午後、少し遅めの昼食をギルドのテーブル席で食べていたフランは、この光景は見たことあるなと、アルタイルの足元を眺めていた。
そこには土下座をするハムレットの姿がある。これは何度目だろうかとフランはカリカリに焼けたベーコンを頬張った。
「今度は何をやらかした」
「いや、やらかしたっつーか、なんというか……」
歯切れの悪いハムレットに少し様子がおかしいことにフランは気づいた。それはアルタイルも同じで、「何があった」と聞く姿勢をとる。
またカルロがやらかしたのかと思ったがそうじゃないようだ。言葉を迷わせているハムレットにフランも「どうしましたか?」と、フォークを皿の上に置いた。
「その、ちょっと、面倒なことになったっつーか……」
「女性関係か」
「そうなんだけど……って、そんな顔すんなよ! おれは悪くないからな、今回!」
顔を顰めたアルタイルにハムレットは慌てて言う、自分は悪くないからと。そうは聞いても、相談の内容が分からない以上は判断ができない。
アルタイルは説明を求める。このままでは相談に乗ることもできないと言えば、ハムレットはわかったと口を開いた。
「その、前に見つかったダンジョンの定期調査に行ってきたんだよ。どんなに閉鎖しても、魔物とかは現れるからさ。で、そこで……」
「怪我人がでたんですか?」
「いや、一緒に居た女の子の冒険者を助けたら、なんかおれに執着し始めて……」
「お前が気のあるようなことをしたか、言ったかしたんだろう」
お前の事だからとアルタイルに指摘をされて、ハムレットは「女の子に優しくするのは当然だろ」とむすっとする。
優しくするのはいいけれど、その気がないならばある程度は加減をするべきでは。フランの突っ込みにハムレットはうぐっと鳴いた。
きっといつもの調子で女性に対応したのだろうことはそれだけで察することができた。アルタイルには節操がないと言われてしまっている。
「いやいや! 優しくすることは悪いことじゃないはずだ!」
「まぁ、そうですけど。恋愛に免疫のない女性だと、勘違いするのでは?」
「そもそも、お前は女にだらしないのだから、今に始まったことではないだろう」
「それは否定しないけど、恋人ってなるとなぁ……」
今まで一緒に居た女性が悪かったとは思ったことはないが、恋人まではいかなかった。とっかえひっかえしていたわけでない。ただ、女性がハムレットに本気にはなってくれないだけだ。
本気になってくれる人が現れたなら良いのではないか。フランの疑問にハムレットは「おれにも好みはあるんだぜ」と答えた。
「女の子に優しくはおれのポリシーでもあるけれどな。恋人となると好みはあるんだよ」
フランちゃんにもあるだろ、そういうの。そう問われて、確かに好みはあるよなとフランは頷いた。
優しさだったり、強さだったり、容姿だったりと、人によって好みというのは変わってくる。フランもこんな人はちょっと無理だなというのがあるので、ハムレットの気持ちは分からなくもなかった。
「それはそうですね」
「そうだろ? だから……」
「フランの好みはなんだろうか?」
ハムレットの言葉を遮るようにアルタイルが割って入る、前のめりに。その反応にほえっとフランは呆けた声を零してしまう。
今は私の事はいいのでは。というフランの返答にアルタイルが眉を下げた。それはもう残念そうに。
そんな顔をされても困るとフランは思ったけれど、見たことないぐらいにテンションが落ちているのを見て言うに言えなかった。
「ハンターのことはいいんだよ。おれの相談に乗ってくれぇ」
「俺にとっては重要なことだが?」
「それは後でもいいだろ! 頼むからさぁ」
「分かりましたから、落ち着いてください! 素直に断るのが一番ではないですか?」
相手からアプローチされているのであれば、素直にその気はないと断るのが一番ではないか。
フランの考えは間違っていないので、アルタイルがそうだなと頷けば、ハムレットは「それ、何度もやってるんだよなぁ」と、溜息を零した。
どうやら、何度も断ってはいるらしい。だというのに、相手はめげずにやってくるのだという。それはもう迷惑行為なのではとフランは思わず口に出してしまった。
「相手がやめてくれと言っていることをやってくるというのであれば、それは迷惑行為に値するだろうな」
「ちゃんとしっかり断ってるんですよね?」
「えっと、多分……」
「ハムレット。お前は女性に強く言えないタイプだったな。ならば、伝わっていない可能性が高い」
こういう時は相手が傷つこうとはっきり言うべきだ。アルタイルの言葉にハムレットは「可哀そうじゃん」と声を落とす。
可哀そう云々の前に、相手のことを考えれば、はっきり断るほうがいい。断るというのはどんな方法であっても、多少なりとも傷つくことなのだから。
フランが冷静にそう言えば、ハムレットは「だよなぁ」とがっくりと項垂れた。
「でも、バッサリ言ったとしても、あの子は諦めそうにないっつーか……」
「絶対に諦められる方法などそうないはずだが?」
「うーんと、例えばその女性じゃ敵わない相手のことが好きだからとか言ってみます?」
自分では敵わない女性に恋をしているのであれば、何をやっても無駄だと諦めてくれるのではないか。
フランの提案にアルタイルが「恋人であるとさらに効果はありそうだな」と考えるように顎に手をやった。
そんな女性がいるのか、協力してくれるのか。うーんと考える二人にフランは一人、思い浮かんだ。
「あの、赤毛の受付嬢さんに敵う女性っているですかね?」
赤毛の受付嬢。美人であり、仕事はしっかりこなすし、後輩想いで、冒険者たちの世話もしてくれる。
さらには冒険者としての実力もあるという、このギルドに所属していれば知らぬ人はいない存在。自分の名前が嫌いで名を明かさないこと以外は非の打ち所がない。
そう問われて、アルタイルは「そう簡単には見つからないだろうな」と答えた。彼女はギルド長からの信頼も厚い人間なので、越えられる人物というのは早々いないだろうと。
「でも、受付嬢ちゃんに迷惑はかけたくねぇんだよなぁ」
「彼女に好意を寄せていると言うだけでも、被害が出るかもしれないからな」
「うぅ、やっぱりだめですかね」
「私を呼びましたか?」
そう声がして振り向けば、依頼書を持った赤毛の受付嬢が首を傾げていた。