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第82話 反省することができるなら


 瞬きする間もなく、ダミーは二つになって地面に落ちた。アルタイルは剣をゆっくりと下す。何が起こったのか、その場に居た全員が理解できていない。


 ただ、ゴロウだけは大きく笑っていた、流石だと。少年に至っては口をあんぐりと開けて固まってしまっている。



「えっと、魔力を籠めたのですかね?」


「籠めていないが?」


「はあ!」



 アルタイルの言葉に嘘だと少年は声を上げた。それにはフランもそんな反応になるよなと思ってしまう。疑われた本人は至って冷静だった。



「この剣は力を入れると斬りにくい」



 剣によって使い方がことなるのだとアルタイルは説明した。例えば、力を入れることで斬れるものもあれば、軽く弾むようにして裂くものがあるのだと。


 この剣の場合は力を入れず、素早く振るうことで切れ味が良くなると、アルタイルは落ちたダミーを拾う。


 顔の部分をフランに持たせて力を入れながら剣を入れてみせた。頭部分に刃が入るけれど、なかなかうまく斬れない。それから力を抜いてすっと引くようにしてみせれば、頭部はぱっかりと斬れてしまった。


 アルタイルは少年に剣を返して「やってみるといい」と、また一つダミーの首を拾って目の前に差し出す。少年は半信半疑ながらに言われた通りに、力を入れずにすっと素早く刃を入れた。


 アルタイルがやってみせたようにダミーの頭が斬れて、少年は目を丸くさせながら顔を上げる。



「お前はただ武器の性質を理解していなかっただけだ。戦い方を見るに力を入れてしまうタイプのお前には合っていない武器になる」



 力を入ることで斬れやすくなる剣を選ぶべきだっただけだ。アルタイルの言葉に少年は黙るしかない。彼の表情を見るに理解はしたようだった。


 散々言った自分の悪態を思い出してか、顔を赤くさせている。恥ずかしさと、悔しさが滲み出ていた。



「別に無知を責めることはしないが、武器の性質は買う前にちゃんと聞くべきだ。それを怠ったお前が悪いのであって、ゴロウ殿に非はない」



 そもそも、武器の説明は買う前にされるはずだがとアルタイルが指摘すると、魔導士の少女が「聞く前に工房を出てしまって……」と答えた。


 武器なんてどれも同じだから使い方なんて今更、聞かなくてもわかると言って。魔導士の少女の返答にアルタイルは深い溜息を吐き出した。



「武器がどれも同じなわけがないだろう。同じ剣でも性質が違うものもある。ゴロウ殿のとことはロングソードだけでも何種類とあるのだから」



 人によって力の入れ具合や、戦闘経験、身体能力などが違っている。ゴロウの鍛冶屋ではそれらに合うように同じ種類の武器であっても何通りも製造しているのだ。


 なので、武器を購入する時は説明がちゃんとされるようになっていた。というのに、それを理解していなかった少年をアルタイルは叱る。


 これはだいぶ、冒険者の少年のほうが悪いよね。フランは優しく叱るアルタイルを眺めながら思う。少年自身も目の前で実演されて、自分の無知に気づき。理解したからなのか反省している様子だ。



「そもそもだが。お前は剣身の長いものよりも、少し短いほうが扱える。お前は小柄なほうだから、剣身が長いものは振りにくいだろう」



 短剣を使えとは言わないが、剣身が短い種類の剣を選ぶべきだ。そうアルタイルにアドバイスをされて冒険者の少年は、振りにくかった自覚があったようだ。納得したように頷いているので、もう大丈夫だろう。


 ゴロウも分かればいいと言って「おめぇさんに合った武器を探したる」と、笑っていた。もう怒ってはいないようで、ヤジェもほっと息をついている。



「これって、ギルドにはどう報告したらいいんですかね?」


「和解したということになる。冒険者側も反省しているし、ゴロウ殿も怒ってはいない。大事にはなっていないから、厳重注意ぐらいで済むだろう」



 和解したのであればギルド側からは一応の為に注意するだけで治まる。本人もしっかりと反省しているのだからと言われて、フランはゴロウに謝罪をしている冒険者の少年へと目を向けた。


 魔導士の少女と二人で頭を下げているのを見て、自分の非を見止められるのであれば次からは気を付けられるだろうとフランは思う。



「そういえば、アルタイルさんはどうして太刀にしたんですか?」

 太刀はこの辺りでは珍しい武器ですよねと、フランが気になったことを聞いてみる。アルタイルは「感覚で選んだ」と何でもないように答えた。


「いくつか自分に合った武器をゴロウ殿に選んでもらったんだが、その中にこの太刀があったんだ」



 ゴロウの故郷の武器である太刀にもいくつか種類があったのだが、何となく気になったものを試し斬りしてみたのだという。その時に選んだこの太刀は手に馴染み、他の武器と違って軽く感じた。



「直感ですかね?」


「そうだな。手に馴染む感覚というのはこの太刀が一番、良かった」



 彼にもきっとそういった武器があるはずだ。アルタイルはそう言って冒険者の少年を見つめた。



「用は済んだ。ギルドに戻ろうか」


「あ、そうですね」



 アルタイルがそう言ってゴロウに声をかければ、「礼をしたいからゆっくりしていけ」とがっしり肩を掴まれる。そんな彼の態度にアルタイルは困ったように眉を下げた。



「彼の武器選びを手伝えというのだろう、ゴロウ殿」


「話が早くて助かる」



 伊達に長く付き合っていないなとゴロウは大笑する。断るという選択肢があるようには見えず、アルタイルは仕方ないと息を零す。


 ゴロウに連れられていくアルタイルの背をフランは「付き合いが長いって大変そうだなぁ」と、呑気に思いながら後を追いかけた。



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