東山にある二つの商業道はそれぞれ、出入り口が違う。旧道のほうは町の裏手側寄りにあり、新道は正門寄りにある。
どちらも使える商業道ではあるが、新道ができてからは旧道はあまり使われなくなった。
近道をしたいのであれば旧道だが、魔物との遭遇するリスクを考えなければならない。東山に出る魔物は獣種だけではないからだ。
昆虫種は獣種と違い、罠を張ってくるものも多いので油断ならない。ジャイアントスパイダーがその良い例だ。彼らの糸は獲物を捕らえるのに特化している。
なので、そういったものには気を付けるようにとフランはアルタイルから教えられた。
ジャイアントスパイダーの糸は透明で見づらいが、少し太いので光の加減によって目で捉えることができるらしい。
旧道の奥へと進みながらフランは周囲を警戒しながら見渡す。足元にも注意して歩いていれば、先頭を歩いていたアルタイルが立ち止まった。
ハムレットも「ここか」としゃがみこんで地面を観察している。
ひょこっとアルタイルの背後から覗き見れば、戦闘があったというのが見て分かるほどに荒れ果てていた。枝葉が折れて散乱し、山羊ほどの大きさの蜘蛛がばらばらで倒れている。
白い身体に関節部分や眼が黒の、少し角ばった見た目の蜘蛛、これがジャイアントスパイダーの子分である小型種だ。戦闘で倒されたのか、足が切り落とされて緑色の体液が垂れ流れている。
その近くには商人のものであろう荷車が投げ捨てられたように放置されていた。荷車を引いていた馬が居ないことから離したか、商人と共に逃げたようだ。
死体が転がっていない、あるいはその痕跡がないことから、商人たちはまだ生きている可能性がある。
「捕獲されてしまった可能性はあるが、少なくとも此処に居た時はまだ無事だったな」
「ちょっと待てよ……。あったぜ、痕跡! 人間の足跡が残ってるな……あっちだ。多分、山の中に逃げたみたいだ」
こっちだなとハムレットが痕跡を辿って道から逸れる。後を追えば、木々をかき分けたような痕跡が奥のほうまで続いていた。
ジャイアントスパイダーが追いかけた跡もあったので、此処を通っていったのは間違いない。
アルタイルが太刀を抜いた。それに続くようにハムレットが弓をいつでも射れるようにし、フランもロッドを構える。いつどこから出てきても対応できるように。
ハムレットが人の痕跡のみを見極めながら追っていく。慎重に、警戒しながら。
どんどんと険しくなっていく中を暫く歩いていれば、アルタイルが「ジャイアントスパイダーの痕跡が途切れた」と呟いた。
言われて周囲を見渡すと荒れていた木々の様子がない。ハムレットは「逃げきれたみたいだぜ」と、まだ残っている人の痕跡を指差さす。
「移動してなければ、この先にいるんじゃねぇかな」
「なら、先に商人たちの安否を確認しよう」
アルタイルの返事にハムレットは「了解」と返して歩き出す。迷いなく進んでいく様子に凄いなとフランは感心した。
自分では跡を見ただけでは何が起こったのか、何処へ向かったのかを把握することはできない。
(ハムレットさんってこの手のプロだよなぁ)
女性に関しては駄目だとアルタイルは言っていたが、それを除けば冒険者としては優秀だ。これだけでも調査や捜査任務に引っ張りだこだろうなとフランは思う。
そんなことを考えながらさらに奥へと進んだ先にそれは見えた。巨大な岩が壁のように転がっているその隙間に馬の姿がある。
丁度、岩の積み上がり方で洞穴のようになっている空間に人の気配を感じた。
「誰か人はいるかー」
ハムレットが声を張って呼ぶ。少しばかり大きい声に馬が反応し、それからひょっこりと男が顔を出した。
男はハムレットたちを確認してから周囲を見渡して穴から出てくる。傭兵らしい軽鎧な壮年の男は「君たちは」と問う。
「ジャイアントスパイダーの討伐依頼を受けた冒険者だ。それから、宝石店から商人たちの捜索も依頼されている」
「あぁ、それでオレたちを見つけてくれたのか」
アルタイルの説明に納得した壮年の男は自分は傭兵であり、奥には怪我をした冒険者の青年と彼を看病している商人の男がいると状況を教えてくれた。
普段と変わらず東山の旧道を通っていれば、冒険者の青年がジャイアントスパイダ―の痕跡を見つけたのだという。
近くに潜んでいる可能性があるため、引き返して新道を通ることを提案されて、戻ろうとした時にジャイアントスパイダーに襲われたとのことだった。
大型種で子分を連れたジャイアントスパイダーに身の安全を優先するべく、逃げることを選択した。
ジャイアントスパイダ―から逃げることはできたものの、近くに潜伏しているのを確認して、此処を離れられなくなったと傭兵の男は話す。
「野盗の討伐ならば自信はあるが、あの手の大型魔物を相手にするのは難しい。逃げる途中で小僧……冒険者のやつは足を怪我してしまったからな」
「子分持ちの大型種から死者を出さずに逃げられたのだから悪い選択ではない。ジャイアントスパイダーのことは俺たちに任せてもらおう」
「あぁ、頼む。こちらはどうすればいい?」
「怪我人が居る以上はそちらの安全を重点に置いてほしい。俺たちがジャイアントスパイダ―を狩り終えるまで此処で大人しくしていてくれ」
迂闊に動くのは危険だとアルタイルに言われて、傭兵の男は頷いた。指示に従う姿勢にフランはほっと息をつく。商人たちの安否が確認できたことに安堵したように。
アルタイルは傭兵の男からジャイアントスパイダ―の位置を聞くと、彼は周囲の警戒を怠っていなかったこともあり、大体の場所を教えてくれた。この場所から西に少し進んだ先でうろうろとしているのを見かけたと。
「おそらく、まだオレたちを探しているんだろうな」
「その可能性はあるが……ギルドに依頼が来たのはどういう経緯だ、ハムレット」
「冒険者からの現地調査報告からだ。定期調査中にジャイアントスパイダーの大型種の痕跡を見つけて、それが旧商業道付近を徘徊しているのを把握したんだとよ。それがかなり新しいものだったから緊急として報告したって聞いた」
商業道は冒険者が定期的に現地調査をし、安全性を確認する。それで今回のジャイアントスパイダーが見つかったということのようだ。
報告から緊急性と危険度を考えてハンターへの依頼となり、知り合いであるハムレットが連絡役になった。カルロは別の依頼を受けていたと聞いて、アルタイルはふむと顎に手をやる。
「子分の数が多いと不利になる」
「あー、カルロが居れば子分は任せられたよなぁ」
あいつは集団戦が得意だからとハムレットは返して息を吐いた。今回の依頼は難しいことは二人の様子を見て分かる。フランは自分でもできるだろうかと少し不安になった。
それでも、フランは逃げ腰にならず二人の話を真剣に聞く。聞き逃して足を引っ張りたくはないし、自分も役に立ちたいと、ロッドを握る力を強めた。