アルタイルの言動にフランが困惑していれば、彼を無視するようにハムレットが「ミリヤちゃん採取していいよ」と声をかけている。
ミリヤはこれを放っておいていいのかと見遣るが、「あれは平常だから」と無視していいとハムレットは返す。
カルロは「っ、むり、おもしろっ」と、アルタイルの反応を見て腹を抱えて笑っていた。転がるのではといったふうに。いつもならばアルタイルかハムレットに突っ込まれて終わるが、二人は気にもしていない。
そもそも、アルタイルはまだ思い出しては嚙みしめているし、ハムレットはミリヤをエスコートしていた。
(私しか突っ込み役がいないっ!)
フランはそれに気づいたけれど、自分の力量では全てに突っ込みきれない。どちらかにしようとフランは両者を見遣ってからアルタイルに声をかけた。
「あの、大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。ただ、フランのあんな姿が見れるとは思わなかったんだ」
「そ、そんなに怖かったですか?」
「フランが怖いわけないだろう」
アルタイルは「フランは可愛いが?」と真顔で返す。その真面目な声音にフランは「そ、そうですか」としか返せない。有無を言わさない圧があって突っ込めなかったのだ。少し後ろから笑いながら「わかるー」というカルロの声がしたが。
どうやら、アルタイルは意外な一面を見ることができたのが嬉しかったようだ。そんな驚くほどでもないと思うのだけれど、フランは納得していなかったが、ハムレットの「真顔で殴ってるの怖かったぞ」と言われてしまう。
フランは表情が豊かなイメージがあったので、すんっと真顔で殴る姿というのは意外だったし、怖かったということだった。「カルロが急に真面目になったら怖いだろ」と、言われてそれは確かにとフランはやっと理解する。
「ぼくだって真面目な時もあるよ!」
「そういう時はくっそ面倒な時か、割とやばい時だから怖いんだよ」
普段、自由にやっている奴が真面目になるということは、状況が危ないことが殆どだ。気が抜けないし、下手な事はできない。
恐怖というのもあるから「できればその時に遭遇はしたくない」とハムレットは面倒げな顔を見せた。
「ミリヤちゃんは運がいいぞ。こんだけのハナグモを一人で相手にするのは厳しい。魔物討伐に慣れているならまだしも、そうじゃないなら怪我で済んでなかったかもしれないからな」
「皆さん、ありがとございます!」
採取をし終えたミリヤが籠を抱えながら頭を下げた。自分だったら大変なことになっていたかもしれないと、何度もお礼を言っている。
フランは大丈夫ですよと返事を返すけれど、彼女は「何かお礼を」とおろおろ考えるように呻っていた。
「ぼくちんはお礼なんて気にしないんだよなぁ。だってみーちゃんは狩りには付き合えそうにないしぃ……」
「当たり目だろうが、アホ。そんな危ないことさせんなよ!」
「わかってるよぉ」
魔物討伐の経験がない冒険者を連れて行くのはよくないことぐらい知っている。カルロは「危ない目に合わせたりしないよ」と、怒られたことが不満そうだ。
「でも、ぼくちん頑張ったから、褒めてほしいぃぃ!」
ちゃんと狩りできたから褒めてほしいと、カルロは駄々をこねる。子供っぽいなとフランは思ったけれど、彼らしいなとも感じた。
怖がらせてしまったけれど、褒めてと駄々をこねるカルロにハムレットが呆れていれば、ミリヤが「が、頑張ってました!」と、声をかける。
「助けてくださってありがとうございます! とっても頑張っていたと思いますよ! 凄かったです!」
「ミリヤちゃん、褒めるの下手だね?」
「うぅ、あたし、語彙力が無くて……」
でも、嘘をついているわけではないのだとミリヤは話す。ただ、言葉が思うように浮かばないらしい。ただ、そんなミリヤの褒め言葉でもカルロは良かったようで、駄々をこねるのを止めた。
「ミリヤちゃん、こいつ見つけたら適当に話を聞いて褒めればいいから」
「え、あっはい」
「ぼくちん頑張っったもーん!」
「はいはい、頑張った頑張った」
ハムレットの適当な返事にカルロがぶーぶーと文句を言っているが、無視されてしまう。アルタイルも「採取が終わったのならばギルドに戻るぞ」と、声をかけていた。
またハナグモがやってこないとも限らないのだ。避けられる戦いならば、そうしたほうがいい。アルタイルに促されてカルロは渋々と歩き出す。
フランもそれに着いていけば、隣にミリヤが立って「あのー」と、呼ばれる。何と顔を向ければ、もじもじとしながらも、目線を合わせてくれた。
「あの、フランさんですかね? ありがとうございます。あたし、虫は駄目だったので……動けなくなっちゃって……。怖がってしまってすみません」
「大丈夫ですよ。誰にだって苦手なものはありますから! 私はこれといって苦手なものがなかっただけなんで」
「凄いなぁ……。流石、魔物討伐に慣れている冒険者さんですね」
私にも度胸があればなぁとミリヤは溜息を吐く。薬草採取や薬の調合などの依頼は自分の得意分野なので不満はないけれど、もっといろんなことができるようになりたかったと。
ミリヤの気持ちが分からなくもなかった。自分もできることが少なくて、不運を招きやすい体質だったから。でも、人には得意な事と苦手な事があるのだと教えてもらって、今は自分のやれることを全力でやろうと決めている。
「薬草に詳しいのも、薬を調合できるのも、凄いことですよ。自分のやれることを理解してやっているなら、私は良いと思います」
「そうですかね……」
「無理して危険な目に遭ったら大変じゃないですか」
「それは、確かに……」
危険な目に遭って怪我をしては元も子もない。フランの言い分にミリヤは納得したように頷いた。
「あたし、薬草には詳しいって自信もって言えるんですよね、唯一」
「なら、もし何かあったら相談してもいいですか?」
「薬草のことならもちろん!」
助けてくれたお礼もしたいので協力しますよとミリヤは笑顔を向ける。不安そうだった表情がなくなっていてフランは安心した。少し怖がらせ過ぎてしまったようだったので、気にしていたのだ。
ふと、隣を見るとアルタイルがまた機嫌良さげにしていた。
「やはり、可愛らしさの中にも容赦なさがあってもいいと俺は思う」
うんと、一人納得するアルタイルにフランはいつも以上によく分からないなと思ってしまった。