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第56話 飛び込みの依頼というのは時を選ばない


 工房を出て少し歩いたところに武器や防具が売っている店が立ち並ぶ。そんな店の中の一つに宝石店はあった。


 魔導書を取り扱っている書店の隣にあるのだが、魔導士が出てきては宝石店へと入っているのが見える。


 魔導士は宝石や魔力石を媒体にして魔法や呪術といったものを扱うことがある。魔導書を見るついでに寄っていくのだろう。


 フランはロッドに付けられた紫水晶の魔力石が強いので、今のところ宝石店のお世話にはなっていない。


 アルタイルについていくように店内に入るとずらりと宝石や魔力石が並べられていた。


 それらは磨かれていたり、原石のままだったりと様々だ。一般的な宝石店と違ってアクセサリーに加工されたものはない。


 どうやら此処の宝石店は未加工の宝石を販売しているようだ。ただ、オーダーメイドでアクセサリーにも加工できるらしい。へーっとフランは興味深げに棚に並べられている宝石たちを眺める。



「お待たせしました。冒険者さんでしょうか?」


「あぁ。ゴロウ殿の工房からこちらの品を取りに行くように頼まれた」



 近寄ってきた女性店員にゴロウから貰ったメモ書きを渡せば、彼女は「少々、お待ちを」と店内の奥へと引っ込んでいく。


 在庫が戻ったのだろうかとフランが奥へと目を向ければ、困ったように眉を下げながら女性店員が戻ってきた。



「申し訳ありません。アイオライトの魔力石ですが、今少し問題がありまして……」


「問題とはなんだろうか?」


「実は本来ならば二日前ぐらいには届いているはずなのです」



 アイオライトを含む宝石及び魔力石の運搬を任された商人はいつも頼んでいる人物であり、信頼できる存在だ。


 予定の日数に遅れたことはなく、あっても一日前後。それ以上になる時は伝書鳩を飛ばして知らせてくれるのだという。


 けれど、今回は伝書鳩からの知らせもなく連絡が途絶えているとのことだった。


 今日で三日目となるので何かあったかもしれないのだと女性店員が話せば、客対応を終えたらしいオーナーがやってきた。



「こら、その話はギルドに通すまで話してはいけないと……」


「でも、この方はあのゴロウさんから〝任されて〟魔力石を受け取りにきたんですよ?」


「え? あのゴロウさんが弟子以外に!」



 壮年の男性オーナーはこれでもかと驚いた表情をみせる。その反応はとフランが聞けば、「あの人、弟子と一部の人間しか信用してないから」と訳を教えてくれた。


 どうやら、ゴロウは弟子と一部の人間しか信用しておらず、自分の頼み事は彼らにしか絶対に任せないのだという。長年、取引しているが自分にすら口約束をしてもらえないと。


 どういうことだと男性オーナーに聞かれたアルタイルは少しばかり面倒くさげに、自分がギルドに所属するハンターであることを伝えた。ゴロウに武器を任せていることを話せば、なるほどと彼は頷く。



「ギルドに認められた冒険者でハンターの称号を得ている人物か。ゴロウさんに武器を任せているということは彼からの信頼も得たということなのだろうね。なるほど……君になら任せられるかもしれない」


「と、いいますと?」


「連絡の取れない商人を探してきてくれないだろうか?」



 彼は信頼を裏切るような人間ではない。もしかしたら何かあった可能性もあると男性オーナーに「お願いできないか」と頼まれる。アルタイルは少しばかり困ったふうな表情をみせた。


 ギルドを通していない依頼を受けることは基本的にしてはいけないのが、冒険者の決まりだった。なので、「先にギルドに通してほしい」とアルタイルは答えた。



「人探しもギルドは一応、引き受けてはくれる。俺は魔物討伐専門の冒険者なので、その依頼を受けることはないが……得意な冒険者が引き受けてくれるはずだ」


「できれば、君のような優秀な冒険者にお願いしたいんだ」



 依頼料は多く出すし、ギルドにも説明するからと頼まれてアルタイルはどうしたものかと額を押さえる。


 思案しているような様子にフランは悩ませていけないなと口を出さないでおいた。


 どうやら、この男性オーナーはゴロウに信頼を置いているらしく、彼が信用した相手ならばちゃんと依頼をやり遂げてくれると思ったらしい。


 どうするのだろうとフランが二人を交互に見遣っていると、店の扉が開く音がした。なんとなしに振り返ってみれば、「あ、いた」と声をかけられる。



「おーい。ハンターとフランちゃん」


「あ、ハムレットさん」



 宝石店に入ってきたのはハムレットだった。彼はフランたちに「やっと見つけたぞ」と一つ息を吐いてから話す。



「ハンター、依頼だ。東山の旧商業道にジャイアントスパイダーが出た。通常種よりも大型だからハンターへ依頼移行だとよ」


「東山の旧商業道だって!」



 ハムレットの言葉に男性オーナーが反応する。店内に響く声に思わず周囲に居た客が顔を上げた。


 そんなこともお構いなしに彼は「彼がいつも通る道だ」と、商人の運搬ルートを教えてくれた。


 王都からベッシェル村経由でこの町までくるのだが、東山の旧商業道を通るらしい。


 新商業道のほうが安全性は高いのだがその分、少しばかり遠回りになる。旧商業道は近道となるのでよく通ってくるのだという。


 旧道とはいえ、通ってはいけないというわけではない。道としては機能している上にこちらも定期的にギルドの冒険者たちが調査などをしている。


 けれど、新商業道に比べると山の中を突っ切る形で通っているために魔物との遭遇率は上がっていた。


 冒険者や傭兵など護衛を雇っているのであれば安全性も高まる。アルタイルがどうなのかと問えば、男性オーナーは「いたはずだ」と答えた。


 宝石の原石や魔力石を取り扱っているために、野盗に狙われた時や魔物に遭遇した時のことを考えて冒険者と傭兵を雇っていたと。


 冒険者と傭兵を雇っていたということは、ある程度の戦闘においては対応ができるだろう。


 ただ、彼らの力に頼って安全性の欠ける旧商業道を通ったことについては慢心していたように感じられた。



「ジャイアントスパイダーの大型種に狙われたか」


「その可能性はあるだろうな。大型種になると山羊の大きさした子分も引き連れてくるし。あいつらすばしっこいからチームワーク崩れて任務失敗してくる冒険者は多いぜ」



 アルタイルの言葉にハムレットが答える。ジャイアントスパイダーの大型種は小型種を子分として引き連れてくるから厄介だ。慣れていない者が戦えば苦戦を強いられるのは想像ができる。


 魔物討伐専門の冒険者であり、ハンターの称号を持つアルタイルは対峙した時の様子というのが想像できたようだ。「同伴していた冒険者の知識力と経験によるが」と、前置きをしてから苦戦している可能性があることを説明した。



「護衛の経験を積んだ冒険者と傭兵ならば深い追いはしない。おそらく、どこかに避難しているはずだ。ただ、避難した場所が悪く、ジャイアントスパイダ―に道を塞がれている可能性があるな……」


「お願いします! 彼らを助けてください!」



 お願いしますと男性オーナーは頭を下げる。荷物はどうなってしまっても良いのでと、懇願する様子に商人たちにかなりの信頼をおいているようだ。


 アルタイルがどうしたものかと考えている様子にハムレットが「おれも手伝おうか?」と提案してくる。自分なら痕跡を元に捜査することができるからと。



「人の痕跡を追うのは得意だから手伝えるぜ」


「……仕方ない」



 ジャイアントスパイダ―の依頼は緊急のものだ。それに巻き込まれてしまったのであれば、救助しなければならないだろう。アルタイルは男性オーナーからの依頼を受けることにした。


 フランは初めて戦うジャイアントスパイダ―に不安を抱きつつも、自分にできることをしようと気を引き締める。大丈夫だと言い聞かせて。



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