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第72話 愛されている、とは


「大変だったな、フランちゃん」



 ギルドのテーブル席でフランは疲労から突っ伏している。周囲の騒がしい声など耳に入っていないように。


 話を聞いたハムレットに慰められるようにぽんぽんっと、肩を叩かれたフランはゆっくりと顔を上げた。そうすれば、隣に座っているアルタイルがそっとフルーツの盛り合わせを目の前に置いてくる。


 亜種キマイラを討伐した後、ヴェラードとアルタイルは暫く言い合っていたのだが、フランの「私はパーティのパートナーってだけですよ!」と、師匠に強く言ったことで治まった。



「アルタイルさんも変な言い方するのが悪いんですよぉ」


「俺は別に間違ったことは言っていないと思うが?」



 そういったことを決めるのは本人であり、他者が決めつけるべきことではない。違うだろうかと聞かれて、フランは「そうですけど」と返しながらもむぅと頬を膨ませる。それはそうなのだが、納得ができないという不満があった。


 フランのそんな表情をアルタイルは何とも機嫌良さげに眺めている。これは何を言っても無駄なのだろう。フランはもういいやとフルーツを食べることにした。



「そういや、姉妹弟子ちゃんはどうしたんだ?」


「師匠は今日にはこの町を発つって言っていたので、お父さんたちも帰るのでは……」


「だーーーっ! 鬱陶しい! いい加減にしてくださる!」



 ギルドの扉が勢いよく開いたかと思うと、大きな声が響き渡った。なんだなんだと、周囲の冒険者が入り口に目を向ける。


 フランも見てみれば、今にも蹴り飛ばしそうな勢いのメルーナをレナードが止めているところだった。


 蹴り飛ばされそうになっているのは婚約者だったリグレーだ。彼は「どうしてもだめなのか?」と泣きそうな顔で何かを訴えている。


 フランたちが座っていたテーブル席は扉から近かったこともあって会話が丸聞こえであった。フランはどうしたのだろうかとその様子を窺う。



「メルーナが心配なんだ」


「貴方に心配されるほどわたくしは弱くないですの!」


「自分たちもいるので安心してはくれないか?」


「男に囲まれているところを安心なんてできるか!」



 レナードがメルーナを押さえながら言ってみるが、リグレーに言い返されてしまう。それがまた癇に障ったのか、メルーナが「貴方よりは安全よ!」と怒鳴っていた。



「あー、もう! いい加減にしてくださる! こうなったら、はっきり言ってあげるわ。貴方はわたくしの、好みじゃない!」



 容姿とか強さとかそんななものは関係ない。弱かろうと、容姿に自信が無かろうと、それは些細なことで気にすることはしない。メルーナはそう前置きしてから言った。



「貴方の性格がわたくしと合わないの! どんなに優しかろうと、その、嫌だと言っているのに自分の事を押し売りするところとか、心配だからと着いて回ったりとか、ストーキングするところとか! 全てが! 嫌!」



 確かに顔立ちは良いし社交的ではある。だが、性格が合わなすぎて無理だ。メルーナはそれはもうはっきりと主張した。話を聞いてその場に居合わせた全員が「それは確かに」と黙ってしまう。


 嫌だと言っている人間に押し売りするなど、相手の気持ちを考えられていない。心配だからと着いて回ったり、ストーキングすることも、心配の域を超えていて気持ちが悪いと感じるだろう。周囲にいた女性冒険者が「それはないわな」と、メルーナに同情していた。



「これ以上、わたくしに嫌われたくないのなら、諦めてお父様と帰りなさい! わたくしとの結婚も諦めること!」



 メルーナの眼に嘘はない。それはリグレーも感じ取っていたようで、泣きながら肩を落としていた。あまりにもはっきりと容赦なく言われてショックだったのだろう。



「わかった……ごめんなさい……」



 リグレーはそう言ってとぼとぼとギルドを出て行った。彼が居なくなったのを確認してからメルーナははぁと深い溜息を吐く。レナードも押さえていた彼女の腕を離した。



「メルーナちゃん、はっきり言ったなぁ」


「何? って、あぁフランじゃない」



 メルーナはフランに気づいて近寄ってきた。「師匠とはどうだった?」と聞かれたので、疲れれたように簡潔に話せば、それは仕方ないと何故か納得されてしまう。



「フランも大変だったわね……」


「メルーナちゃんほどではないかな」


「こっちはもう大丈夫よ」



 はっきり言ってやったんだから。メルーナはふんっと腰に手を当てて胸を張る。あの勘違い男はこれに懲りるべきといったふうに。


 レナードはこの言い争いをずっと見てきたようでげっそりしていた。なんでもラッシュは早々にこの争いから逃げ出したらしい。それは大変だったなとフランは彼に同情してしまう。



「でも、フランはいいわよねぇ」


「何がです?」


「ハンター様はしっかりしていますし、強くて優しい。ちゃんとフランの事を考えてくださるのだから」



 愛されていて羨ましいわ。メルーナは「こういった殿方とお付き合いしたいものだわ」と、何でもないように言う。


 愛されているとは。フランはうーんと首を傾けた。確かにアルタイルは挙動がおかしくなることがあるが、それ以外ではしっかりしているし、戦闘では強い。気遣いもできる優しさがあって、自分の事もよく考えてくれている。それはフランでも理解していた。


 これは愛されているということだろうか。言葉の意味的には現状は間違ってはいないようには思えた。



「メルーナちゃん、フランちゃんって鈍感だよな?」


「そうですわね。って……あぁ、なるほど……」



 ハムレットの問いにメルーナは察したようだ。その何とも言えない瞳で見つめてくるのはやめてほしいとフランは思う。アルタイルはといえば、メルーナの発言を否定することなく、話を聞いていた。



「フラン、少しは自覚もったほうがいいですわよ」


「え、えぇ……」



 それは自分が鈍感ということにだろうか。フランは他人よりは鈍い自覚は多少なりともあった。今だって、言われるまでは愛されているという感覚ではなかったからだ。


(可愛いとは言われていますけども)


 それも関係あるということか。でもなぁとフランには実感がない。そんなフランの様子にメルーナは駄目だこれはといったふうに額を押さえ、ハムレットも肩をすくめる。


 けれど、アルタイルだけはいつもと変わらず、そんなフランを眺めていた。



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