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第62話 パーティを組んでいるなら頼られたい(二)


 魔物について少しずつではあるけれど覚えてきたフランだが、まだまだ知らないことも多く、もっと勉強しなくてはなと気合を入れて、ギルドの扉を開いた。


 飲み騒ぐ冒険者たちから、掲示板を眺めて相談する声が聞こえる室内はいつも通りで落ち着ける。


 扉から見える受付にアルタイルの姿を見つけて声をかけようとしたが、フランはやめた。何やら受付嬢と話をしていたからだ。


(なんだろう。新しい依頼かな?)


 それとも別の相談だろうか。そんなことを考えながら少し離れた場所で声をかける機会を窺う。



「魔法は属性によって扱いが変わりますね」


「なるほど。では……」



 微かに聞こえる話し声に魔法について聞いているようだった。魔法に関することで何かあったのかとフランは頬に指を当てる。


(魔法なら私に聞いてくれてもいいのになぁ)


 これでも魔法には少し自信がある。師匠には基礎は完璧だと褒められたし、上級魔法もいくつか使えるのだ。


 かなりの専門的なものでなければ自分でも答えられるのでと思わなくもない。話を聞くに属性に関して質問しているようだった。


(確か、破裂の魔法とか一部の魔法しかアルタイルさんは修得していないって言ってたなぁ)


 魔法にも属性があり、その中にさまざまな種類がある。補助魔法、攻撃魔法、防御魔法など細かく分類されているので覚えるのは大変だ。フランも全てを習得し、覚えているわけではないが、基礎部分のことは勉強していた。


(私は風と氷の属性魔法が得意なんですよねぇ)


 風は初心者でも扱いやすい属性で、氷は逆に扱いにくい。フランは両極端な属性が得意で師匠に「扱いやすいのが合っているのか、扱いにくいのが合ってるのかどっちなんだ」と突っ込まれている。


 他の属性魔法も使えるけれど、得意な風や氷ほど多くはない。逆に闇属性全般は不得意だ。何をやっても失敗するので、習得を諦めた。というか、師匠に止められてしまったという経験がある。


(破裂の魔法は闇属性の上級に分類されるので、アルタイルさんはそっち方面が合っていると思う)


 申し訳ないと思いつつも話に聞き耳を立ててみれば、どうやらその他の属性魔法を習得するかの相談のようだった。


(それなら私にもアドバイスできると思うのですがっ!)


 これでも上級魔法を扱える魔導士ですよと主張したい気持ちを堪える。受付嬢が自分よりも経験豊富なのは理解していた。熟練の魔導士や冒険者には知識量も経験値も足りない自分なんかよりも良い答えが返ってくるだろう。


(それはそうだけど、なんか不満)


 頭では理解していても、感情はそうではなかった。自分に少しは聞いてくれてもいいのではと思わなくはなかったのだ。頼りないかもしれないけれどと。


 けれど、受付嬢には敵わないなとフランはがっくりと肩を落とす。少しや役に立てるかなと思ったのに。



「どうしたの、フランちゃん」


「あ、ハムレットさん」



 落ち込んでいるように見えたのか、ハムレットが心配そうに声をかけてきた。フランは「アルタイルさんが相談しているみたいで」と、小声で答える。


 魔法についての相談とそこまで聞いてハムレットは察したらしい。なるほどなと頷いてから「ハンター」とアルタイルを呼んだ。その行動にフランが驚いていれば、アルタイルが二人に気づいたように顔を向ける。



「いたのか、フラン。声をかけてくれればよかっただろう」


「いや……話をしていたみたいだったので……」


「それはいいんだよ、ハンター」


「なんだ、ハムレット」


「お前、魔法について聞くならまず、フランちゃんだろうが」



 ハムレットはフランの肩をぽんっと叩いて言う、彼女は魔導士だろうと。魔法のことを聞くならば、専門家であるフランにまず聞くべきだと注意されて、アルタイルは目を瞬かせる。



「受付嬢ちゃんは確かに魔法に長けているけど、魔導士じゃないんだぜ?」


「ハムレットさんの言う通りですね。わたしは魔導士ではないので、どの属性が合っているかなどを見極めるのは得意ではないです」



 魔導士は上級魔法を習得していれば、相手がどの属性が合っているのか大体のことを把握できる能力が備わるとされている。もちろん、個人差はあるがフランの場合は多少であれば分かった。



「パーティを組んでいるなら仲間をまず頼れよ。お前だってフランちゃんが他の冒険者に魔物について教えてもらっているのに不満を感じるだろ?」



 お前が感じるようにフランちゃんだって感じるんだよ。ハムレットはフランが言いにくかった言葉を代弁した。それを聞いてアルタイルは目を少しばかり開いてフランを見つめる。


 これは私の言葉を待っているのだろうか。フランはそう感じて、「そうですね……」と頷いた。



「確かに熟練の魔導士さんたちには敵わないですけど、魔法の事は私の専門ですから、少しは役に立てるかなあって。アルタイルさんがどの属性が合っているかぐらいなら分かりますし……」



 私では頼りないかもしれないですけどとフランが視線を落とす。自分の我儘だったかなこれはとフランが思っていれば、何かを堪えるような声を耳にした。


 なんだろうとフランが顔を上げれば、アルタイルが口元を押さえながらぐっと堪えている。何がと困惑していると、彼は一つ息を吐いてから口元を押さえていた手を離した。



「すまない、フラン。俺は君を頼りないなどと思ったことは一度もない、そこは信じてほしい。ただ、君に聞かなかったのが君の実力がないと思ったわけではない。ただ……聞きにくかっただけだ」


「聞きにくかっただけ、とは?」


「なんと言えばいいだろうか……。魔導士に初歩的なことを聞くのはどうなのだろうかと思ったんだ」



 恥ずかしかったとか、プライドがとかそういったものではない。ただ、初歩的なことを聞いても良いものだろうかといった疑問があったのだという。


 それぐらいならば自分で調べたほうが良いのではないかと、フランの手を煩わせる必要はないと思ったのだ。


 アルタイルからそう説明を受けて、フランは「気遣ってくれたのかな?」と解釈する。初歩的なことならば自分で調べることもできるのだから、相手の貴重な時間を使わせる必要はないだろうという。



「いや、それで相手を不安にさせたら駄目だろうが、ハンター」


「その通りだった。すまなかった、フラン」


「そういうことなら大丈夫ですよ! 気にしないでください!」



 初歩的なことならば自分に聞いてくれて大丈夫ですよとフランは自信満々に言う。少し前の自分ならばこんなふうには話さないだろなとフランは思ってしまって思わず笑ってしまった。


 突然、笑うものだからハムレットもアルタイルも不思議そうにしている。あっとフランは慌てて「なんでもないですよ!」と手をぶんぶん振る。



「ちょっと前に自分ならこんな自信満々に言わないなって思っただけで……」


「あー、なるほどなぁ。でも、自信を持てるようになったっていうのは良いことだと思うぜ」



 時に悪い方向へと行ってしまうこともあるが、自信を持つことができればそれを勇気に変えることができる。ポジティブに考えるようにもなれるので、自信は持った方がいいとハムレットは言った。



「フランちゃんが自信を持つことでハンターも喜ぶし」


「そうなんですか?」


「今、だいぶ理性を持っていかれたぐらいには」


「え?」



 特に自信満々に言った顔とかとアルタイルが呟く。フランは言葉の意味が分からずに首を傾げてしまった。


 えっとと、言葉を迷わせていればハムレットに「気にしなくていいぜ」と言われる。これはハンターの発作みたいなものだからと。



「フランちゃんはこいつの感情を受け止めてくれるだけでいいよ、今は」


「う、受け止める?」


「あとはハンターがどうにかするから」



 ハムレットの言葉にますます分からなくなるフランだが、少なくとも今の自分はアルタイルにとって喜ばしい姿であるのだけは分かった。


(そこまで私って魅力あったかな?)


 特に変わったところとかはないけどもとフランは思い返してみる。目の下のクマが少しばかり薄れたぐらいだろうか。


 あ、ポジティブになったのは明るく見えるようになったかもと気付いてそこが良かったのかとフランは納得した。


(もっと、自信をつけて安心させてあげたいな)


 まだまだ心配かけてしまうことはあるからとフランは目標を立てる。自分ならもっとできるぞと勇気づけた。そんなフランはじっと見つめているアルタイルに気づいて「大丈夫ですよ」とにこりと笑みを見せた。


「フラン」


「どうしました?」


「不意打ちはやめてくれ」



 何がとフランが問うよりも早く、アルタイルがまた口元を押さえてしまったので聞くに聞けなかった。


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