「何の依頼を試させたんだよ、ハンター」
フルーツを食べているフランの姿を眺めているアルタイルの前にハムレットは座りながら問う。頬杖をついてじっとフランから目を離すことなく彼は答えた。
「ブラッドアイドックの討伐だ」
「おい、中級魔物の中でもくそ面倒な奴じゃねぇかよ」
「二匹の討伐だ」
「お前、アホか?」
ハムレットは「アホなのか」ともう一度、言った。ブラッドアイドックってなんだっけとフランは記憶を辿る。確か、魔犬の一種ではなかっただろうか。
ブラッドアイドックというのはその名の通り、血のような赤い眼を持つ子牛ほどの大きさの狼に似た魔犬だ。牙は研がれたように鋭く、爪も刃物と同じで切れ味が良くて好戦的な性格の中級魔物に分類される。
ここまでがフランの持っているブラッドアイドックの知識だ。黒毛なんだっけといったぐらいで詳しくは知らなかった。なので、「どんな魔物ですか?」と聞くと、「ハンター向け」と即答された。
「ブラッドアイドックはヘルハウンドとか、ガルムといった魔犬よりはマイナーで目立たない魔物だが、賢くて厄介なんだよ」
「獰猛なんです?」
「うーん、好戦的だからといって獰猛ってわけでもないんだけど……。あいつらの戦い方がちょっと面倒くさくてなぁ」
ブラッドアイドックは賢い。人間たちの動きを見て、言葉を理解しているかのように動く。相手の苦手なことを、弱点を見抜き、狙ったかのように戦う。時には弱い生き物を利用して人間を罠にはめて、確実に殺そうとする。
持久力もあり、長期戦に持ち込まれると不利になる相手だ。一匹ならばまだ良いほうで、番で対峙すれば連携されて追い詰められてしまう。力で押してくる魔物と違って、戦い方をよく考えなければならない魔物だ。
厄介な中級魔物であり、番となると一般的な冒険者では危険とされて、ハンターに回る依頼なのだとハムレットは教えてくれた。怪我ではすまないぞと。
「えっ! だ、大丈夫なんですか?」
「大丈夫ではないだろうよ。二匹ってことは番だぜ?」
連携されたら怪我だけじゃすまないぞとハムレットはアルタイルをじとりと見遣った。そんな視線にアルタイルはやっとフランから目を離した。
「そんな目で見るな。言われなくとも放っておくわけがないだろう」
このまま放置して彼らに何かあればこちらの責任になる。アルタイルは「そろそろ追いかける」と、フランの食べ終わった皿を指差した。
「フランがフルーツを食べ終わるぐらいの時間に出れば、彼らがブラッドアイドックを見つけるタイミングで着くだろう」
「そうなんですか?」
「この依頼はこの町の裏にある山に続く森のものだ。すぐに追いかけては彼らを挑発するだけで、話は進まない」
本当ならば、この依頼を今日は受ける予定だったのだとアルタイルは溜息交じりに言う。彼らに話しかけられる前、昼時に急ぎでと受付嬢から渡されたらしい。それを見て、彼らが話しかけてきたということのようだ。
依頼を渡してすぐに後を追えば、何を言われるかなど想像ができる。勝手な妄想をして怒るだけで、挑発にしかならないことだ。
ならば、少し時間を置いて彼らの元へ行く方がいいとアルタイルは判断したとのことだった。
「でも、上手くいきますかね……。もし、間に合わなかったら……」
「あぁ、それは大丈夫だ」
「何処がだよ」
「カルロが先に行っている」
受付嬢から依頼を受けた時にカルロも傍にいたようで、「ぼくちん、先に行って引き付けておこうか」と、提案してきた。このブラッドアイドックも、ハンターであろうと一人での依頼は認められていない。
アルタイルもフランのことを考えて、カルロに手伝ってもらうことにしたとのことだった。「あいつのことだからすぐに察する」とアルタイルは心配していない。
「あー、おれも察するな」
「そういうものです?」
「ハンターが依頼を渡すっていうことは何か考えがあってのことだって思うからな」
相手の言動などを鑑みて、何かあったのは察することができる。ハムレットにそう言われてフランもそれはそうかもしれないなと思った。
アルタイルがいろんな冒険者に絡まれているのは何度か見てきている。勧誘だったり、力と地位目当てだったり。なので、そういった問題が起こったのかもしれないと、想像することができたフランは納得した。
「俺はカルロを面倒くさい奴だとは思っているが、実力は認めている。あいつならば任せることができるだろう」
「じゃあ、そろそろ行くのか」
「あぁ。今ぐらいから出れば丁度いい」
アルタイルは「カルロが真面目になると後は面倒だが」と、呟いて立ち上がった。真面目とはとフランは首を傾げれば、ハムレットが「おれも手伝おうか?」と、手を上げる。
「あの駄々っ子の子守りいらないか?」
「そうだな、ハムレットに任せよう。あいつが真面目になった後など対応したくはない」
あのAランクの彼らの対応もあるというのに、カルロの相手もするのは疲れる。アルタイルはハムレットにカルロのことを任せた。
そんなに面倒くさいのだろうかとフランは少しばかり不安になる。だが、二人はよくあることのように話をしながら歩いていく。
これが長い付き合いだからできる慣れということだろうか。フランはそう解釈して、二人の後を着いていった。