「いやぁ。助かったよ」
恰幅の良い年のいった男が礼を言う。商人である彼は町に到着し、怪我をした護衛の冒険者を病院に連れて行ってから、アルタイルたちのいる鍛冶屋の工房までやってきて感謝を伝えた。君たちのおかげで助かったよと、何度も。
そこまでお礼を言わなくてもとフランは思ったが、死ぬかもしれない状況から助けられたのならば、その態度になってしまうのもしかたないかと納得する。自分でも何度も感謝の言葉を伝えてしまうと思った。
「さっ、宝石商のオーナーにも言われたんだが、君はアイオライトの魔力石を求めているんだってね。わしからのお礼として受け取ってくれないか」
恰幅の良い男の商人はそう言ってアイオライトの魔力石が入った革袋を差し出した。中を見ればそこそこの量でフランはこんなに貰っていいのかと、アルタイルを見遣る。
彼は暫し考えてから、ゴロウから貰ったメモ書きを恰幅の良い男の商人に見せる。
「俺が求めているのはこの量だ」
「ふむ。では、この量におまけということでどうだろうか?」
どうやら引いてはくれないらしい。これは何を言っても無駄だろうと判断したのか、アルタイルは分かったと革袋を受け取った。
「宝石商のオーナーにはこっちで言っておくよ。今回は本当にありがとう。病院に彼らを待たせてしまっているからこのへんで。では」
「気を付けてくださいね」
フランにそう言われて恰幅の良い男の商人はにこりを笑みを浮かべてその場を去っていった。彼の背を見送ってからアルタイルを見遣ると、彼は革袋の中身を確認している。
やはり貰い過ぎているのだろうか。フランがそんな心配をしていると彼は「まぁいいか」と呟いた。
「ゴロウ殿がどうにかするだろう」
「おい、人任せかい」
「俺にはどうすることもできないからな」
ハムレットの突っ込みにアルタイルはそう言って工房のほうへと歩いていった。工房の中に入れば、弟子たちに指示を出していたゴロウが気づいて「おう」と声をかける。
「話は終わったか」
「あぁ。アイオライトの魔力石はこれで足りるだろか?」
「どれどれ……足りるどころじゃねぇな。おつりがくる」
これだけりゃあ余裕だとゴロウは笑って革袋を受け取ると、アルタイルの太刀を預かった。
二日もあればメンテナンスは終わるので、その時に取りに来いと言って工房の奥へ行ってしまう。
それだけとフランが驚いていればアルタイルは「いつものことだ」と、特に気にしている様子もなく工房を出ていく。彼らの作業の邪魔にならないようにという配慮のようだ。
「二日ほど休むことになるが、ここ最近は働き過ぎていたから問題はないだろう。そろそろ休息をとるべきだ」
「そういえば、立て続けに依頼をこなしていましたね」
「ハンターはいいとしても、フランちゃんはしんどかっただろ」
こいつの体力と忍耐強さは異常だから気にしていないけれどとハムレットに心配される。
フランは大丈夫と返したかったが、疲れがなかったわけではないので「休息は大事ですよね」と頷く。
アルタイルも気にしていたようで「すまなかった」と謝罪する。彼が悪いわけではないのでフランは「大丈夫ですよ!」と慌てて返事を返した。
「体力には割と自信があるので! それに二日も休めますから」
「本当なら五日ぐらい休んでも文句言われないぐらいにはギルドに貢献しているぜ?」
ここ最近の活躍を見るに少しぐらい多めに休んでいても文句は言われないとハムレットは言う。
そうなのだろうかとフランは思うのだが、件数を数えてみて片手を超えた辺りで確かにと納得した。
この町は大きな山々に囲まれている。故に魔物が多く生息し、その被害が絶えない。だから、魔物討伐専門の冒険者というのは重宝されるのだ。
ハンターならばなおのこと、必要とされるので休みというのは少ない。
それでも人間は休息を取らねば身体を壊してしまう。ハムレットは「二日と言わずもっと休め」と労ってくれた。彼なりの優しさからくるものなので、フランはその言葉を素直に受け止める。
「多分、というか絶対に受付嬢ちゃんからストップされるから暫くは休めるぜ」
「彼女は冒険者の健康管理もしているからな……。そろそろ言われかねないか」
「そうそう。だからしっかり休めって。つか、おれは二人が宝石店に行くのを見かけたって聞いてびっくりしたんだからな」
「どうしてですか?」
何かおかしなことだっただろうかとフランが首を傾げれば、「いや、男女で宝石店は」とハムレットは言いかけて黙る。ますます分からない態度にフランは疑問符を浮かべてしまう。
ハムレットは「いや、いいや」と話を終わらせた。特に気にしなくていいと言って。それはそれで気になるのだがとフランは思いつつも、それ以上は聞かないでおいた。
「休む、か……」
「何。どうしたんだよ、ハンター」
「いや、フランのことが気になっただけなんだ」
「私ですか? 私は大丈夫ですよ。午前中しっかり休んで、午後からは……街を散策したり、魔物の勉強でもしようかなって思って……」
「魔物のことならば俺が教えよう」
「え? アルタイルさんは休んでくれても……」
「前にも言ったが、何の問題はない」
フランの言葉を遮るようにアルタイルは言葉を返す。その語尾の強さにフランは驚いてふぇっと変な声を上げてしまった。
魔物のことならばハンターである俺が教えるべきだと押してくるアルタイルの勢いにフランはどう反応すればいいのか分からず。
前にも言われたので理解はしているのだが、せっかくの休みを自分に付き合うことで消費してしまってはという申し訳なさもあった。
そうは言ってもアルタイルが引くようには見えない。どうしたらとフランがハムレットを見遣れば彼は「諦めな」と肩を叩いてきた。
「ほら、魔物のことはハンターが一番、よく知っているわけだからな。教えてくれるって言ってんだからお言葉に甘えればいいんだよ」
「でも……」
「フランちゃん。パーティを組んでいるなら遠慮ばかりしては駄目だぜ」
確かに相手の事を気遣うのは大事なことだ。けれど、そればかりでは相手のことを知ることも、力に頼ることもできなくなってしまう。
パーティを組む以上は両者の力を合わせることになるのだ。いざという時に相手の力に頼ることができないというのは特に危険なのだ。
それに信頼関係を築くのにコミュニケーションというのは重要なものになる。甘えることも、叱ることも、それだけでなく会話をすることだって相手を知るきっかけだ。
何かを教えてもらうことだってそうなのだから、二人はどんどんコミュニケーションを取るべきだとハムレットに言われて、フランはそれはそうかもしれないと頷く。
遠慮や気遣いだけでは相手のことを知ることはできないのだ。まだ付き合いが長いとはいえないのだから、もっとアルタイルのことを知るべきだ。フランは「じゃあ、お願いします」と彼の言葉に甘えることにした。
(そういえば、少し前にも言われた時も押しが強かったなぁ)
休日の過ごし方を聞かれた時のことをフランは思い出す。あの時も押しがかなり強かったなと。
(気にかけてくれているのは伝わってくるんですよね。でも、なんか……重い気がしなくもないですけど。アルタイルさんなりの優しさなのかな)
フランは彼なりの優しさなのだろうと解釈することにした。それにアルタイルがなんとも機嫌良さげにしているのを見て、迷惑ではないのだなと感じ取ったから。