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第65話 蛇に睨まれた蛙な少女


 カルロが入っていただろう森は町からそう離れていなかった。鬱蒼と茂る木々の、獣道をかき分けながらハムレットはカルロの痕跡を探す。


 この獣道に入っていったのは間違いないようで、ところどころ足跡や、草葉が踏みしめられた跡が残っていた。


 それはもう分かりやすいものだから「もう少し忍べよっ!」 とハムレットが突っ込む、いや叱っていた。ハンターなら慎重になれよと。



「そりゃあ、草を踏みしめる跡は残るかもだけどよぉ。毎回、思うがもう少し丁寧に歩けないのか、こいつは!」


「カルロの性格を思い出してみろ。できると思うか?」


「無理だわ! そうだな、うん! あのバカ!」



 丁寧に動けるなら少しは落ち着いているわなとハムレットは愚痴る。彼は大丈夫なのだろうかとフランが心配していれば、「これはいつものことだ」とアルタイルから言われた。


 ハムレットは心配性な気があるのだという。仲間だと認めた相手の世話は焼くし、甘やかすので、何かあったかもしれないと心配するのだと。アルタイルはカルロのハンターとしての実力を理解しているのでそんな心配はしないらしい。


 だから、この前、カルロを探しに行った時も落ち着いていたのかとフランは納得した。アルタイルが「ハムレットが探すとこうなる」と教えてくれた。



「あいつが何かやらかなさいか心配するのは当然だろ。受付嬢ちゃんが困るだろうが」


「結局、そこに行きつくのかこの女好き」


「女の子はみんな可愛いの! それを愛でてもいいだろー」


「フランに手を出したら殴るが?」


「あのさ、絶対に殴る以上だろ、それ」



 流石に仲間に手は出さないよとハムレットは呆れたように返す。ハンターに何されるか分からないしと言って。そこでフランは「ハンターさん怒らせると怖いもんな」と思い出す、あれは嫌だなと。


 そんな会話をしながら歩くこと暫くして、水浸しの空間に出た。それは恐らく水属性のスライムを倒した跡のようだ。まだ新しいことから倒して間もないというのが分かった。


 ならば、この近くにいるのかもしれない。周囲を見渡していれば、ハムレットが痕跡を見つけた。さらに奥へと進んでいったらしい、それも走って。



「これは何か見つけたな」


「めんどうくせぇえぇ」


「えっと、急いで追えばまだ間に合うかも!」



 フランがそうポジティブに言ってみれば、ハムレットは「まぁ……確かに」と頷いた。痕跡が新しいのだから、急げば追い付くかもしれない。獣道を走るのかとハムレットは深い溜息を吐いてから草木をかき分けながら駆け出した。


 それに続くようにフランも着いていけば、ぎゃあぎゃあといった獣の声がする。それから悲鳴が聞こえて、狩られたなとそれだけで理解できてしまった。アルタイルの「やったな」という一言にハムレットが「カルロ! いい加減にしろ!」と叫んだ。


 近くであるのは間違いないのでカルロに呼びかけるのだが、返事が返ってくることはない。狩りに夢中になっているということなのだろう。ハムレットは「あっちだ」と残った痕跡を追う。



「う、うわぁ……」



 生い茂る草木の向こう側は酷いものだった。地面に転がる数体のボアーの死体と、地面を汚す血液の匂いが充満している。魔物特有の鼻につくその匂いには流石のアルタイルも顔を顰めた。


 ぶぎゃあと断末魔を上げて最後のボアーがナイフで首根を切り裂かれる。返り血など気にもしてない様子でカルロは「はい、おしまーい」と死体を蹴った。どちゃっと転がった拍子に血が飛んで、座り込んでいた少女の顔にかかる。


 巻き込んでしまったのかとハムレットが少女に近寄る。肩で切り揃えられた深い緑の髪は返り血が飛んでしまったようで頬に張り付いていた。琥珀色の眼をこれでもかを見開いて、少女はカルロから目が離せないように見つめている。


 黒を基調とした魔導士が着るような衣服に身を包む彼女は籠を抱えていた。ちらりと中を覗けば、薬草が見えたので恐らく採取中にボアーに襲われたのだろう。彼女の足元にはワンドの杖が転がっている。


 カルロを固まったまま見つめている少女の頬にべったりとついた返り血に、フランが慌ててハンカチを取り出して拭いてあげる。すると、やっと我に返ったのか見開いていた目を閉じて、瞬きをした。



「大丈夫ですか?」


「あ、え……」


「こら、カルロ! 可愛い女の子が恐怖で固まってるじゃねぇか!」


「え? あー、ほんとうだぁ」



 カルロは楽しんだといった表情のまま、しゃがみこむと座り込む少女と視線を合わせる。少女はぱちぱちと瞬きをしながらカルロを見つめている。彼は暫し、観察してからにこりと微笑んだ。



「すっごい、可愛い子だねぇ。怪我はなかった?」


「……あ、」


「うん?」


「あわぁぁぁぁあああっ!」



 少女は絶叫しながらフランの後ろに隠れてしがみついた。がくがくと震えながらちらちらとカルロの様子を窺がっている。どうやら、彼の魔物を狩る姿が余程、怖かったようだ。それはフランだけでなく、その場にいた全員が察することができた。


 アルタイルはまたやったのかと言ったふうに見つめ、ハムレットは無言でカルロの頭に拳を入れる。ごちんと鈍い音がしたので力は強かったのだろう、彼は頭を押さえながら蹲っていた。



「大丈夫か、お嬢さん? 怖がらせて悪かったな」


「ひぃ、だ、大丈夫です……」


「大丈夫には見えないが?」


「た、助けて、いただいたのは、じっ事実ですし……」



 ぷるぷると震えながらも少女は「ありがとう、ございます」とカルロにお礼を伝えた。怖さはあるようだが、助けられた自覚はあるようだ。フランの後ろから顔を覗かせている。


 カルロはそんな少女をじぃっと観察している。その視線が怖いようで、視線を逸らして傍にいるハムレットに助けを求めていた。



「こら、カルロ。怖がらせるな」


「え? ほら、蛇に睨まれた蛙ちゃんみたいに可愛いなぁって思って」


「お前、自分が蛇の自覚あって言ってるだろ」



 ハムレットの突っ込みにカルロは「うん!」とそれはもう元気よく返事をした。それはそれでダメなのでは。フランはそう言いたかったが、カルロは全く気にしていないようで「ごめんねぇ」と少女に謝っていた。


 少女がびくっとしながら「大丈夫です」と言葉を返せば、カルロは「ほんっと蛙ちゃんみたいぃ」と何故か興奮していた。その反応がフランは少し怖かったのだが、それを察したアルタイルが彼の頭を叩いて落ち着かせる。



「ねぇ! 暴力反対! ぼくちん痛い!」


「だったら、落ち着け」


「ぶーー、みんな酷い! あ、そうだそうだ! 蛙ちゃん、お名前は?」


「あ、あたしはその……ミリヤです……」



 テンション上がった様子にぐいぐいくるカルロに気圧されながらも、少女はミリヤと名前を名乗った。ギルドに加入している冒険者のようで、薬草採取や薬の調合などを専門にやっているのだと教えてくれた。


 今日も薬草採取の依頼を受けてこの森にやってきたのだが、ボアーが走ってきて襲ってきたのだという。魔法を使って追い払おうとしていたところにカルロがやってきて、それはもう無残に狩ってしまい、その姿が怖くて腰を抜かしたということだった。



「あ、あたし……怖いのが、苦手で……」


「え? ぼくちんは怖くないよ?」


「お前は反省しろ」


「えー」



 納得がいっていないといったふうにぶーぶーと不貞腐れるカルロを無視して、ハムレットが「こいつ悪いやつではないから」とフォローを入れる。戦っている時はちょっとあれなだけでと。


 アルタイルはカルロのことなど気にするでもなく、周囲を見渡していた。此処は森の中なので、魔物がまたやってくるかもしれない。その警戒をしているようで、流石だなとフランは感心してしまう。


 周囲の警戒はアルタイルに任せて、フランはミリヤに怪我はないかと確認する。彼女は「それは大丈夫です」と、自分の身体を見せながら答えてくれた。少し落ち着いてきたようで、おどおどした口調が少なくなっている。



「えっと、狩りも終わったのならギルドに戻りましょう。あ、ミリヤさんも戻るなら一緒にどうですか?」


「あ、あたしはまだ採取できていない薬草があって……。少し奥に行くとあるの」



 オトジリ草という火傷の薬になる薬草が群生しているのだという。それを聞いてアルタイルが「オトジリ草と言ったか」と反応した。




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