フランはのんびりとギルドへ向かっていた。今日はアルタイルが「午後からで問題ない」と、少し休むように言われていたので、フランは午前中はゆっくりと休息を取っていたのだ。
昼食はギルドで依頼の話を聞きながらすればいいかと、フランが足取り軽く歩いていれば、目の前から見知った冒険者が駆け寄ってくる。
「あ、ハムレット……さん?」
「フランちゃん!」
それはもう勢いよく走ってくるものだから、フランは思わず身構えてしまった。何せ、ハムレットがなにやら焦っている様子だったからだ。何かあったのだろうかと、少しばかり不安を抱く。
ハムレットはフランの肩をがしっと掴んで、「やっと見つけた!」と安堵したように息をは吐いた。「宿に行ってもいなかったからさぁ」と。
フランは休息がてら、町を散策していたので宿にはいなかったのだと訳を話して謝った。
「いや、フランちゃんは悪くないからいいよ」
「え、でも探してたみたいです……」
「うん、凄く探した。いや、そんなことはいいんだよ。とにかく、とにかくすぐにギルドに来てくれ!」
ハムレットはぱんっと手を叩いて頼むように言った。何があったのかを聞くよりも早く、彼に腕を掴まれて引っ張られる。
「とにかく、〝あれ〟を癒してやってくれ」
もう空気が最悪なんだとハムレットは溜息を零している。癒すとは何をだろうかとフランは疑問を抱くも、急かされてしまいひとまず彼についていくことにした。
ギルドへと入るといつも賑やかな声がするというのに聞こえなかった。あれっとフランは掲示板がよく見えるテーブル席を確認して目を丸くさせる。
テーブルが並ぶ中心、そこにアルタイルはいた。いるだけならば驚かないのだが、彼の雰囲気が異様だったのだ。不機嫌なのか、怒っているのか、とにかく圧を放っている。何事だとフランはアルタイルの目線の先を見た。
分厚い銀の鎧に身を包む男だろう人物が座っている。兜で容姿は分からないのだが体格は良さげに見えた。
その銀の鎧の男の後ろには、白を基調とした魔導士服に身を包むスタイルの良い若い女がロッドを持って待機し、その側にはなんともチャラチャラした軽鎧の少年がたっている。
彼らの様子を周囲の冒険者は聞くために黙っているようで、これはどういう状況だろうとフランはハムレットを見遣った。視線に気づいた彼は「いやぁ……説明すんのがなぁ」と、困ったように頭を掻く。
「あいつらは最近、Aランクに上がった冒険者なんだ」
「その方たちがアルタイルさんに何か?」
「……仕事を寄越せと」
ハムレットの言葉にフランは一瞬、何を言っているのだと理解ができなかった。ハンターに回ってくる依頼というのは、ランクの低い冒険者では危険だと、あるいはハンターにしか任せられない、そう判断されたものだ。
もちろん、「魔物討伐専門の冒険者が不足していて……」と、人手不足で軽い依頼を渡されることもある。ただ、ハンター自身が選ぶ場合もあるので、アルタイルが選んだ依頼を譲ってくれということだろうかとフランが聞けば、ハムレットは首を左右に振った。
「ギルド側から回ってきた依頼を〝俺たちにやらせろ〟って言っててな……」
どうやら最近、ランクを上げることに成功した彼らは、自分たちは魔物討伐専門として向いていると感じたらしい。何件か依頼を受けてみてそう自信がついたと。
自信がつくまではよいのだが、回ってくる魔物討伐の依頼が下級魔物ばかりで自分たちの実力に合っていないという不満を抱いた。
こんな弱い魔物なんて、敵ではないといった自信があるのだとハムレットは面倒くさそうに頭を掻く。
「ランクが上がりたての奴によくあるんだよ。自分たちの実力を勘違いするって」
ランクが上がった、実力がついた、これが自分たちに向いている。ここまでは問題ないが、こんな依頼では満足ができない、自分たちには実力があるんだ、こうなると駄目だとハムレットは話す。
自信を持つことは悪いことではないが、自身の実力を見誤ってはいけない。目先のことしか見えていない冒険者は痛い目に遭う。「おれもそう言ったんだけど、あいつら聞かねぇの」と、ハムレットは呆れていた。
「ギルド長も考えがあってこいつらのランクを上げたんだろうけどな。あいつらはそのギルド長の考えというのを理解してないんだろうなぁ」
ランクを上げる時にギルド長に言われるのだ。驕りたかぶるようなことをしてはならない、自分たちの実力を見つめ、冒険者として経験を積むように。この言葉を彼らは忘れてしまっていると感じたようだ。
「ハンターも最初は対応してたんだぜ? でも、あいつらの態度の悪さときたら……」
「ハンターだからって、偉そうにするな!」
銀の鎧の男が声を荒げる。それに続くように軽鎧の少年が「調子に乗んなよ」と言った。これには周囲に居た冒険者たちも「はぁ!」と、声を上げて驚く。お前は何を言っているのだと突っ込んでいる人もいた。
「調子に乗っているのはお前たちだろう」
それは呆れの声だった。相手にするのも面倒、これ以上は不愉快だというような、そんな表情をアルタイルはしていた。
「ランクが上がった、だからどうした。Aランクに上がりたてが何を言うかと思えば、自分たちに相応しいのはハンターの依頼だと? 驕るのも大概にしろ」
ランクが上がったということはそれなりの実力があると認められたのは事実だ。だが、冒険者のランクは上がってからが本番だ。
その実力と信頼に応えていかなければならない。自分の実力を勘違いすることもなく、ランクが上がったと驕ることもなく。
「まず、お前たちはギルドを信用していないと言っているようなものだと、理解しているのか」
下級魔物以外の依頼をまだ渡さないというギルドの判断に不満を抱く。それはギルドを信用できないと言っているようなものではないか。アルタイルの言葉に銀の鎧の男は「それは」と口ごもる。
「別にハンターが魔物討伐依頼を独占しているわけではない。ギルドから回ってきたものが殆どだ。それはギルド側がハンターに依頼するべきだと判断したからだ。中級魔物だろうと一般的な冒険者でもギルドが問題ないと判断したならば、依頼は受けることができる」
実力が備わっているならば魔物討伐専門の冒険者じゃなくとも、ハンターでなくとも中級魔物以上の依頼を受けることができる。
アルタイルは「さっきいたハムレットという男でも中級魔物の依頼を受けることができる」と話す。
「彼はダンジョン探索がメインの冒険者だが、護衛や魔物討伐もこなす。実力も認められているので、中級魔物に関する依頼を受けることはできる。では、何故お前たちはそれができないのか。簡単なことだ、実力が伴っていないからだ」
魔物の知識が、実力が足りないとギルド側に判断されたのだと、冷静にはっきりとアルタイルは言った。
けれど、銀の鎧の男たちはそれでも納得ができないらしい。そんなことはないといろいろ喋り始めていたが、アルタイルのはぁという大きな溜息で黙った。
「なら、一つ試してみるといい」
ほらとアルタイルは一枚の依頼書を渡した。それをやってみればいいと。これで文句はないだろう、さっさと行けと言うように。
銀の鎧の男はその依頼書を受け取りながら「やってやろうじゃねぇか」と、啖呵を切って仲間を連れてギルドを出て行った。
一連の流れに「ハンターの依頼を渡してよかったのか?」という疑問と、大丈夫だろうかという不安をフランは感じる。
どう声をかけようかとフランが悩んでいると、ハムレットが「癒しを連れてきてやったぞ」とアルタイルを呼んだ。その声にフランを認識して、アルタイルは隣の席を叩く。早く隣に座ってくれと言うような態度で。
「えっと、大丈夫なんですか?」
フランは誘われるがままにアルタイルの隣に座ると、彼は「問題はない」と答えた。
「多少、痛い目に遭わなければ、あぁいう驕った人間は理解しない」
そう言ってアルタイルは遠くのほうで様子を窺っていた店員を呼んだ。