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第63話 昇格試験結果


 午後の昼下がり、ギルドの扉を開けてフランは受付へと足を運ぶ。赤毛の受付嬢がやってきたフランへと目を向けて立ち上がった。



「受付嬢さん、これ借りた魔物の資料です」


「……はい、確かにこちらの貸し出ししていた資料ですね。きちんと返してくださってありがとうございます」



 にこりと受付嬢は微笑んで資料を棚へと戻していく。それを見送ってから、フランはギルドの室内を見渡した。掲示板では冒険者たちが依頼を吟味し、テーブル席では食事をとりながら談笑している声が聞こえる。


(あれ、まだアルタイルさんは来てないな)


 見渡してみるけれどアルタイルの姿はない。まだギルドには来ていないようだったので、フランは近くのテーブル席に腰を落ち着けた。何か料理を注文して小腹を満たしつつ、彼を待とうとメニュー表を眺める。


(どれにしよう。パンケーキにしようかな)


 フランは店員にパンケーキを頼むとなんとなしに掲示板に目を向ける。少し前だったら自分にできそうなものを探していたなと思い出す。


(Bランクでソロだとできるのが限られているんだよなぁ)


 薬草採取や、害獣駆除などが主になってくるのだが良し悪しに差が出ていた。よくやっていたなぁとそんなことを思い出しつつ、運ばれてきたパンケーキを切り分ける。ぱくりと一口、食べて美味しいと頬を綻ばせた。


 このギルドで出される料理は全般的に美味しいのでフランは好きだった。このパンケーキもふわふわで甘さ控えめなシロップとよく合っている。外れがないので安心してフランは料理を頼むのが毎回、楽しみだったりしていた。


 もぐもぐとパンケーキを堪能しているとギルドの扉が開く音がした。ちらりと見遣ればアルタイルと目が合う。こっちですよと呼ぶ間もなく彼はすたすたと歩いてやってきたかとおもうと、何も言わずに隣に座った。


 おやっと目を瞬かせながらアルタイルを見遣れば、彼は頬杖をつきながら不満げな眼を向けられた。何かやってしまっただろうかとここ最近の自分の行動を思い起こすも、特にこれといってした覚えはない。



「あの、どうしかしましたか?」


「癒されたかったが?」


「はい?」



 何を言っているのだろうか。フランが首を傾げれば、アルタイルは「もう食べ終わってしまう」と、なんとも残念そうな顔をしていた。そこで、「食べている姿は小動物のようで見ていて癒しになる」ということを思い出す。


 もしかして、食べている姿を見られなくて不満なのか。そう納得したフランだったが、とりあえず最後の一口をぱくりと食べる。シロップがたくさんかかっていた最後の一口はとても美味しい。うん、凄く美味しいとにこりと笑んだ。瞬間、アルタイルがむせた。


「アルタイルさん?」


「不意打ちは反則だと思う」


「そう言われましても……」


 ただ、食べただけなのがなと思うけれど何故だかアルタイルの機嫌は良くなっていた。そんなに食べた姿というのは癒しになるのかとフランは考えてみる。可愛らしい小動物がもぐもぐとエサを食べているシーン。


(可愛いし、癒しになるな)


 兎がもぐもぐ口を動かしている姿を想像して納得した。リスも頬袋を膨らませながら食べているシーンも可愛いと。


(うん? 可愛い?)


 私は小動物の食べている姿を可愛くて癒しになると感じた。と、いうことはアルタイルもそうなのだろうかという疑問に行きついた。あれ、そうなると彼は自分の事もそう思っているのだろうか。


(か、可愛い? え?)


 いや、そんなわけはないかとフランは冷静になる。でも、気にならないわけではないので、そわそわしてしまった。それに気づいたアルタイルが「どうかしただろうか?」と、見つめてくる。



「え、いや……。小動物の食べる姿は確かに可愛らしくて癒しになるよなーって」


「そうだな。だから、フランの食べる姿も癒しになる」


「それって、私が可愛いとも捉えられるのですが……」


「そうだが?」


「っぶっ!」



 即答。あまりにも間もなく答えられてフランは吹き出す。え、嘘だ顔を上げれば、アルタイルは不思議そうにこちらを見ていた。なんでこちらがおかしいみたいな顔をしているのだろうか、この人は。フランは口に出そうになった突っ込みを飲み込む。


 可愛いと思われていたのか、自分は。フランはその事実に驚いた。むしろ、驚かないほうがおかしいのではないだろうか。


 確かに機嫌良さそうにしたりするけれど、それだけではそんなことを思っているとは気づけない。フランは現実を受け止めるので必死だ。


(誰かに可愛いから癒しになると言われたのは初めてだ!)


 カルロに可愛いねと言われたことはあれど、アルタイルのように癒しになるほど可愛いなど聞いたこともなかった。そもそも、そんなことを言うようなタイプにアルタイルは見えなかったのでそこにも衝撃を受ける。


 あまりの衝撃に「えっ」や「あっ」としか言葉が出ない。どう返答をすればいいのだろうか、頭が真っ白になっていた。



「どうした、フラン?」


「え? い、いや、なんでも、ないです」



 何でもないわけではないのだが、この動揺は隠したかった。フランはぶんぶんと手を振って「大丈夫です! なんでもないです!」と言葉を返す。そうするとアルタイルはしばし見つめてから、そうかと一応は納得してくれた。


 気にはなる態度ではあるが指摘するほどでもないかと思ってくれたようだ。アルタイルのその優しさにほっとフランは安堵する。


「フランさん」


 ふと、声を掛けられて振り返れば赤毛の受付嬢が一枚の紙を持ってやってきた。彼女は「フランさんにお話が」と言いながら紙を手渡す。



「ランク昇格試験の結果報告です」


「え、えっと……」


「フランさんは準Aランクとなります」



 準Aランクとはとフランは渡されてた用紙に目を通す。それは資格試験の結果が書かれていて、筆記試験は不合格となっていた。それにはフランも「だよね」と納得する、あまりにもできていなかったと自覚があったから。


 ただ、実技は合格となっていた。どうやらレッドスネークとの戦いを認められたようで、力は備わっていると判断してくれたらしい。それらを総合した結果、Aランクには上がれないが、Bランクよりは上、つまり準Aランクと位置付けることにしたということだった。


 受付嬢は「ランク昇格おめでとうございます」と言ってから、用紙に同意のサインをしてほしいとペンを差し出す。Aランクとまではいかなくとも、準Aランクという位置づけになったフランは自分に実力が備わってきているのだと実感する。


 自分もやればできるじゃないか。そんなポジティブな思考になれて、嬉しかった。フランは結果を受け止めてサインをする。用紙を渡せば、受付嬢は「次のランク昇格試験までもっと実力を身につけてくださいね」と言って受付へと戻っていった。



「よかったな、フラン」


「はい! 筆記試験がダメダメだったので、もっと知識を身につけますね!」



 頑張るとやる気を見せればアルタイルは「無理はしないように」と小さく笑んだ。そこに優しさが含まれていて、フランは思わず見惚れてしまう。


 暫し見つめてから「お礼を言わなければ」とフランがアルタイルに声をかけた時だ。勢いよくギルドの扉が開いて、アルタイルの足元までハムレットがスライディングしてきたかと思うと土下座をした。


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