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第70話 私はもう大丈夫なのだ


「確かにいろいろありました。危険な目にも遭いましたけど、今は大丈夫なんです。私は一人じゃないですし、自分のできることを知れて、自信もついてきました」



 危険な目に遭ってきたことをフランは認めた。それを隠して離すのは嘘をついているのと変わらないからだ。でも、今の自分は大丈夫なのだとフランは自分の気持ちを伝える。


 アルタイルとパーティを組んで、自分の体質は有効に活用できることを知って、自分のできることを理解して、ネガティブ思考からポジティブに考えられるようになった。自分で考えて、できることを判断することも、誰かの助けになれることも。


 冒険者として生きることが危険なことだって身をもって理解している、大変であることも。けれど、自分は一人ではない。アルタイルというパーティのパートナーが居て、ハムレットやカルロという冒険者仲間がいる。


 今は和解しているメルーナだっているのだ。彼らを信じているからこそ、自分は大丈夫なのだとフランは答えた。真っ直ぐな瞳を向けて。



「……そうか」



 ヴェラードはなるほどと呟いてから、アンダーたちに目を向けた。彼らはまだメルーナのことを諦めきれていないようだ。



「メルーナ。二人がお前を心配している気持ちは分かるな?」


「……それは、そう……ですわ。勝手に決めて逃げ出したことについては申し訳ないと思っています」



 メルーナは自分勝手な行動でフランを巻き込んで逃げ出したことを反省したように謝罪した。ヴェラードはアンダーに「お二人も」と言葉をかける。



「彼女の気持ちを考えることも大事だ。メルーナは人形ではない、ちゃんと心がある一人の人間なのだから。彼女の気持ちを尊重することも考えなさい」



 娘が心配であることは理解できる。けれど、彼女の意思を無視して良い理由にはならない。冷静に、けれどはっきりと叱るヴェラードの言葉にアンダーは何も言い返せない。


 メルーナの気持ちを考えていない行動を取っていたというのに気が付いたのようだ。それはリグレーも同じだったようで、「すまない」と謝っていた。



「メルーナ、本当に戻りたくはないんだな……」


「もちろんです。わたくしは戻りませんし、結婚もしませんわ」



 メルーナの固い意思にアンダーはあはぁと溜息を吐いてから「分かったよ」と頷いた。彼女の気持ちを尊重するようではあるが、「でも」と言葉を続ける。



「お父さんが心配な気持ちも分かってくれ。だから、メルーナのパーティの仲間たちに挨拶をさせてくれないか?」



 それは父なりの譲歩のようだ。メルーナは嫌そうにしていたが、渋々と「わかりました」とそれを了承した。一先ず、メルーナ側は治まったようで、フランはほっと息をつく。


 後の事は三人に任せればいいが、問題はヴェラードだけだ。彼はアルタイルをじっと観察するように見つめているのだ。


 アルタイルはと言えば、睨むでもなく見つめ返している。フランは二人の間に流れる空気が読めずに声をかけられずにいた。



「アルタイル殿。一つ聞きたいのだが」


「何だろうか」


「手を出したか否か」



 ヴェラードの問いにフランは首を傾げた、何をだろうかと。けれど、アルタイルは理解たようで「出してはいない」と答えている。


 何をと疑問符を浮かべているフランの様子を見て、ヴェラードは「嘘ではないようだな」と腕を組んだ。フランは何がと聞いてみるが、二人は教えてはくれない。



「パートナーと言っていたが、それは〝パーティの〟ということだったか。なるほど」


「そうでもある」


「そうでも?」


「おいこら、ハンター」



 アルタイルの返答にハムレットが突っ込んだのも遅く。ヴェラードはほうと目を細めて、フランを見遣る。その視線にフランはひぇっと小さく悲鳴を上げてしまった。


 何々と状況を理解できずに慌てていれば、ヴェラードが何か問う前にハムレットが「全く伝わってないんで」と代わりに答えた。



「フランちゃんに全く伝わってないです」



 これで察してくれという含みが籠められていた。ハムレットの言葉にヴェラードは「わかった」と、アルタイルへと視線を移す。


 アルタイルはハムレットの突っ込みに自分は何かおかしなことを言っただろうかと、不思議そうな表情をしていた。


(あのー、私にも分かるように説明してほしいなぁ)


 フランはそう思ったけれど、口に出せる雰囲気ではなかった。ヴェラードとアルタイルが睨み合っている、そんな空気で口を挟めるわけもない。ハムレットに助けを求めるも、無言で首を左右に振られてしまった。



「わしはフランの親代わりであり、師匠でもある。だから、言わせてもらうが……」



 ヴェラードは一つ、間を置いて言った。



「生半可な者をフランのパートナーには認めんぞ」



 何を言っているのだ、師匠は。フランは理解ができずにぽけーっと呆けた顔をしてしまった。頭が情報を処理しようとする前にアルタイルが「軟弱者ではないが?」と言葉を返す。


 アルタイルはSランクの冒険者であり、数少ないハンターの称号を持つ存在だ。実力ならば十分にあるので、軟弱者には入らないだろう。けれど、ヴェラードは「実際にこの目で見ない」と、確認しないことには認めないと言った。



「どんなに実力があろうと、フランをちゃんと理解できているのか確認しなければ納得はできん」


「彼女の不幸体質のことを言っているのであれば、その通りだな。実際に見なければ納得はできないか」


「おれから見てもちゃんとやってはいると思うけどな」



 フランの不幸体質は大小さまざまだ。大きいことが毎回、起こるわけではないが小さいことは割とある。フランとパーティを組んでから、アルタイルは対人関係で絡まれることが増えたのは事実だ。


 それでも対応して解決しているのだが、ヴェラードは「自分の目で見ないと意味はない」ときっぱりと言い切る。仲間からの証言には色がついてしまうことが多いと。


 この目ではっきりと確認してみないことには判断しない。ヴェラードの固い意思にハムレットは「うわぁ」と思わず声を零す。



「し、師匠! アルタイルさんに問題はないんですよ?」


「フラン。これはわしの親代わりとして、師匠としての心からの心配なんだ。何を言われようとも確認させてくれ」



 師匠に丁寧に頼まれてはフランも断れなくて、そうですかと頷いてしまう。アルタイルもそれを了承するように「何か依頼はあったか」と、顎に手をやった。



「そんなハンターさんに依頼が一件」



 すっと、背後から赤毛の受付嬢が顔を覗かせる。それはそれは綺麗な笑顔で依頼書を見せながら。



「亜種キマイラが一頭、山から下りてきているようです」



 亜種キマイラとは、通常のキマイラとは違った見た目をしている。今回のは牛の身体に虎の頭、二股の蛇の尻尾のようで、通常種より大きい個体だという。


 亜種キマイラは通常の個体と違って力が強い。故に魔物討伐専門の冒険者の中でも受けられるのは限られていた。


 今、ギルドにいてすぐに向かってくれる魔物討伐専門の冒険者はハンターであるアルタイルしかしないと、受付嬢は依頼書を差し出す。



「分かった。すぐに向かおう」


「よろしくお願いしますね」



 受付嬢は頭を下げてからにこりと微笑んで受付へと戻っていく。アルタイルは場所を確認してから依頼書を仕舞うと、ヴェラードに「この依頼でいいだろうか」と問う。



「俺の実力を見るのに悪い相手ではないだろう?」


「そうだな。同行させてもらおう」



 自分の身は自分で守れるとヴェラードはロッドを振った。フランは師匠の強さを知っているのでその点の心配はしていない。けれど、認めてもらえるかは不安だった。


(でも、師匠は頑固だから確認しないと納得はしてくれないよな……)


 フランはぎゅっとロッドを握る、自分も頑張らなければと。師匠に認めてもらえるように。



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