ギルドに戻ってギルド長たちと別れた後、フランは室内を見渡した。酒を飲み始めてはしゃぐ冒険者たちの声が響くギルド内の奥、隅の席にアルタイルはいた。依頼書を確認しながらのんびりとしたふうに飲み物を飲んでいる。
フランは小走りに近寄っていきながら、今日の事をなんと話そうかと考える。私もできましたと言いたいけれど、どうやってと。
言葉が上手く見つからないままにアルタイルの傍までやってくると、彼は気づいたように振り返った。
「あ、アルタイルさん。その……」
「ちゃんとできただろう、フラン」
「え?」
「お前は自分の力でもちゃんとできる冒険者だ、違うか?」
アルタイルの言葉になんで知っているのだとフランが困惑していると、「顔を見ればわかる」と指摘された。顔に自信が表れていたと。
自信や成功といったものは自分自身を変える。それが一番に出るのは表情で、その次に態度だ。フランの顔には自信が表れていて、何かを成し遂げたというのは見て分かる。
落ち着いた声でアルタイルに説明されて、フランは両頬を押さえる。自分って顔に出やすいのかと少し恥ずかしくなった。
「別に恥ずかしがる必要はない。フランが自信を持ってくれて俺は嬉しい」
「いや、だってそれって顔に出やすいってことじゃないですか!」
「あぁ、そうだな。フランは好きなもの、嫌いなものなどでも顔に出ている」
「ほらぁ!」
「でも、そこも君の良い点だ。嘘がつけないというのはそれだけで信頼できる」
顔に出ることが決して悪いことではない。感情豊かであり、嘘がつけないという証でもあるのだ。
感情が分かりやすいという点は不利になるかもしれないが、それを気にする必要はない。アルタイルは「そこまで慌てるほどでもない」と冷静だった。
そう落ち着いて言われてしまうとそうかもしれないなとフランも思う。感情が無いよりかはまだ良いほうではないかとも。なので、わかりましたと頷いてアルタイルの前の椅子に座った。
「えっと、今日の試験なんですけどね」
「フラン」
「なんですか?」
「隣に来てくれ」
ぽんっとアルタイルは自分の隣の席を叩く。何故と首を傾げながらもじっと見つめられては断ることもできず。
フランは言われるがままに隣に座った。すると、なんとも機嫌良さげな表情を向けられる。
(アルタイルさんも分かりやすい気がする)
戦闘や他の冒険者との対話ではそうでもないのだが、フランやカルロ、ハムレットといった限られた人の前では表情が良く変わっている。
これは気を許してくれたってことかなとフランは思いつつ、今日の試験のことを話した。
筆記試験は自信がないこと、実技試験では自分のミスで危うい状況にしてしまって反省したこと、ミスを利用して好転させたこと。フランは上手く説明できないのならば、今日あったことを全部話してしまうことにした。
アルタイルはフランの話を黙って聞いていた。相槌を打ちながら最後まで。目を逸らすことなく真剣に。その態度がなんだか安心できて、フランは話しきることができた。
「私にもできたんですよ。その、上手くはなかったですけど……」
「それだけできれば、なんら問題はない」
「その、アルタイルさんのおかげです!」
私の良さを教えてくれて、不幸も不運も利用できることを証明してくれたのですから。フランはにこりと微笑んだ。
「ありがとうございます、アルタイルさん」
アルタイルは少しばかり目を開いてから数度、瞬きをして口元を押さえた。ゆっくりと瞼を閉じて何かを嚙みしめるように。その様子にフランはどうしましたかと首を傾げる。
「フランは悪くない。俺は本当の事を君に言って、ただ不幸体質を利用しただけだ。大したことはしていない」
「そんなことはないですよ! アルタイルさんのおかげなんですから!」
あんなことができたのはアルタイルがいたからだ。フランは彼の言葉に行動に教えられたからこそ、自分はやれたと思っている。
そうでなければ、きっと昔のようにネガティブで、自分の不幸体質などを利用しようなど考え付かなかっただろう。
だから、これはアルタイルのおかげなのだ。フランはそう言ってお礼を伝えれば、彼はそうかと気持ちを受け止めてくれた。
「フランの自信が少しでもついたならよかった」
「はい! あっ、アルタイルさんは本当に見学に来なかったんですね」
なんか行きたそうにしていたのにとフランが問えば、アルタイルは見学はしていないと頷いた。
「俺はフランならやれると思っていたし、ギルド長や受付嬢がいるのならば安全だと信頼している。だから、此処で待っていた」
見学をしたかったという感情がないわけではないが、見られていることで緊張させてしまってはいけない。それにフランならば一人でもやれるだろうと思っていた。
それはパーティを組んでから少しずつ自分で行動していたのを見れば分かることだ。
ギルド長も受付嬢も強い冒険者であり、判断を誤るような人間ではない。信用と実力がなくてはギルドを纏めることも、依頼を精査することも任せられないのだ。ハンターとして、彼らの実力を知っているからこそ、信頼している。
アルタイルは「だから、見学はしなかった」と話した。フランはそれを聞いて自分を信頼してくれているのだと実感する。
ずっと、誰かに信頼されたことなどなかったので、フランは嬉しくて、でも少し気恥ずかしくて頬を掻く。
「フランならば、次からもやれるだろう」
「が、頑張ります!」
「そこまで固くなる必要はない。自分のできることをやればいいんだ。無理して頑張る必要はない」
落ち着いて判断すればいいとアルタイルに言われて、それはそうだなとフランは納得する。頑張るのもいいが無理して判断できなくなってはいけない。
自分だけではなく、周囲にも迷惑をかけてしまうかもしれないのだから、気をつけねばと。
「ギルド長も受付嬢も怖い人間ではなかっただろう?」
「はい。ギルド長は優しかったです。受付嬢さんはあまり喋らなかったんですけどね。そういえば、あの赤毛の受付嬢さんって名前で呼ばれてませんよね?」
思い出した疑問をフランが聞いてみれば、アルタイルは「あぁ、それか」と受付のほうを見やってから答えた。
「赤毛の受付嬢は自分の名前が嫌いなんだ。名前で呼ばれるのが嫌だと言う理由で冒険者には教えていないし、知っている他の受付嬢は先輩と、ギルド長は嬢ちゃんと呼ぶようにしている」
自分の名前が嫌いということは余程のことなのかもしれない。これは本人に聞かなくてよかったとフランは思った、嫌な思いはしてほしくない。
「彼女の前で名前は禁句だから気をつけるといい」
「分かりました」
「フラン。今日は疲れただろう、ゆっくり休むんでくれ」
アルタイルはそう言って店員にいくつか注文をしていた。あ、これ甘やかされてしまうとフランは瞬時に理解する。きっと私の好きなものを注文したのだろうと。
持ってやってくる店員のトレーには苺のタルトやリンゴパイ、それからフルーツの盛り合わせといろいろあった。
いくらんなんでも頼み過ぎではないだろうか。なんて、突っ込んでもアルタイルは不思議そうにするだけだった。
「頑張ったのだから問題はないだろう?」
「確かに頑張った自分にご褒美ってやりますけど……。アルタイルさんは加減を知った方がいいですよ。これ、多いですし、あと奢りじゃないですか」
「俺には全て得なので問題はない」
「う、うーん? まぁ、注文しちゃったものは仕方ないので食べますけども」
料理を無駄にしたくはないし、どれも自分の好きなものだ。食べないのは勿体無いし、ご褒美はほしい。フランは「アルタイルさんが満足するならいいか」と、フォークを手に取ってフルーツを刺した。
口に含めば果汁が咽喉を潤して、甘さが身体に沁みわたる。うん、やっぱり美味しいと頬が緩む。それをアルタイルが機嫌良さそうに眺めていた。