午後、夕刻より少し前に依頼を終えてギルドへと戻ってきたフランは目を瞬かせた。受付の前で一人の若い女性があわあわと落ち着きなくうろついていたからだ。
それだけならそこまで驚きはしなかったのだが、泣きながら「どうしよう、どうしよう」と呟いてうろついていれば、そういった反応をしてしまう。
彼女が誰なのか、フランは知っていた。最近、入ってきた新米の受付嬢だ。この前、依頼書の取り違えをして赤毛の受付嬢にこっぴどく叱られているのを見ている。
緑と黒を基調とした魔導士服を身に纏う受付嬢は、癖のある浅葱色の短い髪を乱暴に掻く。暫くその様子を見ていれば、とうとうしゃがみ込んで泣き声を上げてしまった。
これには流石に反応するしかなく、フランが「大丈夫ですか?」と声をかける。新米の受付嬢はうぅと泣きながら「また、やらかしましたぁ」と答えた。
また、やらかした。その言葉にフランがアルタイルを見遣れば、彼はそれはもう面倒くさげにしていた。
新米の受付嬢は「先輩に怒られるぅ」と泣いていた。余程、赤毛の受付嬢に怒られるのが怖いようだ。
「あの受付嬢さん、優しいのでちゃんと謝れば……」
「先輩、優しいですよ。でも、叱る時はしっかりと叱るんですよぉ。容赦なくぅ」
自分が悪いのは嫌というほどに理解している。いるけれど、叱られるとへこむのだと新米の受付嬢は項垂れた。
けれど、赤毛の受付嬢は叱った後に必ずフォローもしてくれるのだという。とはいえ、やはり怒られるのは怖いのだ。
「その、何をやらかしたんですか?」
「えっと、その……危険なものではないですよ!」
「でも、やらかしたのだろう?」
それで怒られると泣いている。そうアルタイルに指摘されて、新米の受付嬢は「はい、そうです」と視線を逸らした。
「えっと、その……カルロさんに間違って、ドヴネズミの駆除を任せちゃって……」
「群れか」
「五匹ほどの……」
「これは受付嬢に叱られても文句は言えないな」
アルタイルははぁと深い溜息を吐いた。カルロは群れを狩るのが好きだ、かなり。
群れを狩った時のテンションの上がり方は異常であり、その勢いのまま別の獲物を探しに行ってしまう。要は依頼ではない別の魔物を狩りに行ってしまい、仕事が滞ってしまうのだ。
これを避けるためになるべくならば群れの依頼をカルロには渡さない。けれど、それでは相手が不満を抱くので、定期的に仕事を回している。
バランス良く群れの依頼を渡しているので、カルロ自身もストレスなくハンターとして活動できているのだ。だが、群れの依頼はこの前、亜種スライムの討伐を渡している。
「そもそも、ドヴネズミはハンターが請け負うものではないな」
「はい……ミスしました……」
新米の受付嬢は気を付けていたのにとかなりへこんでいる。これでカルロがテンション上がりすぎて、別の事をやり出していたらと考えてしまって。
仕事はきっちりとこなしてもらわないとギルド側も困るのだ。依頼を受けている以上はしっかりと解決しなくてはならない。
カルロがいつ出発したのかと問えば、昼過ぎだと答えが返ってきて、アルタイルは間に合わないなと現実を突きつけた。もう夕刻になるので今更、追いかけても無駄だと。
カルロは曲がりなりにも、Sランクの冒険者であり、ハンターの称号をもっている身だ。狩りを手早くこなすことができる、立て込んでいようとも。
「帰ってきていないのを見るに、テンションが上がった可能性はなくはないな」
「ひぃぃん、カルロさんにはケルピーの番の対処を任せているのにぃ」
ケルピーの番の討伐依頼は緊急性はないが、ドヴネズミよりも先に終わらせてほしい内容だった。もしやとフランが「それ、言いましたか?」と問えば、新米の受付嬢は視線を逸らす。
あまりにも分かりやすい態度にアルタイルは呆れていた。フランもそれは黙っていても伝わりますよと突っ込んでしまう。
「申し訳ないが、お前は受付嬢には向いていない。この前も依頼書を取り違えていただろう。あまりにもミスが多すぎる」
アルタイルの冷静な指摘が新米の受付嬢に突き刺さる。本人もそれを理解しているようで、がっくりと肩を落としていた。
けれど、涙を流しながらも「受付嬢として頑張りたいんです」と言葉を返す。そこまで受付嬢に拘る理由はなんだろうか。フランは気になって聞いてみた。
「拘り……その、わたしは先輩に助けられたことがあるんです」
赤毛の受付嬢は冒険者でもある。普段は受付嬢としての仕事をこなす彼女だが、冒険者として依頼を引き受けることもあるのだ。
その依頼の中で新米の受付嬢は赤毛の受付嬢に助けられたのだという。その時の彼女の強さと優しさに惹かれて、受付嬢を目指したのだと。
「その、冒険者としてダメダメだったわたしに、先輩は『誰だって最初はそういうものよ』って、励ましてくれたんです。助けてくれただけでなくて、冒険者として応援までしてくれて……。先輩みたいな受付嬢になりたいって思ったんです」
だから、勉強を一生懸命やって、受付嬢としての試験も合格できたのだ。だというのに、仕事はミスばかりしてしまう。
赤毛の受付嬢と共に働けるということに舞い上がってしまっていたのかもしれない。自分が未熟であることを忘れていたのだ。
話を聞いてフランは彼女は怒られるよりも、憧れの存在に呆れられることが怖いのだと思った。使えない駄目な人間であると認識されることが。
「尚更、ミスをしないように気を付けるべきだろう」
「そう、ですよねぇ……」
新米の受付嬢は涙を拭いながらはぁと息を吐く。それは失敗ばかりする自分を責めているかのように見えた。
(少し前の自分みたい)
フランは少し前の、不幸体質を利用することなんて考えもしてなかった、ネガティブな時の自分を思い出した。この体質が嫌で、自分を責めていたことを。
「あの、ネガティブに考えないでいいと思うんですよ」
「でも……」
「受付嬢さんは貴女を責めたりしていますか?」
そう問われて、新米の受付嬢は首を左右に振った。叱る時はしっかりとし、優しく指導してくれていると、そこまで言ってあれっと彼女は首を傾げた。
「どうして、責めないんだろう?」
こんなにもミスばかりするのに、叱られはするが、「こんなこともできないのか」や「これだから新米は」といった責め苦を赤毛の受付嬢は一度も口には出していない。新米の受付嬢がそれに気づき、顔を上げて――目を瞬かせた。