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第52話 私にだってできる!


 練り上げられた魔力が暴発する。無数の水球が宙を舞い、地面を跳ねたかと思うと飛び回った。勢いよく飛ぶものだから、レッドスネークの大きな胴体にぶつかっていく。それは白い鎧の青年たちにもだ。


 レッドスネークは素早く動くことができずに水球に殴られ続けているが、白い鎧の青年や弓使いの少年は避けるのに必死だ。フランはその光景に「やってしまった」と、自分のミスに泣きそうになる。


 少しの油断が命取りになる。それはフランも気をつけていた、というのにこの結果を招いてしまった。自分だけでなく、試験を受けている二人にも迷惑をかけて、危険な目に遭わせてしまったのだ。


(やっぱり、自分だけじゃ駄目なのかな……)


 ぽきりと折れそうになるフランの頭に過るのは、アルタイルの言葉だ。


『フランは自分の良さをちゃんと認めるべきだ』


 自分の良さ。不幸体質であろうともめげずに冒険者をやっていく根性。自分のできることを理解し、状況を見て適切な行動ができる判断力。そうアルタイルは言ってくれた。


(自分のできることを理解し、状況を見て適切な行動ができる……判断力……)


 自分の良さがそれならば、この状況も行動ができるはずだ。アルタイルの言葉を信じるならば。いや、信じているからこそ、やれる。フランは折れそうになった心を奮い立たせた。


(私だって、やれるんだ)


 助けてもらってばかりの私だって。フランは地面に転がったロッドを拾って握り締めると立ち上がった。びゅんびゅんと飛び交う水球を観察しながら、どう行動するかを考える。焦っては駄目だ、落ち着けと言い聞かせながら。


 水球は途中までレッドスネークへ意識を向けていたからなのか、そちらばかりにぶつかっている。それでもいくつかの水球は散らばっていて白い鎧の青年たちにぶつかりそうになっていた。


 フランにも当たりそうになるが、頭を下げたりしながら避ける。目線は水球に向けたままだ、この魔法をどうにかならないかと。


(アルタイルさんは私の不運を不幸を利用できたんだ。私だってできるはず)


 この無数の水球をどうにかできないか。アルタイルのように上手く利用できなくても、好機に傾けることができれば。


(水球の殆どはレッドスネークへと向かっていて、破裂せずにいる……)


 水球は何度もレッドスネークにぶつかっているが、破裂する気配はない。簡単な衝撃では割れないということのようだ。白い鎧の青年が水球を剣で斬っているのを見るに、壊すことはできなくはない。


(ぶつかっても割れないけれど、壊すことはできる……。ただ、水球をぶつけるだけでは破裂しないのだから……あっ! これを利用すればいいんだ!)


 一つの案が浮かび、フランはロッドを構えて魔力を練る。一つ、一つと練り上げられるたびに、水球がぽっぽっぽと淡く光った。


 それらはぐるぐると宙を舞い、レッドスネーク目掛けて落ちる。水球がレッドスネークの身体にぶつかると粘着液がかかったようにべったりと張り付いた。


 一つだけではない、宙を飛び交っていた全ての水球がレッドスネークを包み込むように張り付く。


 全身を水球によって包み込まれてしまったレッドスネークは、息もすることができずに地面を転がった。水の重さで身体を起こすことができないように、ごろんごろんと。


 新たな魔力が練り上げられる。水球が反応したかのように少し膨れ上がった。



「雷よ、落ちろっ!」



 フランの一声と共に雷撃がレッドスネークの上に落ちる。瞬間、水球が破裂し、水を被ったレッドスネークの全身に電流が駆け巡った。



「――――っ!」



 声無き悲鳴を上げて、レッドスネークは胴体をこれでもかと伸ばして、動かなくなった。ぐでんと地面に転がっている様子に白い鎧の青年が、生死を確認するように頭部のほうへと向かい、片手を上げる。


 それは魔物が死亡したという知らせだ。フランはほっと息を吐いた。安堵から座り込みそうになるけれど、それをぐっと堪えて白い鎧の青年のほうへと駆け寄る。


 レッドスネークは目をこれでもかと開いたまま死んでいた。魔力をだいぶ注ぎ込んだのが功を奏したようだ。



「よくやった、三人とも」



 声がして振り返ればギルド長と受付嬢が立っていた。受付嬢がレッドスネークの状況を再度、確認してからギルド長へと報告される。



「死亡しています。問題ありません」


「うむ。さて、三人は無事にレッドスネークを狩れたわけだが……。何か言いたいことはあるかね?」



 ギルド長の言葉にフランはえっとと、今回の試験の事を思い返す。筆記試験は特に問題もなかったし、レッドスネークの討伐もAランク昇格試験ならば妥当だろう。フランは試験内容に関して不満も疑問もなかった。



「あ、その……水球の件は申し訳ありませんでした」



 フランは水球で場を混乱させてしまったことを白い鎧の青年と弓使いの少年に謝った。あれは自分自身のミスであると頭を下げれば、二人は「気にする必要はない」と答えた。



「あれがあったからこそ、レッドスネークを倒せたと思う」


「うん、ぼくもそう思うよ」



 あの水球がなければレッドスネークの討伐にまだ時間がかかっていただろうと、白い鎧の青年は言った。それに弓使いの少年も頷いている、むしろ感謝しているよと。


 フランが機転をきかせて水球を利用したことにより、レッドスネークの動きを封じることができた。それだけでなく、当てにくい大技の雷魔法を使って倒すことができたのだ。


 謝る必要はないと言われて、フランはでもと言葉を返そうとして「素直に受け止めなさい」とギルド長に遮られる。



「確かに魔力暴発というのは君のミスだな。まだまだ未熟というわけだ。けれど、そうなってしまった時にどう行動するかが大事だ」



 ミスというのは生きていれば起こることだ。どんな熟練者であってもそれは起こりえることである。けれど、そうなってしまった時の行動で、冒険者というのは変わってくるのだとギルド長は話す。


 ミスを解決しないまま死ぬか、仲間を置いて逃げるか。そんな判断をする者は冒険者になる資格はない。諦めて成り行きを見守るのも同じだ。


 助けてくれる者もいるだろう。だが、それだけではいけない。そのミスをどう片づけるのか、あるいは味方につけるのか。それらを短い時間で考えて、実行できてこそ、冒険者だ。



「だから、君は立派な冒険者だ。あの少ない時間で考えて、迷うことなく実行することができた。魔力を練る速度も、判断力も、実に良い」



 それだけでなく、ミスを認めて謝ることができる。何の問題もない立派な冒険者だとギルド長は言った。


 受付嬢も、白い鎧の青年も、弓使いの少年も頷いている。フランは彼らが嘘偽りなく、自分の力を認めてくれているのだと実感した。


 なんと言葉にすればいいのだろうか、フランが内心、慌てているとギルド長が大きく笑った。



「最後まで見届けてよかったわい」


「ギルド長」


「あー、そうだった。ちゃんと話すから嬢ちゃん、そんな怖い顔をしないでくれ」



 じとりと受付嬢に見られてギルド長は「わかった、わかった」と、頭を掻いてからこの後のことを教えてくれた。試験内容を精査してから後日、合否を伝えてくれるようだ。


 白い鎧の青年と弓使いの少年は少しばかり不安げな表情をしていたが、ギルド長は「君たちもよく頑張っていた」と褒める。



「何もしていないわけではないだろう。それらを見て判断するからそう不安になる必要はない」


「わかりました」


「では、ギルドに戻ろう」



 歩いていくギルド長たちの背を眺めながら、先ほどの自分の行動を振り返る。ミスをして、折れそうになった心を奮い立たせて。


 状況を観察して、ミスを利用する。アルタイルのように上手く利用できた自信はないけれど、やれたのだ、自分は。


 そう理解して、自分でもできるのだと実感した。ネガティブなことばかりしか考えられなかった自分でも、できたというのが嬉しかった。


(この気持ちを、経験を大事にしていこう)


 フランはうんと頷いて、ギルド長たちを背を追いかけた。



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