「疲れたぁ」
フランはどかっとテーブル席の椅子に座るとぐでっと突っ伏す。依頼を終えてギルドに戻ってきたフランはかなり疲れていた。
連日、ハンターに回ってきた依頼を受けていたので休めていなかったのだ。これには流石にアルタイルも「明日は休息を取ろう」と休む提案をする。丁度、依頼も全て終わったからと。
フランはその程度に「賛成です」と即答した。それほどまでに疲れていて、今日は午後からゆっくりと休みたいと自分からお願いするほどだ。
弱音をなるべく吐かないようにしていたフランにしては珍しいことなので、アルタイルも休もうかとメニュー表を手にいくつか注文をしてくれた。
どれも自分の好物ばかりでフランはいつもならば頼み過ぎだと注意するが、今日は食べて気分を上げないとやっていけないので何も言わない。運ばれてきたフルーツの盛り合わせと苺のタルトをもぐもぐと食べ進める。
甘いものが身体に染みわたってフランのテンションは少しずつ回復していく。疲れが取れるわけではないが気分は良くなっていた。
(やはり、甘いものは良き)
フルーツも苺のタルトも美味しくてフランはにこにこと頬を綻ばせる。アルタイルはそれを機嫌よく眺めていた。
「おっ! ハンターとフランちゃん戻ってきてたのか」
「あ、ハムレットさん」
よっとハムレットが挨拶をしながら前の席に座った。彼とギルドで顔を合わせるとこうして世間話をするのも日常となっている。
ハムレットは商業道の点検から戻ってきたところだったようで、「魔物が繁殖してらぁ」といくつか痕跡が残っていたことを教えてくれた。
丁度、繁殖期であるのも原因だろうとアルタイルが話す。この山々に囲まれた町では魔物の繁殖期が訪れると被害が増えると。
「ボアーとか農作物被害が増えるんだよなぁ」
「その辺りの魔物討伐依頼は増えるだろう」
「まぁ、それはハンター以外の魔物討伐専門の冒険者でもできるからいけども」
「あのー」
そんなことを話していると声をかけられた。誰だろうと振り返れば先日、助けたミリヤが遠慮がちにこちらを見つめている。
彼女は素材採取と薬の調合を専門にした冒険者だったので、今の話には関係ないよなとフランは不思議に思いながら「どうかしましたか?」と聞いてみた。
「えっと、皆さんはカルロさんの〝保護者〟で間違いないですかね?」
保護者。その言葉にアルタイルはすっとハムレットを指さした。それは彼だというように。けれど、ハムレットに「お前もだろ、ハンター」と突っ込まれてしまう。
「仲間や友人であることは認めよう。だが、あいつの保護者ではない」
カルロの保護者など面倒すぎるとアルタイルは「誰にそれを言われたのだ」と不満げにすれば、「受付嬢さんが」とミリヤが指さした。
受付嬢はにこりと笑みながらこちらに手を振っている。これにはアルタイルは何も言い返せないようで黙ってしまった。
「ミリヤちゃん、あのバカが何かしたか?」
「えっと……してはいないのですけど、むしろ助けてもらって……」
ミリヤは少し前、少し山の奥にいったところに群生する薬草を取りに行きたくて、カルロに付き添いを頼んだのだ。最初は他の冒険者にお願いしてみたのだが、依頼料を理由に断られてしまったのだという。
どうしようかと困っていたところにカルロに話しかけられて、お願いしてみたところ「いいよー」と軽く受けてくれたのだとか。迷惑どころか助けてもらって感謝しているとミリヤは話す。
「あれ? じゃあ、どうしておれらに?」
「えっと、その、カルロさんって怪我を放置する癖がありませんか?」
「ある」
「あるな」
ハムレットとアルタイルは即答した。カルロは怪我を放置する癖が多々あるらしく、余程の酷さでないかぎりは手当をしないのだという。
それを聞いてミリヤはですよねと、護衛を頼んだ時もそうだったと「ちょっと心配になって」と話をしてくれた。
「あたし、戦うのは苦手ですけど、治療というか、そういったのは得意なんですよ」
なので、護衛をしてくれたお礼に薬を渡そうかと、小さな救急箱を取り出した。カルロはお礼として依頼料を受け取ってくれなかったからと。
「あいつのことは気にしなくていいと思うよ、ミリヤちゃん」
「でも、お礼はちゃんとするべきだと思うのです!」
ハンターに護衛を頼んだのだ、それなりの報酬は渡すべきだ。タダ働きなんてさせたと広まれば、迷惑をかけてしまうかもしれない。
ハンターがタダ働きしたとなると贔屓だとか、相手を誰だと思っているのだといった批判は受けるだろう。あの子はよくて、自分たちは駄目なのかと言ってくる冒険者も現れるはずだ。
ハムレットもそれには同意らしく、なるほどと納得する。ミリヤは頭痛薬から鎮痛剤、傷薬や風邪薬など薬師でもあるので一通りのものは作れるのだと教えてくれた。
「あたし、怪我をしている人を見過ごせないというか……。カルロさんの戦っている姿は怖いですけど、放っておけなくて……」
怪我を放置して身体に負担がかかってしまっては、戦う時に予期せぬ事態を引き起こす可能性だってある。戦いが苦手なミリヤでもそれは知っていることなので、心配して自分なりにできる事として考えたようだ。
ハンターである彼とはなかなか会えないので、代わりに渡してくれないか。ミリヤがそう言って小さな救急箱をアルタイルに差し出した。彼は暫しそれを見てから「これは」と口を開く。
「お礼であるのならば、自分で渡したほうがいい。その方が気持ちは伝わるだろう」
本人から直接、渡された方が相手も気持ちを理解してくれる。アルタイルは「遅くなってもあいつは気にしない」と自分で渡すようにミリヤに告げる。
「タイミングが合う時ってありますかね……」
「あると思うぜ。確か、そろそろ依頼が終わって……」
「なになにー、何の話をしてるのー」
ハムレットの言葉を遮るように話題の人物がひょこっと顔を覗かせてきた。それはもう機嫌よさげに。