目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第54話 武器のメンテナンス


 鮮血が散る。岩石獣の首根が切り裂かれ、地面が赤く染まった。山に繋がる森の中で悲鳴は響かず、鳥が一斉に飛び立つ音しかしない。


 ゆっくりと抜かれた刃をアルタイルは見つめている。フランはその様子を不思議そうに眺めていた、何かあったのだろうかと思って。


 刃から血を拭うように大きく振ってからアルタイルは空に掲げる。木漏れ日の陽ざしに照らされる刃が鈍く光った。


 すっと目を細めて観察する彼にフランは声をかけていいものかと、暫し悩んでから「どうしましたか?」と聞いてみる。



「切れ味が悪くなっているなと感じたんだ」


「え、そうは見えませんでしたが……」


「これは使っていると分かることだろうな。定期的に研いではいるが……そろそろメンテナンス時期か」


「太刀って研ぐ以外にもメンテナンスって必要なんですか?」



 フランは太刀などの武器に詳しくないが刃を研いで終わるイメージだった。なので、そう聞いてみたのだが「武器によって違うな」とアルタイルに教えられる。


 個々の武器によって手入れの仕方も変わってくるため、ただと研いで終わりではないのだという。


 なるほどとフランはアルタイルが太刀を仕舞うのを眺める。ちらりと見た感じでは刃こぼれのようなものはなかった。


 それでも、扱っているアルタイルが言うのだから、切れ味が落ちているのは事実なのだろう。



「俺の太刀は少し特殊でな。魔力石が使われているから他のものよりは頑丈である分、定期的な手入れをしなければ切れ味が悪くなる」



 魔力石は地脈などの影響を受けた魔力を帯びた宝石というのがフランの知識だった。


 一般的に魔導士が使うロッドや、魔具などに使われることが多い。太刀にも使えるのかとフランは初めて知った。



「自分自身でも手入れはしているが、定期的に鍛冶屋でメンテナンスをしてもらわねばならない」



 アルタイルは前回のメンテナンスの日はいつだったかと思い出す、フランと出逢う前だったなと。それならば時期的には今ぐらいになると、切れ味が悪くなったことに納得していた。


 ということは鍛冶屋に太刀を預けることになるので暫くは魔物討伐もお休みかなと、フランが思っていれば「少しは休めるだろう」と、アルタイルが察したように言った。



「連日、依頼を受けていたから丁度いい。少し休もうか」


「そうですね。休息も大事ですから」



 身体を休めることには賛成だ。疲労が溜まった状態での戦闘は判断能力を鈍らせる。


 思うように身体が動かないということだってあるのだ。そんな状態では自分の身だけでなく、仲間も危険な目に遭わせてしまう。


 フランはゆっくり休息しましょうとアルタイルの提案に頷いた。すると、彼は眉を下げて小さく息を吐いている。



「どうかしましたか?」


「いや……。フラン、休息の時は何をしている?」


「え? そうですね……。宿で休んでいたり、街を散策していたりですかね。最近だと、ギルドで魔物についての知識をつけるために本を読んでいます」



 ギルドでは受付嬢に頼めば魔物に関する資料や関連書を読ませてくれるのだ。


 アルタイルとパーティを組んだことですっかり魔物討伐専門の冒険者となったフランは、魔物の知識をより多くつけるために勉強していた。


 すると、それを聞いたアルタイルが「俺が教えるが?」と食い気味に言ってきた。自分に聞いてくれれば教えると強めに言われて、「せっかくの休息時ですし」とフランは身体を少し引かせる。


 せっかくの休息を自分の勉強時間に費やしてほしくないというのがフランの考えだったのだが、アルタイルはそうではなかったようだ。遠慮せずに聞いてほしいとこれたま食い気味に言われてしまう。



「で、でも、アルタイルさんも休んだほうがいいでしょうし……。私に付き合ってもらってばかりではって……」


「遠慮はしないでくれ。俺は君に教えるのを苦だと思ったことは一度もないし、そもそも一緒にいたほうが癒される。だから、なんら問題はない」


「え、えっと?」


「癒されないほうがしんどいだろう」


「うーん?」



 真顔で言われてフランはどう言葉を返そうかと悩む。自分のことを小動物的に見て癒されているのは分かったのだが、そこまでだろうかと。


 けれど、アルタイルは「癒されるが?」と真面目に返してくるものだから、そうなのかと納得するしかない。


 迷惑だとは思われていないというのは良いことなのだろうなと、そう解釈しておく。



「フランはもう少し我儘になっていい」


「我儘になるほど何というか、不満があるわけでも、欲求があるわけでもないんですけど……」



 フランは現状に満足していた。アルタイルは優しく接してくれるし、気遣ってくれる。自分自身も少しずつ成長できているのだと実感したのだ。


 まだまだ未熟な点はあるし、魔物の知識はつけなければいけないのだが、それでも現状が悪いと感じたことはない。


 我儘になるほど欲求不満でもないのだ。なので、そう言われても困るわけで。フランは「不満はないですよ」と言葉を返した。



「我儘を言われてみたいものだな」


「え?」


「いや、何でもない。戻って鍛冶屋へ向かおう」



 早いほうがいいとアルタイルは言って歩き出す。フランはなんだったのだろうと不思議に思いながらも彼の後を追った。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?