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第61話 パーティを組んでいるなら頼られたい(一)


「ハナブムシ?」



 いつものように騒がしいギルドの奥のテーブル席で、フランは分厚い本を開いて小首を傾げる。虫種の魔物との戦いに詳しくなかったフランは覚えておこうと、討伐記録を読んでいた。


 記録にはどうやって倒したのかなどが簡潔ではるが記載されているので勉強になるのだ。


 そんな討伐記録の一つにハナブムシという魔物があった。どうやら猫ほどの大きさの小型種に分類される虫種の魔物らしい。五匹前後の群れで行動するようで、記録には五匹と記載されていた。


 ハナブムシは聞いたことがないなとフランはテーブルに置いていた虫種の魔物が載っている図鑑を開く。どれだろうとペラペラ捲っていれば、「フーちゃんじゃん!」と声をかけられた。


 図鑑から顔を上げればカルロが前の席に座っている。彼は「アルアルはー?」とアルタイルのことを聞きながら店員に料理を注文していた。



「アルタイルさんはまだギルドに来てないですね。暫くはお休みをもらっていて……午後は私に魔物のことを教えてくれる予定なんですけど……」


「ハンターとパーティを組む以上は魔物のことは知っておかなきゃだもんねぇ。今は自主勉強中って感じ?」


「そうなんですよ。あ、そうだ。カルロさんはハナブムシっていう虫種の魔物のこと知ってますよね?」


「あー、あの面倒なやつねぇ」



 カルロの反応にフランは小型種ではあるが狩るのが難しい魔物なのだろうかと、聞いてみれば「雑魚だよ」と答えが返ってくる。


 弱いのに面倒ということは、変な攻撃をするのかな。フランがそんなことを想像しているとカルロが「あいつねぇ」と言葉を続けた。



「威嚇として臭い分泌物を吐き出すんだよねぇ。それはもうくっさいの。鼻が曲がるぐらいには」


「臭い……」


「分かりやすく言うなら、汚物かな。しかも服や体に付着したら暫くは匂いが落ちない。もうね、嫌すぎる」



 五匹前後の群れで行動するけれど脆くてすぐに死ぬので面白くもない。だというのに臭い分泌物を置き土産のように吐き出してくる。だから面倒臭いだけの魔物なのだとカルロは顔を顰めた。



「ぼくちん、鼻が良いから駄目なんだよね。匂いのきついやつ」



 香水も駄目だとカルロは話す。頭が痛くなって目が眩むのだと教えてくれた。なので、ハナブムシなどといった臭い分泌物を出す類の魔物は相手にしたくないらしい。


 ハナブムシは下級魔物なのでハンターに回ってくることは殆どないが、稀に手の空いている冒険者が居ない時は受けなければならず、嫌なのだとカルロは溜息を吐いた。彼にしては珍しい反応だなとフランはその様子を眺める。



「ハナブムシってそれ以外に何かするわけではないんですね」


「うん。野菜や稲の葉を食べちゃうから駆除目的ぐらいなんだよね。噛みつかれたら痛いぐらいで雑魚だよ」


「なるほど。それぐらいなら私でも大丈夫そうだな」



 分泌物には気を付けていけばいいかとフランはハナブムシのことを覚える。カルロも「あれは大丈夫だよ」と言うのだから問題はないだろう。


 また一つ勉強になったなとフランが次の討伐記録を捲れば、カルロが「あー、これはねぇ」とまた教えてくれる。その説明を聞いていると、カルロの頭が思いっきり叩かれた。



「ふげぇっ!」


「あ、アルタイルさん」



 カルロの頭を容赦なく叩いたのはアルタイルだった。彼は何処か不機嫌そうにしながらフランの隣に座る。あれっとフランが困惑していれば、頬杖をつきながらじとりと見つめられてしまった。



「アルタイルさん?」


「魔物ならば俺が教えるのだが?」


「え? あ、その……そう、ですね?」



 むすっとしている姿にフランはどうしたものかと眉を下げる。アルタイルに教えてもらうことに躊躇いはないし、彼の教え方も分かりやすくて覚えやすい。


 ただ、カルロに聞いたのは丁度、気になった魔物がいたタイミングでやってきたからだ。


 悪気があったわけではないのでどうしようと言葉を悩ませていれば、カルロが頼んだ料理がやってきた。こんがりと焼かれたソーセージをソースにつけて食べながら彼は笑っている。



「アルアル、やきもちぃ」


「や、ヤキモチ?」


「カルロ、今度は拳を握って殴られたいか?」


「ひっどいよね!」



 カルロはむーっと頬を膨らますけれど、アルタイルに効くわけもなく。眼を細められてしまい、「わかったよぉ」と諦めたように息を吐いた。


 ヤキモチとは。フランは暫し、考える。あれかな、自分が教えるはずが他の人に頼ったのが不満だったのかな。フランはそう解釈して、「すみません」と謝った。



「フランは別に悪くはない」


「え、でも、アルタイルさん不満だったのでは?」


「確かに俺が君に教えたかったという不満はある。だが、それは俺が勝手に抱いた感情であって、フランが悪いわけではない」



 これは俺自身が勝手に抱いた不満だ。フランはただ知りたかったことをカルロに質問しただけであり、何も悪いことはしていない。だから、謝る必要はないのだとアルタイルは言って、「すまない」と謝罪された。



「これに関しては俺が悪い」


「そうですかね? 私は特に気にしていないですけど……」


「ぼくちんに謝ってくれない? 頭叩かれて八つ当たりされたんだけど?」


「そうだな」


「うわーん、謝る気がないぃ」



 アルタイルの素っ気ない返事にカルロが泣き真似をする。そんなことをしても相手は気にも留めないのを分かっていながら。


 フランはその様子に少しばかり申し訳なく思う。とはいえ、どんな言葉をかければいいのかは分からないので黙っておいた。



「お前は依頼はどうした」


「終わったばかりだよぉ。今日はもうしなーい、つかれたもーん」



 けろっと態度を変えてぱくぱくソーセージを食べながらカルロは答える。疲れたら休むのは当然じゃんと笑いながら。


 戻ってご飯を食べようとしたらフランを見つけたというわけだったらしい。話し相手もほしかったので丁度、良かったと。


 なるほどなとフランが納得していれば、アルタイルは「さっさと宿に戻れ」と言葉を返していた。



「だからさぁ、アルアルひどーい」


「俺の休息を邪魔するな」


「えっと、休むなら私のことは気にせず……」


「フランは問題ない」



 そもそも一緒のほうが良いと真顔でアルタイルに言われてフランは「そ、そうですか……」としか反応ができなかった。あまりにも圧が凄くて。


 そんな様子にカルロが腹を抱えて笑い出した。それはもうテーブルに突っ伏す勢いで。どうしたのだろうとフランが驚いていれば、「何、この、伝わってない感じっ」と、ひぃひぃ笑いながら呟いているのが聞こえる。


 えっとフランが首を傾げたのと同じく、カルロの頭が思いっきり叩かれた。アルタイルの拳が入って鈍い音がする。痛そうだなとフランは頭を抱えるカルロを眺めてしまった。



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