淡い水色の長い髪をくるくると巻いた、真っ白なブラウスに赤いゴシック調のロングスカートを着た、可愛らしい少女がにこやかに駆け寄ってくる。
フランから見てもスタイルが良くて、何処かのお嬢様だと言われても信じてしまうほどの佇まいだ。思わず見惚れていれば、少女の翡翠色の瞳と目が合った。
「貴女、ハムレットさんとどういった関係で?」
「えっ! 私は、冒険者仲間で……」
「フランは俺のパートナーだ。ハムレットとはただの冒険者仲間だ」
間に入るようにアルタイルが言えば、ハンターであるのを知っていたようで少女は目を瞬かせながら、フランと交互に見遣る。
「ハンター様にお付き合いしている方がいらっしゃったの? それは知らなかったですわ、申し訳ございません」
「いや、それは……」
「あー、フェルシェちゃん。おれに用があったんじゃないのか?」
フェルシェと呼ばれた少女はハムレットに呼ばれて、ぱっと表情を明るくさせた。そう、貴方に用がありましたのと笑顔を向けて。
「ワタクシとパーティを組んでほしくて」
「おれはソロでやってるって前にも言っただろ」
誰かに協力はするけど、パーティを組むことはないんだよ。ハムレットにそう断れてフェルシェはむぅっと頬を膨らませた。
ソロよりもパーティを組んだ方が何かあった時に対応が早くできると、フェルシェに主張されてしまう。それはそうだなと、アルタイルも頷いていた。
それがまたフェルシェの主張に力をつけてしまったようで、「ハンター様もおっしゃっていますわよ!」と、迫ってくるではないか。
(アルタイルさん。ハムレットさんに協力する気はあるのだろうか)
フランはちらりとアルタイルを見遣ると彼はこういったタイプの人間か、といったふうにフェルシェのことを観察していた。
「何故、ワタクシでは駄目ですの!」
「それはだな……」
「こいつには好きな女性がいる」
「はぁあっ!」
「おいこら、ハンター。今かよ!」
もう少しタイミングを考えろよと小声で注意されるも、アルタイルは「今がベストでは?」といったふうの顔をしてみせた。
タイミングは悪くはなかったとは思う。フランは焦っているハムレットに「落ち着きましょう」と声をかけながら、フェルシェの様子を見た。
それはもう鬼のような表情をしている。怖い、ひぇっと声が零れるほどには。フェルシェはハムレットにこれでもかと近寄ってから、「どの女よ!」と迫る。
「えっと、その……フェルシェちゃん、一旦、落ち着いて……」
「誰ですの、ハンター様!」
「受付嬢だ」
アルタイルはそう言って傍に居た赤毛の受付嬢を指差した。それを合図に赤毛の受付嬢は「あら、私ですか?」と、今知ったといったふうな演技をしてみせる。
赤毛の受付嬢を見て、フェルシェはうっと一歩、引く。彼女も評判は知っているようであった。けれど、まだ諦めていないようで、「ワタクシじゃ駄目な理由ってありますの?」と問う。
「受付嬢ちゃんはかっこよくもあり、愛らしくもあるし……。後輩想いで、慕われててさ。仕事は完璧っていうほとにはこなすし。冒険者をランクだけで見ないってところが彼女の優しいところで……」
ハムレットが赤毛の受付嬢の何処が良いのかを話し始めれば、フェルシェはぷくっと頬を膨らました。これは不満だけでなく、だいぶ怒っている。
フェルシェは自分が駄目な理由を聞いているのだ。だというのに、ハムレットは赤毛の受付嬢のことを褒めている。これは怒るよなとフランでも思ったが、口を挟む雰囲気ではない。
ハムレットの性格上、駄目な点を言いたくはないのだろう。なるべくならば、傷つけたくないという配慮から。けれど、それは時と場合によっては、相手を怒らせることにもなるのだ。
「ワタクシは受付嬢さんの良さを聞いているのではないのです!」
「えっと、その、な! フェルシェちゃんにも良さはあるよ、もちろん! でもな、それを受付嬢さんは勝っているというか……」
これは駄目な気がするな。フランはハムレットの対応を見て感じた。アルタイルも同じようなことを思ったようで、呆れた表情をしている。
助け舟を出せたら良いのだが、どうすればいいのやら。フランがどうしたものかと思案していれば、赤毛の受付嬢が「私の意見ですが」と二人の会話に割って入った。
「一個人の意見ですが、こういった良い点ばかりしか言わず、悪い点をはっきりと指摘せずに、良い恰好をしようとする男性はお勧めしません」
「と、言うと?」
「傷つけたくないからと理由はつけていますが、それは自分自身のことを言っているのですよ。相手に怒られたり、言い返されたりするのが嫌なのです。あるいは、相手の事を想っている自分って優しいと勘違いしているだけ」
確かに相手から聞いておいて、答えたら怒られるなどよくあることだ。けれど、言わないと理解しない場合もある。言い方というのもあるにしろ、理由をはっきりしないというのは相手も納得しない。
納得できる理由を提示しない相手を貴女は信用できますか。赤毛の受付嬢の問いにフェルシェはそれはと言葉を詰まらせる。彼女の意見を完全には否定ができないようだ。
「それらか、自分の意見を押し付けてばかりでは相手に嫌がられるだけです。ハムレットさんのことが好きならば、彼のこともちゃんと考えて行動するべきでしょう」
自分のことを押し付けてばかりで相手のことを考えられていなければ、嫌がられるだけで好きにはなってもらえない。
ちゃんと、相手の事を想って行動していかなければ、それはただの独りよがりであり、我が儘だ。赤毛の受付嬢は冷静に指摘をした。
「フランさんだって、押しつけがましいのは嫌ですよね?」
「え? そうですね。好きな点、嫌だなと思う点が出てしまうのは仕方ないとは思いますが、押しつけるのはよくないかと」
フランがそう答えれば、フェルシェはうぅと途端に勢いがなくなる。どうやら、自覚はあるようで、しゅんっと大人しくなった。
ハムレットはハムレットで赤毛の受付嬢の言葉が胸に突き刺さったのか、がっくりと肩を落としながらへこんでいる。
赤毛の受付嬢の意見はフランも同意できるなと思った。けれど、自分では言語化はできなかったので、流石だなと感心してしまう。
ちらりとアルタイルを見れば、彼は悩ましげに眉を下げながら考え事をしていた。
「どうしましたか、アルタイルさん?」
「いや……。俺はフランに関して、嫌だとも苦手だとも思っていることがないのだがと」
直した方が良い点というのはあったが、それを嫌いだとか苦手だとかは思ったことがない。それはもう真面目な顔でアルタイルは言った。
それを聞いたフェルシェが無言で指をさせば、赤毛の受付嬢は「例外もあります」と答える。
「アルタイルさんはこれ、本心から言っていることですので。恋は盲目とかではなく、本気で思っています」
「本気で! 全てを愛しているってことですの!」
「なんて?」
フランの素の突っ込みなどフェルシには通じなくて、なんとも羨ましげに見られてしまった。アルタイルに至っては「それはおかしいことか?」と、不思議そうにしている。
駄目だ、これは突っ込みきれない。フランがどうしたものかとハムレットを見遣れば、まだ立ち直れていなかった。
「ひとまず、フェルシェさんはハムレットさんのことを考えて、行動を見つめ直すと良いかと。ハムレットさんはちゃんと何処が自分とは合わないのか、はっきり伝えてください」
「分かりましたわ……」
「はい、そうします……」
項垂れる二人に話はまとまったと赤毛の受付嬢は手を叩いて「この話はこれで終わりです」と、笑みを見せた。
綺麗とは言えないかもしれないが、場が治まってよかったとフランはほっと息を吐いた。隣ではまだアルタイルが考えているが、突っ込まないでおこう。
(全てを愛するかぁ)
自分はそんなことできるのかなとフランは考えてみる。誰にだって一つや二つは出てくるよなとそこまで思い浮かべてから、あれっと気づく。
(アルタイルさんの嫌いところとか、苦手なところはないなぁ)
ちょっと挙動がおかしくなったり、テンションについていけなくなることはあるが、別に苦手とは感じていない。
(あれ、もしかして、私って鈍感?)
そんな馬鹿な。フランは自分自身に突っ込んだ。自分が鈍感かもしれないと気づいて。