「ハンターの助言、感謝する」
ギルドに戻ってからレナードたちの質問にアルタイルは答えていた。リーダーである彼だけの問題でないこと、視野を広げるためにという理由だけで魔物討伐にまで手を伸ばさない。
三人ともが意思をはっきりとさせ、誰かに頼り切りにならない等の指摘を受けて、ラッシュもメルーナも反省したようだ。
二人はレナードに「任せっきりで申し訳なかった」と謝っていた。感情の共有というのは大事な事なのだと理解したようだ。
三人がちゃんと話し合うことができてよかったとフランはほっと息を吐く。リーダーであるレナードも肩の荷が下りたように穏やかな表情をしていた。一人で抱え込むのはいけないことなのだと、彼らを見てフランは勉強した。
「ハンターまた何かあったら協力してくれないだろうか」
「時と場合による」
俺は魔物討伐専門の冒険者だ。アルタイルは「それ以外のことはその時による」と、約束はしなかった。けれど、断ることもしなかったので、手伝ってくれることもあるようだ。
アルタイルらしい返し方だなとフランは様子を眺める。いつものように落ち着いている彼にレナードは「ありがとう」と笑顔を向けていた。
「フラン」
ひょこっとフランの隣に立ったメルーナが小さく声をかける。どうしたのだろうかと返事を返せば、彼女は「ありがとう」と礼を言った。
「アナタのおかげでさっきは助かったわ、ありがとう」
「大丈夫ですよ。メルーナちゃんが無事でよかったです」
「……どうして、そんなふうに接することができるのよ」
メルーナの問いにフランは何の事か分からずに首を傾げた。すると、彼女は「わたくしはアナタに酷いことをしたのよ?」と答える。
酷いことと言われてフランはなんだっけと暫し考えてから、自分を利用して村から出て、用が済んだからパーティを追い出したことだろうかと聞いてみた。メルーナはそうよと頷いてから「酷いことじゃない」と返す。
「だって利用したのよ、わたくしは。恨まれても仕方ないと思うわ」
「え、あー……確かに理不尽だなぁって不満は抱いたかな」
言い方は悪いが利用するだけしてポイ捨てにされたのだから、理不尽だと不満は抱いた。悲しいとか、怒りとか、そんなものもあったけれど、これも全て自分が悪かったのだと、この体質のせいなのだと諦めてしまった。
それに今は特に何か思うこともなかったのでフランは、「もう終わったことですから」と気を遣うことはしなくていいと笑って見せる。不幸慣れもあるだろうけれど、今はアルタイルと一緒にいて不満はなかったのだ。
「アナタってほんっと、そういうところよね」
「と、言うと?」
「そういうところが利用されやすいのよ」
優しくて、不幸慣れしてしまって、困っていたる人がいたら放っておくことができない。そんな性格だから利用されやすいのだとメルーナは注意する。
それはそうかもしれないとフランは頷いた。人を疑うことがどうしても苦手ではあるが、警戒心は持った方がいいなと。分かりましたと元気よく返事をすると、メルーナは「わたくしのことも疑いなさいよ」と呆れたように息を吐く。
「わたくしは一度はアナタを利用したのだから……」
「え、あ、確かに……」
「はぁ……まぁ、ハンター様が守ってくださるでしょうけれど。アナタのこと、わたくしは誤解していたわ。ごめんなさい」
姉妹弟子として自分のほうが上だと思っていたけれど、それはただの自惚れだった。得意な魔法ばかりしか磨いていなかった自分の努力の無さと、無知さ。
フランが何の躊躇いもなく自分を盾にして逃げなかった姿を見て、自分の愚かさを実感した。
フランは圧されようとも逃げずに踏ん張った。自分を利用した相手であっても見捨てることもなく。その強い心を見て自分がどれだけ弱い存在だったのかを嫌というほどに理解したとメルーナは頭を下げる。
「わたくしはまだまだ半人前だった」
「私もですよ」
私だって魔物討伐も、魔法もまだまだとフランは言った。それでも、めげずに自分なりに頑張っているのだ。そう話すフランにメルーナは数度、瞬きをしてからふっと笑む。
「お互いに頑張りましょう!」
「そうね。ありがとう、フラン」
「気にしないでください。私はもう平気なんで!」
元気よく答えるフランにメルーナは「ありがとう」とまたお礼を言って、レナードたちとともにギルドを出て行った。その背を見送ってからアルタイルへと視線を向けると、彼は不思議そうにしている。
「どうかしましたか?」
「いや……怒らないのだなと」
アルタイルはそう返事をして近くのテーブル席へと腰を下ろした。続くようにフランも隣に座れば、彼は「文句を言っていただろう」と、出逢った時のことを話す。
確かにフランはアルタイルと出逢った時にいろいろと怒りをぶつけた。泣きながら叫んだのだがフラン自身、それっきり何とも思っていなかった。あの時に一人で抱えていたものを全てぶちまけたのがよかったのかもしれない。
自分の不幸体質は周囲に迷惑をかけてしまうものだと思っていたけれど、今はそうではないこともあるのだと知った。アルタイルはそれを受け止めてくれているし、活用してしまっている。
それに魔物討伐というのは覚えることがまだまだたくさんあった。戦いにだって慣れたわけではないので、嫌な事など思い出すこともしなかったのだ。それから、そんなことを考えることなんてないように、充実した日々を過ごしている。
「嫌な事を思い出したりするほど、今の私ってしんどいとか、辛いとか思っていないんです。いや、上手くいかなくてへこんじゃったりとか、魔物討伐がきつい時もありますけど。でも、もう気にしてなかったりします。メルーナちゃんにされたこと」
ほら、不幸体質のことは気にするなって言ってくれたじゃないですか。フランはにこっと微笑んだ。
「アルタイルさんとパーティを組んで、自分の良さとか、不幸体質自体が悪いモノではないって分かったので! って、アルタイルさん?」
アルタイルが両手で顔を覆いながら深い溜息をついていた。何があったのだと目を瞬かせていれば、彼は一つ呼吸をしてから「不意打ちは効く」と呟く。
何がと聞き返すけれど、アルタイルはそれには答えず、暫ししてから顔を隠していた両手を下した。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。フランが問題ないというのならば、俺は何も言わない」
お前を利用していた冒険者という認識を改めるつもりはないが、フラン自身が許してもう気にしないと言うならば、こちらから何か言うつもりはない。アルタイルはそう言って、テーブルに置かれたメニュー表を手に取った。
「もう気にしていないのだろう?」
「はい!」
「なら、俺からそれに関してとやかく言うつもりはない。ただ……」
「ただ?」
「いや、なんでもない。フラン、フルーツを頼むといい」
疲れただろうとアルタイルはメニュー表を差し出す。何を言いかけたのだろうかと気になりはしたが、アルタイルが口にするのを止めたということは何でもないのかもしれない。
(大事なことがあれば、言ってくれるだろうし)
深く突っ込まなくてもいいか。フランはそう結論を出して、今日は何のフルーツを食べようかとメニュー表を眺めた。