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第81話 武器の性能以前の問題


「ダミーの準備はできたわよ」



 工房の裏手には小さな訓練場のような場所があった。案山子などが置かれているのを見るにここで剣などの試し切りが行われているようだ。


 雨天でもできるように屋根が着いているが、地面は剥き出しだったので、多少の無茶は問題なさそうだ。


 訓練場の中心にはふよふよと三体の案山子が浮いている。藁でできた案山子はカラフルな布で着飾っていた。大きさは狐ほどでくるくると回っている姿がどこか可愛らしい。


 このダミーを操っているのはこの工房で専属として働いている魔導士の女性だった。すらっといた長身でスタイルの良い彼女は、その整った顔立ちからでは年齢が読めない。


 少し長めのくすんだ金髪を一つにまとめ上げていて、それに合うようによく似合う赤縁眼鏡をかけている彼女は、魔導書を片手に案山子を指差した。



「少しだけ精度の上がったダミーになっています」


「キャロメ嬢、すまねぇなぁ」


「いいんですよ、ゴロウさん」



 キャロメと呼ばれた魔導士は「これも貴方のためになるのなら」と、頼まれたことを気にもしていない。むしろ、ゴロウの役に立てるならば喜んでといったふうだ。


 それはもう綺麗な笑みを浮かべているものだから、フランは思わずヤジェを見てしまう。彼はその視線に察してか、こそっと教えてくれた。



「キャロメさんは師匠に片想い中っすよ」


「あぁ……」



 ゴロウは老年であるが未婚だ。キャロメは片想い中であるからか、彼からの頼みならば余程の事がない限りは断らないらしい。それだけゴロウを信用しているようだ。


 むしろ、頼られたことが嬉しいのか上機嫌だった。分かりやすいなとフランはその様子を見て思うが口には出さない。機嫌を損ねられても困るので。


 アルタイルは剣を少年に渡して先にやるように指示を出した。彼は刃こぼれした箇所を見つめて「こんなのでできるのかよ」と、ぶつぶつ文句を言っている。


 文句を言いながらもダミーの前に少年は立つ。剣を構えたのを見てキャロメが「始めます」と、魔導書に魔力を籠めた。


 魔導書が宙を浮いて淡く光る。ダミーの案山子がくるりと回転するのを止めて少年へと向かっていった。



「うわぅ!」



 少年は突っ込んでくるダミーを剣で弾き飛ばす、力いっぱい。ダミーはごろんと地面に落ちるが、しゅんっと浮き上がって彼の周囲をぐるぐると周り始めた。


 残り二体のダミーも一緒に回りだして少年はどれに攻撃をすればいいのか、悩むように身体を動かしている。じっと回るダミーを見つめてから、剣を振るうも掠りもせずに当たらない。


 えいっと何度も振っているが当たっていないので、これは武器が悪い以前の問題なのではとフランはアルタイルを見遣る。彼はなんとも渋い表情をしていた。


 そんな顔を見れば誰だって何からの問題があるのは察することができる。鍛冶屋として様々な武器の使い手を見てきたゴロウも黙り、キャロメもこれはと言葉を選ぶように困っていた。


 ヤジェですら、「これって大丈夫なんすか?」と心配しているほどだ。少年のパーティメンバーである魔導士の少女は申し訳なさげにしていた。


 ダミーに狙いをつけるというよりも、ただ剣を振っているだけだ。これでは当たることもない。よくこんな戦い方でエアウルフを倒すことができたなと驚くほどにはなっていない。


 ダミーに散々、振り回された少年は苛立ったのか、魔力を剣に籠めた。大きく振りかぶれば、斬撃が飛んでダミーがぼとりと落ちる。それを三回ほど繰り返して、全てを地面に落としてから少年はふんっと鼻を鳴らした。


 どんなもんだと言いたげにしてはいるが、アルタイルたちの渋面を見て少年は眉を寄せる。何の問題があるんだよと。



「剣の問題ではなく、お前自身の腕のせいだ」



 アルタイルははっきりと言った、それはもうばっさりと。遠慮などなく、言葉を選ぶこともせずに。やんわりと指摘しても無駄だと判断したようだ。


 確かに態度を見れば、はっきりと指摘しないと通じないように感じられる。相手が傷つこうとも、怒ろうともこれはちゃんと言わなければならないことだ。


 ハンターであるアルタイルにばっさりと言い切られてしまったからなのか、少年は得意げだった表情を顰めた。



「なんだよ、何が悪いって言うんだ!」


「全てだ。まず、闇雲に剣を振り回していること。それは攻撃とは言わないし、当たるわけがない。敵をよく見もせずに振れば当たるだろうといった動きは論外だ」



 さらには剣で受け止めた時に力を籠めすぎている。力任せに跳ね飛ばしては刃に負担をかけるだけでなく、周囲を巻き込んでしまう可能性もあるのだ。アルタイルは冷静に少年の悪い点を挙げていく。


 少年は反論したかったが、実際にやってしまっているので何も言い返せない。振り回せば当たると思っていた節があったのだろう。



「最後は剣に籠めた魔法で仕留めていたが、魔力の練りが甘い。あの魔法ならば三体を一度に纏めて仕留められる」



 このアルタイルの言葉が止めになったのか、少年は「うるせぇ!」と声を上げた。おれの腕がどうとか関係ないと。


 剣は当たりはしたのだ。なのに切れないじゃないかと難癖をつけている。これは不良品だからだと言いたいようだ。これにはアルタイルも溜息を零してしまった、あまりにも幼稚で。



「こいつぁ、駄目だ。ハンター、見せてやってくれや」



 こいつには何を言っても無駄だと言うゴロウにフランも同意するように頷いた。これは自分の目で見ないことには理解しないだろうと。


 アルタイルもそれは同じだったようで、少年から剣を受け取るとダミーの前に立った。キャロメが魔力を籠めて再びダミーを宙に浮かべる。


 立てた人差し指をキャロメが振ったと同時にダミーはアルタイル目掛けて飛んで――瞬間、真っ二つに切り裂かれた。



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