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第88話 甘やかしているつもりはないのだけどなぁ


「あ、カルロさん」



 地下水道を出るころにはすっかりと夜になっていたので、フランはアルタイルの厚意によって、先に宿に戻っていた。


 湯浴みを終えて服を着替えたフランが宿と浴場を繋ぐロビーに入ると、テーブル席とは違う端にあるソファにぐったりと寝そべっているカルロを見かける。


 酷いという独り言が聞こえてきて、ギルドで何か言われたのかなとフランは察した。カルロはただ渡された依頼を受けただけなので、文句を言いたくなる気持ちは理解できる。


(何か言われたのかな)


 ぶつぶつと聞こえる独り言にフランは声をかけるが悩ませる。そっとしておいた方が良い気がしなくもなかったのだ。そうやってカルロを眺めていれば、がばっと彼が起き上がった。



「渡された依頼をちゃんと確認しろって、そんなことぼくちんがちゃんとするわけないじゃん!」


「それはちゃんとしましょうよ!」


「渡された依頼の数によってはするけど、一枚だったらしないよ! って、フーちゃんじゃん」



 思わず突っ込んでしまったフランはカルロに声をかけられてしまう。そうされては放置することはできないので、フランは「大丈夫でしたか?」と彼に近寄った。


 ギルドに戻ってからサラに謝罪されて、依頼に関しては叱られていないらしい。けれど、赤毛の受付嬢に「依頼の内容の確認を一応、してほしい」と頼まれたということだった。


 こちらのミスで申し訳ないけれどと、赤毛の受付嬢に謝られてカルロは「えー」っと、言ってしまったらしい。その態度をアルタイルに叱られたみたいだ。



「ドヴネズミの依頼がハンターに来ることなど殆どないだろうから、ちゃんと言えって怒られたぁ」


「確認は大事ですね、確かに」


「えー、ぼくちんは受付嬢ちゃんたちを信じてるから、疑わないだけだよぉ」


「ただ、面倒くさいだけだろうが」



 べしっと依頼書でカルロの頭を叩いたのはアルタイルだ。呆れたように彼を見ながら持っていた依頼書を渡している。


 サラが渡し忘れた依頼書をアルタイルは届けに来てくれたようだ。「お前がさっさと出て行くから渡せなかったみたいだ」と、アルタイルは愚痴っぽく話す。



「だって、いたらぐちぐち言われそうだもん」


「今回は受付嬢側に問題があったのだから、文句は言われないだろ」


「アルアルが言うもん! ちゃんと確認しろって!」


「言うのは当然だろう。ハムレットでも注意すると思うが?」



 依頼書を確認するのは当然のことだ。ハンターならば尚更、しっかりとするべきなのだからと言い返されて、カルロはむぅと頬を膨らませた。


 そんな反応されてもとフランは思うのだが、カルロは不満なようだ。ぶーぶーと文句を言っているけれど、アルタイルに「ハンターだろうが」と言い返されてしまう。



「今、渡した依頼書は確認済みだから問題はないが、次からはしっかりと確認しろ」


「分かったよぉ」



 カルロは渋々と依頼書に目を通す。夜にまとめて渡されたものはちゃんと確認しているもんと愚痴りながら。


 そういえば、依頼書が間違っていたのを届けに来てくれたことがあったなとフランは思い出した。


 確か、夜に渡されたものは後で纏めて確認するんだっけとフランが聞いてみれば、カルロは「そうだよー」と軽い返事が返ってくる。



「夜はさっさと部屋に戻って寝たいからさぁ。後で纏めて確認するの。何枚かあるとさ、どれからやろうかなぁって選ぶからぁ」


「でも、一枚だけだとちゃんと確認しないんですよね?」


「うん。魔物と場所だけ見て終わり」


「魔物の名前を見た時点で気づけ」



 アルタイルの突っ込みにカルロは受付嬢たちを信じているからと言い返している。


 カルロは性格上、あまり疑ったりはしないのだろう。あるいはそれほど受付嬢たちを信用しているということか。



「うげぇ、これ面白くない依頼じゃん」



 一枚の依頼書を手にしてカルロは渋面になる。どうやら、面倒くさい依頼内容らしく、テンションが下がっていた。暫くその依頼書を見つめてから、アルタイルへと目を向ける。



「断る」


「まだ、何も言ってなーい! フーちゃん!」


「いや、私に言われても……」



 話をきてくれるだけでもよくないと主張するカルロに、アルタイルは面倒くさそうな表情を向けている。


 フランも何を言いたいのかは、なんとなく察していたので、「自分でやりましょう」と返してみた。



「フーちゃんはアルアルに甘い!」


「俺にだけ甘くていいんだ、フランは」


「甘くしているつもりはないというか……。って、アルタイルさん?」



 なんか、聞き捨てならない言葉を言った気がする。フランが聞き返せば、アルタイルは何もおかしなことは言っていないといったふうな態度をしていた。


 あれ、聞き間違いだったかなとフランが首を傾げれば、カルロが「ぼくちんも甘やかされたい!」と駄々をこね始めてしまう。



「他の誰かにしろ、フランは俺だけに甘ければいい」


「やだー!」


「あ、聞き間違えじゃなかった」



 アルタイルの発言にフランは「どの辺が甘いのだろうか」と疑問を抱く。日頃からよくしてもらっている自分のほうが甘やかされているのではないかと。



「私のほうが甘やかされてませんか?」


「アルアルのはフーちゃん限定であれが標準だよ」


「あれが標準」


「うん、あれが標準」



 だから、甘やかされているとかじゃないよ。カルロの冷静な返答にフランはそうなのか、納得しかけて、どういうことだと首を傾げた。常に甘いということなのか、自分に。


 アルタイルに至っては「おかしなことはしていない」と真面目な顔で言う。フランは深く考えるのを止めた、突っ込み切れそうにないなと気付いて。



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