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第55話 困ったことになったかな?


 ギルドに登録している冒険者がよく利用する鍛冶屋は街の奥にある。中心街から外れたさらに奥、外壁に近い場所だ。


 その一角は鍛冶屋だけでなく、防具や武器などを売っている店から魔導書などの書物を扱っている書店が集まっていた。


 フランはその一角に行ったのは書店を覗きにきたぐらいで、殆ど知らない。鍛冶屋がある方までは行っていないので、周囲の様子というのは新鮮だった。


 ひと際、大きな工房が見えてきた。レンガ調の建物で奥には焼き場のような場所があり、煙突からは煙が出ている。工房の出入り口からは数人の冒険者が出ていくのが見えた。


 アルタイルは慣れたように工房へと入っていく。出迎えてくれたのは工房の主、ではなくその弟子だった。彼はアルタイルを見るや、手に持っていた荷物を置き駆け寄ってくる。



「ハンターさん、お元気ですか?」


「調子は良いほうだな」


「それはよかった。太刀のメンテナンスですかね? 丁度、時期的に」


「頼めるだろうか?」


「ハンターさんなら師匠も文句は言いませんよ。さ、奥へ」



 にこりと人良さそうな笑みを浮かべた作業着姿の青年、この工房の主の弟子であるヤジェが案内する。


 フランは自分も行って大丈夫なのだろうかと、アルタイルを見遣れば問題ないと返された。


 アルタイルが大丈夫ならと二人に着いていくと、鉄を叩く音が響いている。数人の若者が鉄を熱し、叩いている姿に此処で武器が作られているのかとフランは興味深げに眺めてしまう。



「師匠、ハンターさんです!」


「あぁ? どっちだ?」


「アルタイルさんです!」


「あー、そっちだな、わかった」



 少し低い声、かすれているほどではないが年を感じさせる声音が耳に入る。フランが顔をむければ、渋面の老年の男が歩いてやってきた。


 手には大きな金槌を持ち、もうほとんど白髪な髪をオールバックにした老年の男は少しばかり目つきが悪い。


 作業着姿でやってきた老年の男こそがこの工房の主のようだ。威圧感というのがあってフランは怖さからアルタイルの後ろに隠れてしまう。



「ゴロウ殿、また頼む」


「あんたの依頼はちゃんと受けてやるさ。最近の冒険者は自分の実力がないくせに、すぐに武器のせいにする。あんたはそんなことしねぇからな。あぁ、そうだ。ぼくちん小僧に言っといてくれ、『刃が折れる前にメンテナンスに来い』ってな」



 ぼくちん小僧とは。フランは暫し考えてからカルロのことだろうかと理解する。


 アルタイルに言伝を頼むとすれば、カルロかハムレットぐらいだ。カルロの人称はぼくやぼくちんなので、間違いはないだろう。


 ゴロウと呼ばれた鍛冶職人はアルタイルから太刀を受け取って、刃の様子を確認していた。黙って刃を見つめる姿というのは威厳を感じられる。



「切れ味が悪くなってるな?」


「あぁ。岩石獣の首根を切るのに違和感があった」


「これは刃が悪くなったんじゃねぇな。魔力石の力が落ちてるせぇだ」



 毎日、手入れを欠かさずにやっているのはこの刃を見れば分かるのだとゴロウは言った。この太刀は特殊で魔力石の力によって強度や切れ味が変わるのだと。



「魔力石を追加して打ち込めば、問題ないねぇな」


「どれぐらいで終わりそうだろうか?」


「材料がありゃあ、二日だ。だが、あんたの太刀に使った魔力石は珍しいぃんだ」



 魔力はアイオライトの宝石に籠められたものだ。ただの石に魔力が宿ったものと違い、宝石に籠められたものというのは力が強い。


 一般的なルビーやサファイヤ、エメラルドといったものであれば出回るが、アイオライトはなかなかすぐには手に入らないのだ。


 ゴロウは「こっちも今は在庫がねぇな」と太刀を鞘に納めて顎に手をやった。どこなら手に入るのか、考えているようだ。



「宝石商にこの間、聞いた時はまだ入荷してなかったな」


「そうですね。おれが師匠に頼まれて聞きに行った時にはまだなかったです」


「採掘にいくこともできるがなぁ。ここらじゃ取れん。宝石商に頼むのが一番だ」



 もしかしたら、商人が納品しにきたかもしれないとゴロウは話す。入荷しているのであれば、すぐにでも作業に取り掛かれるということらしい。



「入荷してなけりゃあ、暫くは研ぎ直しで様子見になる」


「では、俺が聞いてこよう」


「え、いいんですか、ハンターさん!」



 ヤジェが驚いたように声を上げれば、アルタイルは「忙しいだろう?」と返した。冒険者たちが多く利用する鍛冶屋だ、依頼はそれなりに多く来ているだろうと。


 いくら優秀な弟子がいるとはいえ、人手というのは限られている。それを聞いてゴロウが「だから、あんたの依頼は優先できるんだ」と笑った。



「よう見とうからな、あんたは。その気遣いができりゃあ、ギルドでも役に立つ。こっちも悪い気はせんからな。じゃあ、頼んだ」



 ゴロウは大きく笑うと太刀を一度、アルタイルに返した。もしものことを考えてのことだ。それから「これを見せれば分量は分かってくれる」と、メモ書きを渡してくれた。



「あぁ、ここら一角の宝石商に嬢ちゃんを連れていくのはいいが、勘違いされねぇようにきぃつけろ」


「え、私って邪魔になりますかね?」


「いや、邪魔じゃあ、ねぇさ。ただ、周りが勘違いするかもしれねぇってだけだ」



 嬢ちゃんが気にしないなら問題ないとゴロウに言われて、フランはなんだろうかと思いつつも、別に周りの目を気にするほど今は落ち込んでもいないのでいいかと頷いておいた。



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