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第46話 痛い目に遭い、反省する


 フランは心配していたが、それも杞憂だった。町の裏に広がる森へと入って少しして、その光景が視界に入った。


 子牛ほどの大きさの黒い狼が二匹、牙を向き出している。血のように赤い眼をぎらつかせながら、二匹は並び立っていた。


 その目線の先にいるのはカルロだ。ワインレッドの長い髪を流し、銀フレームの眼鏡を押し上げてナイフを構えている。


 彼の後ろには三人の冒険者が立ち上がれないよう座り込んでいる。魔導士服の若い女はロッドを杖のように立てて寄り掛かり、軽鎧の少年は膝をついて肩で息をする。銀の鎧の男は剣から手を離して戦意を喪失させていた。


 何が起こっていたのだろうか。フランが目を丸くしていれば、ブラッドアイドックが気づいたようで、視線を向けてきた。その動きにカルロも察したようで、後ろを振り返ることなく「おっそーい」と、文句を垂れる。



「アルアルひどくなーい。こんな魔物討伐の初心者ちゃんをぼくちんに任せてさぁ」


「痛い目に遭っただろう?」


「面白かったよ」



 アルタイルへそう言葉を返してカルロは一匹を指差した。片眼に傷を負ったブラッドアイドックが、ぎろりと睨みつける。こっちは任せておけということのようだ。


 口では言わなくもアルタイルは分かったようで、返事をすることもなく、もう片方のブラッドアイドックへ抜いた太刀を向ける。



「この魔物討伐の初心者ちゃんはおれにまかせとけー」


「フランは後方で支援していてくれ」


「分かりました」



 何を言われるでもなく、ハムレットは立ち上がれずに座り込んでいる三人の冒険者たちを引きずっていく。フランは彼らの前に立ってロッドを手に、いつでも魔法を打てる準備をした。


 先に動き出したのはブラッドアイドックだ。片眼の魔犬はカルロに飛び掛かるのではなく、その背後を狙った。動けなくなっている人間のほうに牙を向ければ、相手が下手に動けなくなるというのを理解しているようだ。


 誰かを守りながら戦うというのは難しい。下手な動きはできなくなり、慎重になる。身動きが制限されるということをブラッドアイドックは知っているのだ。


 けれど、そんなものがハンターに通用することはない。宙を飛ぶ片眼の魔犬の顔面に蹴りが入る。勢いよく足蹴りされて、片眼の魔犬は地面を転がった。起き上がろうとする隙を見逃すことなく、カルロのナイフが首根を捕らえる。


 ぐっと魔力が籠められて――勢いよく切り裂かれた。喉元をやられて声が出せない片眼の魔犬は悶えながらも抵抗をする。


 頭を大きく振るってカルロを突き飛ばし、起き上がった。ぼたぼたと首から流れる血の量に長くは持たないことは見て取れる。


 相方の危機に片割れの魔犬がカルロへと噛みつこうとして、太刀で受け止められてしまう。弾き返された片割れの魔犬はアルタイルを睨みつけ、高く飛んだ。


 アルタイルを飛び越えてフランの前で降り立つと、その刃のような爪を振りかぶる。フランは素早く風の盾を発動させて攻撃を防いだ。


 シュンっとフランの背後からハムレットの放った矢が飛ぶ。それは片割れの魔犬の頬を貫いた。ぎゃうっと悲鳴を上げて片割れの魔犬が後ろを下がり、フランはロッドを振るう。突風が駆け抜けて片割れの魔犬の身体が浮いたかとおもうと、木に叩きつけられた。


 弱そうだ、弱点だと、ブラッドアイドックたちは判断したのだろう。だから、背後の冒険者たちを狙った。だが、狙った相手が悪い。


 フランは転がった片割れの魔犬が動き出す前に風を纏わせて動きを封じ、アルタイルは太刀を振るう――深く、胸を抉り、破裂した。


 ぶちゃっと液体が弾ける音がする。肉片が飛び散って、血は地面を汚した。纏っていた風が吹き抜けて、生臭い匂いが鼻をつく。片割れの魔犬が動かなくなったのと同じく、片眼の魔犬の身体がごろりと転がってきた。


 綺麗に首が斬り落とされている。傷口からどろどろと血が流れて、むごたらしい。耳を掴んで持ち上げながらカルロは「今日も綺麗に落とせたねぇ」と、なんとも得意げにしているのが見えた。


 面倒だと言われていた番のブラッドアイドックを簡単に狩ってしまった二人に、フランはやっぱりハンターって次元が違うなと実感した。


 倒したことを確認してからアルタイルは腰を抜かしている三人の冒険者の元へと歩む。彼らは見上げて黙った、猛禽類の眼を恐れて。


「理解したか、自分たちの実力を」


「……はい」


 力無く答えるその変わりようにフランは何があったのか気になった。ちらりとカルロを見遣れば、ばちっと目が合う。


 うーんと頬に指を当ててからカルロは持っていた首を投げ捨てて、「面白いぐらいに弱点を突かれていたんだよねぇ」と、教えてくれた。


 ブラッドアイドックを引き付けていたカルロは、彼らに「これはオレたちの依頼だ、邪魔すんな」と言われて、すぐに察したらしい。アルタイルが来るまで様子を見るかと、後ろに下がって彼らの戦い方を観察することにした。


 戦う力があることはその動きから判断できた。けれど、あまりにも魔物の知識が無く、ブラッドアイドックの賢さに引っかかっていたのだという。


 ブラッドアイドックは三人の動きから弱点は魔導士服の若い女だとすぐに理解した。彼女は後方で支援して二人の邪魔をすることはしていなかったが、少しばかり判断が遅かったのだ。


 普通の人では感じることができないほどの僅か時間を、ブラッドアイドックは見抜いた。


 銀の鎧の男を狙うふりをして、魔導士服の若い女に片割れの魔犬がフェイントをかける。そのフェイントに引っかかって、守りに入る彼女の隙を片眼の魔犬が背後から襲った。その攻撃を受け流すも、片眼の魔犬は牙を向く。


 助けようとする二人を片割れの魔犬が近寄らせないように攻撃を仕掛け、隙を与えない。一人が欠けたことで、彼らのチームワークはぼろぼろとあっけなく崩れてしまった。


 魔導士服の若い女の支援で守られていた二人は、それを失って攻撃を受ける。刃のような爪を剣で打ち飛ばそうとするも、ブラッドアイドックの力に負けて足元がよろけて倒れた。


 一人、二人と崩れてしまい、魔導士服の若い女が転んだのを見て、カルロは「これは駄目だわ」と三人を助けたということだった。


「複数と戦うのに慣れてないねぇ、この子たちぃ。ボアーぐらいはあるかもだけど、あれって知能低いから走り回るだけで避けやすいしさぁ。あと、ブラッドアイドックのことよく知らないみたいで、少年くんが囮になろうと挑発してたけど、賢いやつには効かないんだよなぁ」



 これでよくハンターの依頼を受けようとしたよねぇとカルロは笑った。自分たちのチームワークに自信があったのかもしれないが、それを崩されて簡単に落ちてしまうならば、魔物討伐専門の冒険者にはなれない。


 魔物は人間とは違う。人間同士ならば見抜けることなどもあるが、魔物はそうではない。彼らに慈悲はなく、容赦なく襲ってくるのだ。


 魔物の知識がなければ、魔物の行動を見極めることもできない。アルタイルは冷静にそう説明してから、彼らに「よく頭を冷やせ」と叱る。



「ランクが上がったからと、少し上手く魔物を狩ることができたからと驕るな。そういった冒険者は致命的なミスを犯して、ランクを降格されるか、死ぬ」


「すみませんでした」



 銀の鎧の男は小さく返事をした。それはもう泣きそうな、か細い声で。自信を打ち砕かれたからなのか、三人ともギルドで見せていた威勢などなくなっていた。


 カルロがいなかったらということを彼らは想像したのかもしれない。もし、三人だけだったら死んでいたかもしれないと。



「二度はない。自分たちの力と知恵をつけろ」



 アルタイルは力なく頷く三人を見てから話を終えた。これ以上の言葉は必要ないということだろう。これで解決したのかなとフランが思っていれば、アルタイルはハムレットに「そいつは頼むぞ」とカルロを指差す。


 なんだろうとカルロのほうを見るとすでにハムレットが腕を掴んで逃がさないようにしていた。



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