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第66話 身体は覚えていたようで無意識だった


「オトジリ草はハナグモが好む。あれは小型ではあるが番で行動する珍しい虫魔物だ。一人で行くのはお勧めしないが」


「え? あたしが行く時は見かけなくて……」



 最近、見つけた場所ではあるが魔物に遭遇したことはないとミリヤは話す。アルタイルは「それは運が良かっただけだ」と冷静に言葉を返した。


 魔物もその場に訪れる時間帯というのがある。ハナグモは日暮れ前から月が昇る時間に花の蜜を吸う習性がある。今は日暮れ前の時刻だとアルタイルは空を見上げた。


 木々の隙間から見える太陽がだいぶ傾いていた。ハンターとしてハナグモが潜んでいるかもしれない場所に一人で行かせるわけにはいかないとアルタイルが止める。もし、いくならば明日の午前中にしろと。



「でも、今日の納品で……」



 受けた依頼はなるべく早めにという内容だったようだ。ミリヤは今日には納品できると伝えてしまったらしく、断ることが難しいと困ったように眉を下げる。若干、泣きそうになっていて、そこまでとフランは心配になってしまった。



「この、依頼をギルドにした薬師さん、怖い人で……」



 予定通りに納品しないと文句を言われるのだとミリヤはがっくりと肩を落とした。怖いのが苦手と言っていたので、誰かが怒った姿も無理なようだ。確かに怖いと感じるよなとフランは彼女の気持ちが理解できた。


 どうしようと助けを求めるようにミリヤは周囲を見渡す。その今にも泣き出しそうな困り顔がカルロに向けられた。ぱちっと目が合うと彼はうーむと考える素振りを見せてから、「手伝ってあげようか?」と問う。



「ぼくちんが護衛してもいいよ」


「え、でも……」


「ハナグモに遭遇して楽しめるかもだし!」


「おいこら」



 カルロの提案にハムレットが突っ込む、お前はまた怖がらせる気かと。ミリヤもボアーの群れを狩っている姿を見ているので、思い出してか「ふぇぇ」と力ない声を零していた。


 フランは惨状を再度、確認して「あのテンションでまたやられたら怖いよな」とミリヤのことが心配になる。



「ハンター、こいつに任せたら駄目だ。ミリヤちゃんが可哀そうになる」


「……仕方ないな」



 アルタイルはハムレットに頼むと手を合わせられて、「俺たちが着いていこう」とミリヤに提案した。もちろん、カルロは「えー」と不満げである。


 ミリヤは少しばかりほっとしたように息を吐いてから、「もうすぐそこなんです」と森の奥を指さした。歩いて数分もかからないと言って、案内してくれる。


 確かにすぐそこだった。目と鼻の先といったほどには近くて、フランはボアーの群れに襲われなかったら採取してすぐに帰れただろうになと、ミリヤに少しばかり同情してしまう。


 オトジリ草は薄い水色の星型の咲き方をする花だった。群生しているというように花畑のようにぽっかりとそこだけ空間がある。綺麗な眺めにフランはおーっと見惚れてしまった。


 少し広いその花畑にミリヤが入ろうとして、アルタイルに止められる。どうしたのだろうと彼を見遣れば、鋭い眼がある一点に向けられていた。


 薄い水色の花々の中に白い塊が二つ見える。豚ほどの大きさの白くて丸いパンのようなものが、がさがさと動いていた。あれはとフランが目を凝らすと、アルタイルが太刀を抜く。



「あれがハナグモだ」



 ひょこっと顔がこちらに向く。紅い複眼がぎょろぎょろと回り、細い脚をわきわきさせながら、まるで首を傾げているように。


 あ、見つかった。そう思った瞬間だ、ハナグモがびょんっと飛んだ。こっちに向かってきているとフランはミリヤの前に立ってロッドを構え、風の盾を生み出す。風に吹き飛ばされるようにハナグモは転がって花畑に落ちた。


 ひょこっとまた一つ、顔を覗かせる。よくよく見れば、ハナグモは二匹以外にもいるようだ。わらわらと出てくる様子にミリヤが「ひぃぃっ」と、悲鳴を上げながら隣にいたカルロに抱き着いた。



「みーちゃん、抱き着かれると戦えないよー」


「だ、だって、だってぇ」


「ハムちゃん、パス」


「おう、任せとけ」



 カルロはミリヤを引き剥がしてハムレットに預ける。彼女は怯えながらハムレットの後ろに隠れて腕にしがみついていた。どうやら、虫系の魔物が苦手なようで「気持ち悪い、怖い!」と呟いている。


 アルタイルとカルロが前に出る。奥にいる二匹のハナグモを彼に任せて、アルタイルは手前にいる二匹を相手に太刀を振るった。


 大きさの割に身軽なのか、ハナグモはぴょんぴょんと飛び跳ねながら避けては、糸を吐き出す。粘つく糸を太刀で斬り、ハナグモの顔面をアルタイルは蹴り飛ばした。


(ミリヤさんはハムレットさんが見てくれているから、私はアルタイルさんの援護を……)


 アルタイルの動きを観察するが慣れた獲物なのか、彼はもうすでに一匹を倒していた。あ、これはもう大丈夫かもしれないと、カルロのほうを見る。


 カルロはハナグモをナイフで刺しては蹴りとなぶるように攻撃していた。これは楽しんでいるなと察して、フランはアルタイルが最後の一匹を狩りやすいように拘束しようと、魔法を練っていた時だ。



「ぎょ、よわぁぁ!」



 ミリヤの後ろから一匹のハナグモが顔を覗かせた。どうやら、花の蜜を吸いにもう一組の番がやってきたようだ。彼女の叫び声にハナグモも驚いてか、固まっている。


 フランはロッドを振りかぶっていた。それはもう無意識に無言で、ロッドについている紫水晶の部分を使ってハナグモの頭部を殴る。魔力が籠められていたからか、水晶部分は熱をもっていて、当たるとじゅっと溶ける音がした。


 容赦なく何度も殴ればじゅっと溶けながらハナグモの頭が砕ける。ぐちゃぐちゃっと嫌な音を立てながら。それでもフランは動かなくなるまで殴った。


 それから片割れが飛び出してきたのをフランはロッドで受け流す形で打つ。打ち飛ばしたハナグモがアルタイルのほうへと向かうが、彼にとっては不運ではない。


 落ちてくるハナグモに一撃を加え、真っ二つに切り裂いた。その流れるような展開はハムレットが拍手するほどだ。



「はい終わりーって、何その惨い死体」



 狩り終わったカルロがフランたちのほうへと戻ってきて地面を指差す。そこにはフランのロッドで殴られて頭部がぐちゃぐちゃになったハナグモの死体があった。所々、溶けているのでさらに惨さが際立っている。


 ハムレットが「フランちゃんがやった」と答えれば、「ぼくちんより酷くない?」と返ってきた。ミリヤも若干、引いている。



「フランをお前と一緒にするな」


「いや、ハンター。お前も見てたと思うけど、容赦なく殴り倒す姿は怖かったぞ」



 何の躊躇いもなく無言で殴っている姿というのは少し怖かったらしい。フランはそこまでだったかなぁと地面に転がっている死体を見た。見た目は確かに惨くて、これを自分がやったのかと少し驚く。



「見ていたがフランが自分の力で倒したことを俺はまず褒めたいが?」


「まぁ、うん。フランちゃんって虫系平気なんだな」


「大丈夫ですね。あと、虫はさっさと駆除しないとすぐ増えるんで……」



 修行時代、害虫が出て姉妹弟子のメルーナが泣き叫んでいたのをよく助けていた。メルーナは特に芋虫や蜘蛛、黒くて脂っぽい虫が苦手で、それが部屋に出る度に「早く駆除して!」と、言われていたからか、フランは抵抗が全くない。


 それどころか、害虫は逃がすと増えるので早めに駆除するのが良いと学んだ。なので、ハナグモが後ろからやってきた時も、ミリヤが叫んだことでメルーナとの出来事を思い出して、無意識に駆除モードに入っていた。



「……フランちゃんの意外な一面だわ、これ」


「実に良いと俺は思う」


「お前はそんな嚙みしめながら言わないでくれるか、ハンター」



 フランの意外な一面と一人で魔物を倒せた成長にアルタイルは何故か、嚙みしめている。なんだその反応はと突っ込みたかったのだが、彼に「凄く良かった」と力を籠められて言われてしまってフランは黙ってしまった。



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