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第71話 問いへの答えを聞いて


「山から下りてきたって言ってましたけど!」



 フランは飛び避けながら、大きな声で突っ込む。今、フランたちは亜種キマイラと戦っていた。村に続く道のど真ん中で。


 山から下りてきた亜種キマイラは山道を通り、森を抜けてきてしまっていた。村からはそれほど離れていないのですぐに仕留めなくてはならない。フランは風の盾を発動させて突進してきた亜種キマイラを跳ね飛ばす。


 勢いよく飛んだ亜種キマイラをアルタイルが太刀で斬るも、深い一撃にはならない。ぐるんと身体を回転させて、亜種キマイラは着地した。怯むこともなく、威嚇の雄叫びを上げて牛の蹄で地面を蹴っている。


 二本の蛇の尻尾がびたんびたんと揺れて、虎の頭は牙を剥き出した。亜種キマイラの気迫にフランは怯みそうになるのを堪えて、ロッドを構える。


 アルタイルは前に出て亜種キマイラを引き付けている。フランは動きを見ながらいつでも魔法でサポートができるように魔力を練っておく。


 先に動いたのは亜種キマイラだった。勢いよく駆け出してから地面を蹴って襲い掛かった。アルタイルがそれを避ければ、後ろ脚で蹴りが入る。太刀で受け流してから斬りつければ、二本の蛇の尻尾のうち、一本がぼとりと落とされた。


 痛みに亜種キマイラは鳴くが戦意を喪失させてはいない。むしろ、怒りでますます上昇させている。


(これは拘束して動きを封じた方がいい、かな)


 図体が大きいというのにこの亜種キマイラは動きがなかなかに早い。上手く拘束をすれば、アルタイルが一気に攻めてられるとフランは考えた。


 魔力を練って、意識を集中させる。ロッドについている紫水晶が淡く光って、フランは魔法を放った。


 小さな竜巻が亜種キマイラを捕らえた。渦に飲まれて動きを封じられた亜種キマイラの身体が浮く。もがきながら逃げようとするも、竜巻の勢いは治まらない。


 アルタイルが太刀に魔力を籠めて一振り、雷撃のような一閃。竜巻もろとも亜種キマイラを真っ二つに切り裂く。頭が胴体から吹き飛んで宙を舞うのを見て、倒したかとフランは息を突こうとしてから素早く風の盾を張った。


 がちんっと牙が風の盾を壊して――頭が地面を転がる。亜種キマイラは頭だけでまだ動いていた。



「なるほど、本体は蛇か」



 アルタイルはまだ立っている頭のない亜種キマイラへと目を向けた。どうやら、本体は蛇の尻尾部分だったようだ。紅い眼がぎらりと光っている。


 虎の頭がびょいんっと跳ねて、フランはロッドで思いっきり殴った。骨が割れるような鈍い音を鳴らしながらボールのように飛んでいく。



「あ」



 方向などちゃんと確認せずにやってしまったとフランが慌てるも、虎の頭には関係ない。飛んでいく方向にいるアルタイルへ牙を向ける。


 すっと一瞬。アルタイルは振り返ることなく太刀を振う。どちゃっと虎の頭は地面に落ちて動かなくなった。


 本体の蛇がきょろきょろと周囲を見渡してから山へと通じるほうへと逃げようするのを見て、フランは「駄目です!」と、ロッドを地面に打ち鳴らす。


 地面から生えてきた蔦が牛の脚に巻き付いて転ばせた。その隙を逃すことなく、アルタイルは雷撃の一閃を放ち――蛇と胴体を斬り落とす。


 ぴたりと動かなくなった。それは亜種キマイラの死を意味し、フランは今度こそ安堵の息を吐いた。


(師匠に見られているから失敗しなくてよかった……)


 ヴェラードはといえば、少し離れたところで戦闘を見ていた。ちらりと確認してみるとゆっくりとした足取りでこちらに歩いてきている。何を言われるのだろうかとフランはどきどきしながらも、死体を確認しているアルタイルのほうへと近寄る。



「アルタイルさん、大丈夫で……ふげぇ」



 地面に転がっていた蛇の胴体を踏んづけてフランは盛大にひっくり返った。地面に頭をぶつけそうになるが、掴まれた手によって防がれる。



「大丈夫か、フラン」


「あ、ありがとうございます」



 アルタイルに腕を引かれて体勢を整えてフランは亜種キマイラを見る。ぴくりとも動かない様子にちゃんと仕留めることができたようだ。



「実力はよく分かった」



 ヴェラードの言葉にフランが振り返れば、彼は腕を組んでうーんと考える仕草をみせていた。何かしら思うことがあるのかもしれない。


(あれ、何かおかしなところあったかな……。あ、頭を殴り飛ばしたところか! ちゃんと方向の確認はしてなかったから……)


 あれは私のミスだよなとフランは指摘を待つ。もしかしたら他にも何かあるかもしれないと緊張しながら。



「フランは大なり小なり不運が付きまとう。現に転びそうになったり、殴りながら打った頭はあらぬ方向へと吹っ飛んだ」



 こうやってわしたちがやってくるのも対人関係の不運でもあるだろう。ヴェラードは落ち着いた口調で言った。



「これをどう思うだろうか、アルタイル殿」



 面倒くさいと、嫌だと思わないか。ヴェラードの問いにアルタイルは「思わないが」と、即答した。それはもう凄く早かったものだから、ヴェラードだけでなく、フランも驚く。



「俺はその体質を面白いと思っている。あぁ、別にフランが酷い目に遭ってほしいとか、そういったものではない。一連の流れが綺麗なのが面白いと感じたのだ」



 不幸も不運も、大きさなど関係なくフランは持ってくる。その一連の流れは作り物でもそうないのではと感じるほどで、迷惑や面倒くさいなどと思ったことは一度もない。むしろ、飽きないし、戦闘では利用することもできた。



「それにそこもフランの魅力だと俺は思っている」



 優しいところも、めげないことも、忍耐強いところも。全てが彼女の良さであり、不幸体質もまた、彼女の魅力だ。アルタイルは「それで嫌いになることはないし、理由にもならない」とはっきり言い切った。


 アルタイルは真っ直ぐにヴェラードを見つめていた。その瞳に嘘の色はなく、それはフランでも分かることだ。



「なるほど」



 ヴェラードはふうと息を一つ吐いてから、うんと頷く。



「今のところは信じよう」



 ヴェラードはアルタイルのことを認めてくれた。あまりにもあっけなくてフランはほぇっと呆けた声を零す。そんな弟子にヴェラードは「戦いはおまけだ」と教えてくれた。



「ハンターなのだから実力があるのは当然だろう。わしはその戦い方とフランの様子を見たかっただけだ。本当の目的はわしからの問いへの答えじゃよ」



 実力が見たいは建前で本当の目的はこの質問だったのだという。三人だけしかいないこの場で周囲の目など気にしない、本心の言葉を聞きたかったのだと。



「わしはそれを聞けたから許した」


「な、なるほど」


「とはいえ、フランに手を出すのは許さん」


「まだ手は出さないが」


「まだ?」



 えっとフランが動揺している中、二人が睨み合う。その様子を見てこれは慌てている場合ではないぞと、フランは間に立った。



「そこまでは許さん」


「それはフランが決めることでは?」


「二人とも落ち着いてくださーい!」



 私を放置して勝手に言い争いをしないでくださいと訴えれば、アルタイルは確かにと頷き、ヴェラードは渋々と引いた。


(私、アルタイルさんとはお付き合いしてないのですが、師匠……)


 とは、何故か言い出せない雰囲気だった。アルタイルはおかしなことは言っていないという態度で、ヴェラードはまだ言い足りなさそうにしている。


 これはこのままギルドに戻ったほうがいいなと、フランは悪化するまえに帰ることを二人に提案した。



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