昇格試験当日。午前中は魔物の知識を試す、筆記試験だった。内容はこの特徴に当てはまる魔物は何か、この魔物の弱点は、戦う時に気を付けること等。魔物討伐において必要な知識を問うものだ。
まだ詳しく知らない魔物が問題に出てきて、記憶にある知識を元に答えたがフランに自信はなかった。
それでも書かないよりはいいと、全ての項目を埋めたのだが半分ほどしか正解していないのではないだろうか。そんな不安が過るも、これも勉強ということで前向きに考える。
午前中の筆記試験を終えたら午後は実技試験だ。ギルド長と受付嬢がやってきて試験場として選んだ森へと案内される。
ギルド長は渋面で年老けて見えるが体格は良く、筋肉質で背も高い。さっぱりと切り揃えられた白髪が良く似合っていた。
目つきが鋭いのが少し怖いぐらいだ。受付嬢はいつものように優しげな表情を見せている。
(受付嬢さん、すっごい美人さんだよなぁ)
フランはギルド長と並び立つ受付嬢を眺める。短い赤毛を流し、切れ長の眼は優しげで、これは男性冒険者がアプローチしにくるわけだと納得してしまう。
いつも、受付嬢として受付で対応しているが、彼女も冒険者として登録されているのだ。
(きっと強いんだろうなぁ)
確か、彼女は他の受付嬢よりも凄いと聞いたことがある。名前は知らないのは彼女だけ、みんな受付嬢と呼ぶからだ。何か訳があるのかなとフランは少し気になった。
「さて、皆さん。これより実技試験となります」
フランがそんなことを考えていれば、受付嬢が試験内容を説明し始めた。慌てて話に耳を傾ける。内容としてはこれから指定された魔物の討伐を行い、その時の戦闘の仕方を見るというものだった。
あれ、それだけでいいんだとフランは拍子抜ける。他二人の冒険者も同じような表情をしていた。ギルド長もそんな様子を察したのだろう。「そう簡単にはいかない」と少し低い声で話す。
「今回、試験として狩る魔物はレッドスネーク一体だ」
レッドスネークはフランがつい最近、遭遇したことがある魔物だった。赤黒い鱗に太く長い胴体が特徴で、鎌首を持ち上げれば見上げるほとに大きい。牙は鋭く、顎の力が強いので噛みつかれれば怪我ではすまないだろう。
毒は持っておらず、その牙と胴体を武器に獲物を捕らえ、締め上げて仕留める。大きな個体であればAランクにもなるので、試験として狩るのにはぴったりかもしれないとフランは納得した。
「今回のレッドスネークは大きな個体だ。Aランクに匹敵するので生半可な気持ちで挑まないように。全力で仕留めろ」
真剣な声音にフランはぴしりと姿勢を正した。それは他二人の冒険者も同じで、白い鎧を着た青年は表情を引き締め、弓を手にしている新緑のマントが似合う少年は背を伸ばしている。
二人の戦闘スタイルをフランは把握していないが、白い鎧の青年は前衛が得意なように見えた。弓使いの少年は見ての通り後衛だろう。
(そうなると、私は支援のほうがいいかな)
援護は弓使いの少年に任せてもいいかもしれないとフランは自分がどうやって動くかを考える。ただ、これは自分だけで決めていいものだろうかとも思い、フランは「あの」と二人に声をかけた。
「個々で戦うよりも協力したほうがいいと思うんですよ。レッドスネークですから」
「確かにその通りだね」
フランの提案に白い鎧の青年が頷き、弓使いの少年も「ここは協力しましょう」と同意してくれた。これは話が早いぞと、フランは支援に回ると申し出る。魔導士であるので前衛には向かないと説明して。
「では、おれが前衛に行こう。元々、剣士だからな」
「じゃあぼくは後衛で援護します」
三人の役割が決まったのを見てか、ギルド長が「では、こっちだ」と、先頭を歩き出した。どうやらこの先に目的のレッドスネークが潜んでいるらしい。
ギルド長は「危険だと判断した場合はわしと嬢ちゃんでやる」と言ってくれた。安全は二人が判断してくれるということのようだ。いざとなったら二人が手助けしてくれるならば大丈夫だろうとフランはほっと息を吐く。
アルタイルが居ない状況での魔物討伐は初めてだが、彼にばかり頼っていては駄目だ。自分も頑張らないと。フランはロッドを握り締めながら気合を入れた。
(不幸体質を味方につけられるかは分からないけれど、それでも乗り切ってみせる!)
ポジティブに行こう。フランは気を引締めながらギルド長の後を着いていく。緊張しているのはフランだけではないのはその空気感で伝わってきていた。
ゆっくりと慎重に進むこと暫く、ギルド長が立ち止まり姿勢を低くした。フランもそれに習って屈みながら茂みの向こう側を確認する。
一匹のレッドスネークが鎌首を持ち上げてきょろきょろと周囲を見渡していた。フランがこの前、遭遇したものよりも大きく、胴体も太い。ただ、胴体の中腹部分がぷっくりと膨らんでいた。
「食事が終わった後だな」
ギルド長の言葉に膨らんでいるのは獲物を丸飲みにしたからだったようだ。レッドスネークは生きたままでも飲み込むので、獲物は苦しみながら死ぬ。
そんな獲物の死を想像してしまい、フランはうげっと小さく声を吐く。
「食後は獲物の重さで動きが鈍くなる。倒すチャンスにもなるが、相手が警戒するタイミングでもある。気をつけるように」
ギルド長の注意にフランは頷きながら様子を窺う。レッドスネークは周囲を見渡しながらのろのろと動いていた。その動きから警戒しているのが見て取れる。
どのタイミングで攻撃を仕掛けるか、不意打ちが上手くいけば優位に立つこともできるのだ。フランだけでなく、白い鎧の青年も、弓使いの少年も真剣にレッドスネークの動きを観察していた。
ギルド長はもう何も言わず、試験はすでに始まっているようだ。フランはそれに気づいて、ロッドを握り締める手に力を籠めた。