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第58話 ジャイアントスパイダーと邂逅


 山の奥へと歩む、どこか湿気を帯びた空気が気持ち悪い。フランはその嫌な感覚に周囲を見渡した。獣の気配はしないが遠くのほうで鳥の鳴き声がする。それ以外は枝葉が風に揺れる音しかしない。


 ぴたりと足が止まった。先頭を歩いていたアルタイルが立ち止まったかと思うと太刀を振るった。


 ぷつりと切れる音がする。なんだろうかとフランが目を凝らすと太刀の刃が煌めいた反射で糸のようなものが見えた。


 これはとフランが観察すると、「ジャイアントスパイダーの糸だな」とアルタイルがまた空を切る。


 糸がついていただろう枝葉が大きく揺れた。罠が張られているということは、この辺りにいるのは間違いないようだ。



「這う音がするな……もう少し先か。糸を切ったことで相手も反応したか」


「うぇえ! それって大丈夫なんですか!」



 アルタイルの発言にフランが突っ込めば、彼は「これは問題ない」と答えた。相手の反応を見ることでこちらの行動も決まるらしい。


 ジャイアントスパイダーが反応したということは、ここに張られた糸は罠として機能していたという証拠だ。


 近くにいたというのも分かるため、問題はないのだとアルタイルは話す。


 フランからすれば、問題があるようにも聞こえるのだが、闇雲に探すよりも正確に位置を把握できるということなのは理解できた。



「こちらに来るだろうな。そこまで音がしていないことから……子分の数は少ないフランとハムレットは後ろで支援してくれ。迂闊に動きまわらないように」



 動き回ることによって糸に引っかかる可能性がある。少なくとも、今いる自分よりも前に出なければ、罠を踏まずにはすむだろうとアルタイルに言われ、フランは少し下がった。


 後ろすぎない程度に下がり、いつでも魔法を打てるようにロッドを構える。ハムレットは木の影に隠れて弓を射る姿勢を取った。


 がさがさと枝葉を踏みしめる音がする、素早く動いているように。それは視界を遮る枝を折って現れた。


 巨体な白い身体に黒々とした関節は艶めき、角ばった骨格は固そうに見える。


 八本の脚をわきわきと動かしながら立ち止まった。背後から山羊ほどの大きさの同じ見た目な蜘蛛が二匹顔を覗かせる。


 様子を見るに子分は二匹しかいないようだ。対比的には同等に見えるが油断はできないので、フランはじっと動きを観察する。


 ジャイアントスパイダーはわきわきと脚を動かしてから、関節を弾ませて飛びかかってきた。


 アルタイルは飛んできたジャイアントスパイダーの脚を太刀で跳ね返す。それを合図に子分たちも襲ってきた。


 子分がアルタイルを狙うように飛んでいくのをハムレットの矢が阻止する。関節を狙うように射られた矢によって脚が一本、折られる。


 体勢を崩した子分が転び、フランは練り上げた魔力を使って魔法を放つ。宙を舞う氷柱が子分の身体を貫いた。一匹、倒したのを確認してまた魔力を練る。


(ちゃんと状況を確認しないと)


 フランは自分できることを考えならば、アルタイルたちの動きを注視する。何をするべきか、いつでも動けるようにロッドを構えて。


 残った子分がアルタイルに向かって行くのが見えて、フランはロッドを振った。吹き抜ける突風に巻き込まれて子分が宙へと浮き上がるその瞬間をハムレットが狙い撃つ。


 放たれた矢が顔面を貫いた。どちゃっと地面に叩きつけられて最後の子分も息絶える。


 いなくなった子らにジャイアントスパイダーが怒ったように脚を動かし地面を鳴らす。複眼がぎょろぎょろと周囲を見渡してから赤く染まった。



「俺の前には出るな! 動くなら後ろに下がれっ!」



 アルタイルの大声にフランは驚いた。そこまで強く指示を出してくることなどなかったからだ。


 少しの変化にハムレットも気づいたようで暫し目を凝らしてから、「なるほど」と小さく舌打ちをする。


 なんだろうかとフランも目を凝らして見れば、きらりと空で光る。あれはとフランがよく見ようとすれば、ハムレットに「フランちゃんはこっち!」と呼ばれる。



「ハンターは今、動けない」


「えっと……あっ! あのきらって光ったやつって糸ですか!」



 フランの言葉にハムレットはそうだと頷く。少しでも動けば糸に取られてしまう可能性がある。アルタイルはそれに気づいて、自分たちに指示をだしたのだ。


 でも、どうやってとフランが疑問に思っていれば、ハムレットが「あいつは糸を操れる」と教えてくれた。この周辺に張り巡らされた糸を操ってアルタイルを囲ったようだ。


 そんなこともできるのかとフランがジャイアントスパイダーを見遣れば、アルタイルが太刀で攻撃を受け流しているのが目に入る。


 攻撃する機会を窺っている様子ではあるけれど、糸を気にして行動に移せないようだ。


 アルタイルはジャイアントスパイダーの敵意を自分に集中させている。それはフランたちを守るためでもあるが、打開策を見つける時間を作ってくれていた。フランでもそれに気づけたので、ハムレットに問う。



「あの、ジャイアントスパイダ―の糸ってどんな特性がありますか?」


「確か……凍ると砕けるはずだ」



 ジャイアントスパイダーの糸は凍ってしまうと罠として機能しなくなる。ちょっとした振動で砕けてしまうのだ。その反面、火には強く、なかなか燃え上がらない。


(凍ると砕ける……これを利用するしかない、はず……)


 凍らせればいいが、ただ氷魔法を使えば良いというわけではない。全ての糸を凍らせることができなければ、罠は機能してしまう可能性があった。それにすぐに凍ってくれるかも分からない。


(凍らせる……。多分、それは私にできる)


 フランは氷魔法が得意だ。これは自分にしかできないことであり、確実に成功させなければならない。フランはぎゅっとロッドを握り締めてからハムレットに言った。



「糸の範囲を教えてください。分かりますか?」


「それぐらいなら任せな。伊達に罠を見抜いてないから、余裕だ」



 ハムレットはそう言って目を細める。ジャイアントスパイダーとアルタイルの周囲を注意深く観察し、指を指した。



「あの木からあっちの木までだ。そこを中心にハンターをぐるっと囲むように張ってある」



 指を動かしながらハムレットは丁寧にけれど簡潔に説明する。フランは糸の位置を把握すると、ロッドを構えて魔力を練る。深く呼吸をし、息を整えながら。


 心を鎮めて、落ち着いて。迷いを消し、やれるのではなく、やるのだと覚悟を決めて。


 練り上げられる魔力がロッドに飾られている紫水晶に集まっていく。すっと息を大きく吸ってからフランはロッドを掲げた。



「雨よ、降れっ!」



 高らかな声と共にジャイアントスパイダーの頭上に雨が降り注ぐ。それはアルタイルをも巻き込んで周囲を濡らした。


 突然の雨にジャイアントスパイダーが一瞬、怯んだ隙にフランは大きくロッドを振る。びゅんと勢いよく氷の息吹が通り抜けた。それは駆け抜けていきながら空気を凍らせていく。


 水に濡れた糸がぱきりと凍った。張り巡らされた周囲の糸全てが凍り、氷の息吹と共に砕け散る。


 きらきらと木漏れ日に光る糸の破片を切り裂く、一閃。複眼が太刀によって斬られて、ジャイアントスパイダーが声無き悲鳴を上げる。


 よろけるように後ろに下がった身体に追い打ちをかけるよに太刀が振るわれる。


 けれど、深い傷を負わせられない。フランはすぐに切れ味が悪くなっているのだと気づいた。


 今が攻撃のチャンスだ、それを逃すわけにはいかない。フランはロッドを思いっきり振り上げたかと思うと地面に打ちつけた。


 かんっと音が鳴って、地面を氷柱が走る。それは一直線にジャイアントスパイダーへと向かい、湿った脚を凍らせていく。


 動かなくなった片側の脚にジャイアントスパイダーが怯む。よしと、フランが目を向けた時だ。氷柱がジャイアントスパイダーの身体を持ち上げてしまった。


(やってしまったっ!)


 ジャイアントスパイダーが糸を吐き、体勢を整えようとするのが見える。それも束の間、氷柱を台にしてアルタイルが飛ぶ。


 くるりと宙を回転し、ジャイアントスパイダーの背を蹴り飛ばすと、白い殻から見える黒い関節に太刀を刺す。


 ぐっと力を籠めて――ジャイアントスパイダーの身体が破裂した。アルタイルの破裂の魔法が全身を巡って、バラバラに崩れる。緑色の体液をまき散らしながらどちゃっと地面に落ちた。



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