朝早く、フランはギルドへと足を運ぶ。今日も魔物の資料を読んで勉強しようと、受付にいる赤毛の受付嬢に声をかける。
彼女はにこりと微笑んでから「今度はどの資料にしますか?」と、魔物の資料をいくつか出してくれた。
まだ何も言っていないのだが、フランが毎日のように資料を借りに来るので覚えているようだ。こちらはこの前、読んでいましたよねといったふうに、フランが言わなくても資料を選別してくれている。
次はどの魔物の資料にしようかとフランが悩んでいれば、ぽんっと肩を叩かれた。後ろを振り返るとアルタイルが「どうかしたか」と声をかけてくる。
「あ、アルタイルさん。今日は早いですね」
アルタイルはいつもならばもう少し日が昇ってから来る。だから、今日は早いなとフランが聞けば、彼は「叩き起こされた」と眠そうな眼を向けてきた。
どうやら、アルタイルの借りている部屋の隣にカルロが住んでいるのだが、早朝にテンションの高い大きな声を上げたらしい。
それはもう甲高い。あまりの五月蠅さにアルタイルは彼の部屋に入って黙らせたという。
(注意しにいったんじゃなくて、黙らせたんだ……)
余程、五月蠅かったのだろうなとその一言だけで伝わってきた。フランは「お疲れ様です」と労いの言葉をかける。
アルタイルは二度寝ができないタイプの人間らしく、まだ眠いがギルドで朝食を食べて頭を起こすことにしたのだと教えてくれた。フランがいつも先に来ているので、もういるのではないかとも考えたようだ。
「あ、じゃあ一緒に朝食をとりながら次に受ける依頼の話でもしましょうか?」
「魔物の資料を見るのではないのか?」
「食べながらは汚したりしたら大変なんで。魔物のことはアルタイルさんにも聞けますし!」
大丈夫ですよとにこっと笑めば、眠そうにしていたアルタイルの眼が開く。それから嬉しそうに目元を和らげた。
(アルタイルさん、ほんと分かりやすいなぁ)
なんだか機嫌良さげにしている。フランはパーティを組んだ当初よりも分かりやすくなっているなと嬉しかった。それは気を許してくれたということでもあって、自分が傍にいても良いのだと感じられて。
フランは受付嬢に断りを入れて、アルタイルとともに近くのテーブル席へと腰を下ろした。今日は何を朝食として注文しようかとフランはメニュー表を吟味する。
「悩んでいるのか、フラン」
「うーん、朝食ですから、軽めがいいかなぁとか。エッグトーストセットも美味しいですし、パンケーキも捨てがたくて」
二つは食べ過ぎだし、でもどっちも美味しいしとフランはむむむと眉を寄せながら悩む。どっちも食べられたらいいのになぁとフランが呟けば、アルタイルがならばと提案した。
「俺がエッグトーストを注文しよう。それを半分に別ければいい」
「えっと、私がパンケーキを頼んで、それと半分交換ってことにすればいいのか!」
それなら二つとも食べられるとフランは目を輝かせて、アルタイルがむせた。突然、むせるものだから大丈夫だろうかとフランが慌てて声をかければ、彼は「大丈夫だ」と口元を押さえる。
「大丈夫に見えないのですけど」
「不意打ちだっただけだ」
「不意打ち、とは」
また言っているなとフランが首を傾げも、アルタイルは油断していたとぶつぶつ一人、呟いているだけだ。
こういう時は何を聞いても、いまいちよく分からない返答が返ってくると分かっているので、フランはそっとしておく。
落ち着くまで待っていようと店員にパンケーキとエッグトーストを注文した。来るのを待ちながらアルタイルの様子を観察する。彼は口元を押さえながら目を閉じてまだ何か呟いていた。
(うーん、私の事を癒し動物みたいな感じに見ているんだよなぁ)
可愛い小動物って感じだったよねとフランはアルタイルの言動を思い出す。可愛いと思っているのは本当のようだ。そう言われて動揺してしまったわけだけど、嬉しかった感情もある。
(嫌われていないって幸せなことだよね)
不幸体質のせいで人間不信になりかけたりもしたが、それを変えてくれたのはアルタイルだった。彼とパーティを組んでから、人間関係も変わったのだ。誰かに嫌われるようなこともなく、酷いことも言われず。
(感謝を忘れないようにしないと)
拾ってもらえたことを、助けてくれたことを。とはいえ、いざ感謝を伝えようとすると言葉が浮かばない。
いつもありがとうございますだけでは味気ない気もする。そもそも、アルタイルのことだから「気にする必要はない」と言われかねない。
何か感謝を伝えることはできないだろうか。そんなことを考えていれば、料理が運ばれてきた。アルタイルはと言えば、もう普段通りに戻っている。
運ばれてきたエッグトーストの半分をアルタイルはパンケーキの皿に移す。フランもパンケーキを半分に切って別けた。
エッグトーストは食パンの上に卵を乗せて焼くというシンプルなものなのだが、火加減が上手いのか、トーストはさくっとしている。卵とバターもよく合っていて、飽きずに食べられるぐらいに美味しい。
パンケーキも甘さ控えめなシロップが美味しくて、食べれば食べるほどフランの気分が上がっていく。そんな姿をアルタイルに凝視されているわけだが、慣れてしまったので気にはしない。
「今日はどうしましょうか?」
「緊急のものはないな……」
「あ! いました、ハンターさん!」
もぐもぐと朝食を食べながら次は何をとフランが話を聞いていると大きな声で呼ばれた。アルタイルが振り返ったのにつられるように顔を向ければ、作業着姿の青年が立っていた。
見覚えがあるなと暫し考えてから鍛冶屋の弟子であるヤジェだとフランは思い出した。彼は居てくれてよかったと安堵の息をついている。
何かあったのかもしれない。フランはそう感じたのと同じく、アルタイル「どうしただろうか」と問うた。それにヤジェはなんとも言いにくそうな表情をしてみせる。
「なんと言うか……ちょっと、師匠と冒険者さんが……」
「新米の冒険者が何かしたか?」
「新米と中堅の間ぐらいっすね、多分」
どうやらヤジェの師匠であるゴロウと冒険者の間で何かあったようだ。止めてほしいということだろうかとフランが問えば、それもありますねと返された。
ゴロウは言い方に難はあるが頭が固いわけではない。だが、厄介な客や、自分の実力を理解していない人間には厳しい。そのせいで揉めてしまうことが多々あるのだとか。
今回は初心者を脱したばかりの冒険者と揉めているようで、相手がギルドに所属しているとうのもあり、ハンターの意見を聞けば納得してくれるのではと判断したようだ。ヤジェはこれ以上は仕事に響くからと頭を下げている。
「ハンターさんの言葉なら師匠も聞くし、冒険者の方々も納得してくれるかもしれなくて……」
「揉め事の仲裁に俺はあまり向かないが」
「カルロさんには任せられないっすよ」
そう言われてはアルタイルも同意してしまう、あいつには無理だと。むしろ、余計に悪化させかねない。ハムレットならばこういった仲裁は得意なのだがと、アルタイルは呟きながら立ち上がった。
丁度、朝食も食べ終えたフランも腰を上げる。アルタイルが受付嬢に「冒険者がやらかした」からと、自分が仲裁に行くことを伝えれば、報告書を差し出された。これに状況を記載してくれればこちらでも対応するということのようだ。
フランはいくつかの横暴な冒険者を見てきているので、今度はどんなタイプの人だろうかと少しばかり不安だった。