時だって、最後まで反対していたのだから。
理由は「怪我をしたらどうするんだ」というもの。どんな習い事にも怪我は付き物なのだが、ささくれですらメルーナの父は許さないぐらいには心配症だ。
師匠が説得したんだよなぁとあの時の騒ぎの事を懐かしむ。冒険者になってやると言って家出した時はきっと発狂したのだろうことは想像できた。
ただ、メルーナの父は彼女の行動力を甘く見ていたのだ。近場にいるだろう、あるいは王都かとすぐに見つかると思ったのだ。
けれど、メルーナは絶対に見つかりたくないという意思で、村からもかなり離れている、山々に囲まれたこの町を選んだ。
いくら町の中でも大きくて、活気づいている土地とはいえ、村から離れているのだから心配にもなる。フランはそう思ったけれど口には出さずにメルーナの言葉を待つ。
「返事を書く前に手紙が届くのよ。此処から村は遠いのだから手紙が着くのも遅い、冒険者として活動しているのだから、すぐに返事は送れない。よく考えれば気づくはずでしょうに!」
「二、三日で届く距離じゃないもんね。しかも、メルーナちゃんは護衛依頼とかも受けるし」
「そうなのよ! ほんっとよく考えてほしいわ!」
昨日、送った手紙にこれでもかってほど文句を書いてやったわよと、メルーナは溜まっていた愚痴を吐き出してから身体を起こした。
メニュー表を手にコーヒーとパンケーキを注文してからふーっと息をついて落ち着く。
「フランのほうは順調なの?」
「そうですね。魔物討伐にもだいぶ慣れてきました」
「ハンター様の足は引っ張ってないと」
「迷惑はかけないようにはなったかな」
最初の頃よりも自分の不幸体質な部分が足を引っ張るようなことはなくなった。フランがポジティブに考えるようになったからなのか、気にならない程度には落ち着いている。
これもアルタイルが何度も言ってくれたおかげだ。自分でもやればできると自信をもつきっかけになったから。
私も結構、やれるんだぞとフランは不幸体質をネガティブにはとらえていない。アルタイル自身、それを上手く利用しているし、フランも対応できるようになった。
だから、平気なのだと答えれば、メルーナは「流石、ハンター様」と返す。
「あれだけネガティブ思考で不幸体質に振り回されていたフランを、ポジティブ思考に変えるだけでなく。自信も持たせたなんて、凄いわ」
「それは私も思いますね」
出会った当初の自分は不幸体質に振り回されて、アルタイルに助けてもらってばかりだった。
ネガティブなことばかり考えてもいたので、自分がこれほどまで変われるとは少し前ならば想像できていないだろう。
ハムレットはアルタイルと出会った時点でその体質は発動していると言っていたが、自分にとっては幸運だったと感じている。と、言うとメルーナは何とも言えない表情をしてみせた。
「どうかしましたか?」
「ハムレットさんの言う通りだとは思いますのよね」
「そうですか?」
「えぇ。ハンター様ってその……挙動がおかしくなったり、フランにそれはもう執着するじゃない?」
メルーナにそう言われて、確かにアルタイルは挙動がおかしくなる。執着されているのかは実感がないけれど、それはもう分かりやすいぐらいの反応をするのだ。
最初のころは心配になったが、今はすっかりと慣れてしまっている。気にはしていないことを伝えれば、そうじゃなくてと返された。
何が違うのだろうか。フランはいまいち、よく分からなくて首を傾げる。そうすると、メルーナは「貴女って鈍感よね」と、何故か呆れられてしまった。
「うーん、やっぱり私って鈍感ですかね?」
「かなり。最近になってやっと、ハンター様が貴女の事、可愛いから愛でているって気づいたのでしょう?」
「はい」
フランの返事にメルーナは「もう少し早く気づきなさいよ」と突っ込んだ。予兆は前からあったでしょうと。今にしてみれば、分かるのだけれど気づかなかったものは仕方ない。
フランは愛でられてはいるけれど、何かされているわけじゃないしなぁと深く考えていなかった。それを察したように、メルーナに溜息をつかれてしまう。
「ハンター様は貴女を絶対に手放さないと思うわよ」
「そうですかね?」
「これでもかと愛でているのだから、貴女を手放すわけがないでしょう」
「誰が手放さないのだろうか?」
背後からの声にメルーナはひぇっと小さく鳴いて振り返った。そこにはじとりと見つめるアルタイルが立っている。
この光景は何度も見たことあるなとフランは苦く笑う。アルタイルは神出鬼没だなと思って。
アルタイルはフランの隣に腰をかけ、それと同じくしてメルーナの頼んだ料理がやってきた。
「アルタイルさん、おはようございます」
「あぁ。フランは彼女と話していたのか」
「はい。メルーナちゃんが依頼から戻ってきていたので。アルタイルさん、今日は大丈夫そうですね」
「今日は叩き起こされなかったからな」
ここ最近はあいつが騒がしくし過ぎていたんだと、愚痴る。大人しい時はかなり大人しいらしいのだが。
今日は寝ぼけていないので大丈夫なようだ。フランがよかったですねと返事を返せば、アルタイルはそれはいいんだと言う。
「誰がフランを手放さないと?」
「どこまで聞いていらっしゃったのかしら……」
「貴女を手放すわけがないでしょう辺りからだろうか」
今、来たばかりだからなというアルタイルの返答に、メルーナはそうですのと返しながら彼の圧に助けを求めるようにフランを見つめる。
確かに少し圧があるなとフランも感じて、「別に大したことじゃないんですよ」と、答えた。
「アルタイルさんは私とパーティを解消することはないよねって話をしてまして」
「する理由がないが?」
「でしょうね」
アルタイルの即答にメルーナは苦笑する。彼は「フランの師匠にも言ったが」と、フランを手放すつもりがないとはっきり宣言した。それはもう迷いなく。
手放す理由もなければ、する必要もない。フランはパートナーとしても文句はないのだからと。何か問題があったのかと問われて、「ないですよ!」とフランは慌てて答えた。
「きっとそうだよねっていう話をしていただけです!」
「そうですわ! 別にハンター様を疑っていたとかではないのですよ!」
圧の増すアルタイルにメルーナもフランに同意するように言う。そもそも、疑っていたからこの話題が出たわけではない。彼はフランを愛でているのだから手放す気はないよね、という話をしていただけだ。
アルタイルは二人が嘘をついているわけではないと察してか、そうかと納得したように頷いた。圧が消えたのを感じて、フランはほっと息をつく。
「アルタイルさん、少しお時間よろしいですか?」
「あぁ。今、行こう」
受付のほうから赤毛の受付嬢が声をかける。アルタイルが席を立って受付へと行くのを見送ってから、メルーナが「油断ができないわ」と深い息を吐き出した。
「フラン。貴女はとんでもなく面倒な相手に愛されているのだから、ある意味ではハムレットさんの言う通り、不幸体質が発動しているのよ」
自覚を持ちなさいねとメルーナに注意されてフランは「はい」と頷くしかない。あの圧は確かにすさまじかったから。