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第86話 先輩の優しさ


「今度はどういったミスをしたのですか、サラさん」



 フランの背後に赤毛の受付嬢が立っていた。彼女の表情は呆れているというようりも、仕方ない子ですねといった優しさが滲み出ている。


 泣いている様子にまたミスをしたのだろうと察したようだ。サラと呼ばれた新米の受付嬢の前でしゃがんで彼女の涙を拭いながら、赤毛の受付嬢は何をしたのかと聞く。


 サラはフランたちに話したことをそのまま全て話した。申し訳ございませんと手を合わせて頭を下げながら。



「それはまたやらかしたわね」


「す、すみませんぅ」


「貴女は落ち着いてやればミスはしないのだから、焦らなくていいのよ」



 貴女は焦りやすいのよねと赤毛の受付嬢は不思議そうにしながら顎に手をやる。どうしてかしらと。


 それはサラ自身も知りたいことのようだが、フランはなんとなく気づいた。これは多分、緊張してしまうからなのでは。



「あの、多分ですね。サラさんは受付嬢さんと一緒にいて緊張してしまうのではないでしょうか」


「と、言うと?」


「憧れの人と一緒に居て、気持ちが舞い上がるのと同じく、信用を失いたくないと緊張してしまう。多分、こんな感じだから気持ちが空回りしてしまうのではないかなぁと」



 フランの言葉にサラも納得したようだ。そうかもしれないといったふうにしている。憧れと聞いて赤毛の受付嬢は首を傾げている。


 私は大したことはしていないはずといった顔をしている赤毛の受付嬢に、サラは「わたしにとっては大きなことです!」と声を上げた。



「こんなわたしを責めたりせずに世話をしてくれているのですよ! 助けてもらったことだってそうです!」


「でも、叱られて怖いと思われているのを私は知っているわ」


「それは、そうなんですけど……。でも、責めたりしないですし、何が悪かったのかを教えてくれるじゃないですか! ただ、怒るだけではないので!」



 怖いとは確かに思ってしまうけれど、それは自分たちのことを想ってくれていることは伝わってくる。だから、叱られてもへこみはするが大丈夫なのだとサラは言う。


 赤毛の受付嬢はそういうものなのかしらと納得はしたようだ。とはいえ、ミスは周囲に迷惑をかけてしまうので、なるべくならば減らすべきである。


 憧れの存在である赤毛の受付嬢と一緒にいなければ問題がないのなら、離れて仕事をするのが一番だ。


 けれど、サラのことを考えれば、別の方法を考えたい。誰だって憧れている人と一緒に仕事をしたいと思うだろうから。


 どうにかできないだろうかとフランも考えてみる。緊張をほぐす方法はいろいろとあるが、それがサラに合うかどうかは分からない。うーんとフランは腕を組む。


(逆に常に一緒にいるのはどうだろうか?)


 ショック療法とまではいかないが、常に一緒にいることで相手に慣れていくという方法は悪くないのではないか。赤毛の受付嬢に仕事を教えてもらうこともできるというのは利点だ。


 フランがこんな方法はどうでしょうと提案してみると、サラは「つ、常に一緒に!」と驚いた声を上げる。



「そ、それは申し訳なさすぎますよ! ただでさえ、ミスして後始末までしてもらってばかりいるのに……」


「でも、私が常に傍にいればミスをする前にフォローができるのは確かなのよね」



 自分が傍にいれば、サラがミスをしたらすぐに対処できるし、その前にも対応ができる。慣れてくるまで彼女のサポートをする分には問題はないと赤毛の受付嬢は話した。


 他の受付嬢は皆、ベテランなので自分が傍にいなくてもしっかりと仕事はこなしてくれるからと。サラを個人指導したほうがミスは少なくて済むかもしれないと赤毛の受付嬢は思ったようだ。



「私と常に一緒にいれば、嫌でも慣れてくるでしょう?」


「そ、それは、そうかも、しれないですけどぉ」



 慣れてくるまで迷惑をかけてしまうとサラは項垂れた。そこまで落ち込む必要はないのにと赤毛の受付嬢は「仕方ない子ね」と小さく笑う。



「別に問題はないのよ。後輩たちに任せられる仕事は振り分けられるの。サラさんは受付嬢となった以上は立派に成長してもらいたいですから」



 赤毛の受付嬢の言葉にサラは目を丸く開いてから「先輩ぃ」と、うわんと泣きながら抱き着いた。よしよしと赤毛の受付嬢が彼女をあやす姿というのは母と子のように見える。


 自分を見捨てなかったという点もサラが泣いている理由の一つだろう。こんな自分でも指導してくれるという嬉しさで。


 二人の様子からこれで一件落着かなとフランが思っていれば、赤毛の受付嬢がサラを立ち上がらせながら「アルタイルさん」と呼んだ。



「この子がご迷惑をおかけしたみたいでごめんなさい」


「別に気にはしていないが……。何か言いたいことがあるのだろう」


「流石ですね、アルタイル」



 にこりと赤毛の受付嬢が笑んだ。フランはこの笑みを知っている、これは――



「カルロさんのお迎え、よろしくお願いしますね」


「だと思った」



 それはもう面倒くさげにアルタイルは顔を顰めた。言われることは予想していたようで、深い溜息を吐いている。


 赤毛の受付嬢があぁやって笑みを見せる時は、何か頼む時だ。それも面倒くさいものを。フランはやっぱりなぁと苦く笑う。


 もう夕刻となっているのでギルドの窓からは見える空は茜色に染まっている。これは急いで探しに行かなければ、返ってくるのが遅くなってしまう。



「ドヴネズミですので、この町の地下水道に居るかと」


「断らせる気がないな……。仕方ない」



 アルタイルは仕方ないとその頼みを引き受けていた。それはもう面倒くさげにしていたが。フランはカルロが何もしていないといいなと思いながら、ギルドを出て行くアルタイルの後に着いていった。




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